第十一話 認識共有
伸びている光助とその部下たちを介抱し、動けるようになったところで俺たちは東凪の屋敷に戻っていた。
早めに事態の収拾に走らないと四名家が馬鹿な行動に出かねないからだ。
しかし、さすがにそこは政府もわかっていたらしい。
俺たちが戻ると雅人の前で土下座をしているおっさんがいた。見覚えがある。たしか外務大臣の栗林とかいったか?
「栗林さん。顔をあげてくれないだろうか?」
「ま、真に申し訳ありません! 今回のことは一部の政治家の暴走であり、政府の総意ではないのです!」
「それは重々承知している。明乃も無事なようだし、顔をあげてくれ」
「無事!?」
そう言って栗林が顔をあげると、部屋に入ってきた俺、明乃、そして光助が視界に入ったようだ。
そして栗林は目を見開いて驚きを露にした。
「と、東凪のお嬢さん! け、怪我は!?」
「ありません。ただ自衛隊の方は少し怪我してしまったみたいですけど」
「す、須崎一尉! 君も無事なのか!?」
「まぁ、おかげさまで。だいぶ手加減してもらいましたから」
栗林の想像では血で血を洗う激闘だったんだろうが、そんな戦いに発展するほど両者の実力は近くない。
明乃がその気になればたぶん一撃で終わってた。もちろん、自衛隊の面々は怪我じゃすまないし、周囲の建物も崩壊してただろうが。
「護衛ご苦労。斗真君」
「き、君はエリスフィーナ姫の護衛だった青年!? そうか! 君がお嬢さんを守ってくれたのか!」
「斗真さんは何もしてません。私が戦ってるのを見てただけです」
ツンとした表情で明乃が告げる。
どうやら助けなかったことが相当ご不満らしいな。
「自衛隊や政府の高官方は明乃の実力を知りたかったようなので。それに手を出したらそれこそ四名家と政府の対立に発展するでしょ?」
「そうだな。賢明な判断だ。横やりがないように護衛もしてくれたのだろう? 感謝する。おかげで一部の政治家たちは事態の重さを理解したはずだ」
「す、須崎一尉……負けたのか?」
信じられないと言った様子で栗林が訊ねると、光助はため息を吐いて頷く。
コテンパンに、という言葉を付け加えて。
「し、信じられん……須崎一尉の部隊は対魔物用に結成された精鋭中の精鋭だぞ……?」
「我々が推定した実力は大きく間違っていました。東凪明乃はA級冒険者かそれ以上の実力があり、その護衛の佐藤斗真はそれを上回る実力を持っています。個人的な意見ではありますが、この二人で対処不可能な天災級の魔物となると、おそらく自衛隊では対処できないでしょう」
「そ、そこまでか……なんということだ……」
項垂れる栗林に対して雅人は鋭い視線を向ける。
これは厄介な頼み事をする気だな。
「栗林さん。いずれ天災級の魔物は復活する。明乃を守っても、すでに多くの被害者が出ているからだ。完全復活はないだろうが、それでも難敵であることに変わりはない。改めてアルクス聖王国に聖騎士を派遣してもらえるようにしてほしい」
「そ、それは……私としてもしたいのですが……」
「断った手前、すぐにやっぱり派遣してくださいってのはまずいんでしょうよ。政府の面子的に」
俺がそう助け船を出すと栗林は助かったとばかりに、そうなのですと大きくうなずいた。
ただ、それが雅人の逆鱗に触れたようだ。
「政府の面子と国民の命、どちらが大切か?」
「あ、いえ、その……」
「面子を持ち出すというなら、後継者を自衛隊に襲われた我が東凪家はどうなる? 平時ならば断固とした姿勢を取るが、今はそのようなことをしている場合ではない。だから黙っているのだぞ?」
「ご、ごもっともです……。申し訳ない……」
栗林はハンカチで顔の汗を拭う。だが、それでも汗は止まらずハンカチは湿って意味のないものになってしまった。
東凪家最強の魔術師、東凪雅人が目の前で静かに怒っている。一般人なら気絶してもおかしくはない圧を感じてるんだろうな。
まぁしかし。東凪雅人も人の子か。明乃を襲撃された件についてはやはり怒っていたらしい。
「斗真。お前、アルクス聖王国の姫と親しいんだろ? 聖騎士派遣してくれって説得できないのか?」
「説得する相手が違う。聖王国はずっと聖騎士を派遣したくて仕方なかった。次元の穴を取られるとアルクス聖王国も危険だからな。それを断ってきたのはこの国の政府だ。自国の問題に他国が介入してくるのが嫌だったんだろうさ。だから説得しなくちゃいけないのは日本政府のほうだ」
「私を含め、何人かの政治家は聖騎士を派遣してもらうことに賛成だったのですが、この前の襲撃で潮目が変わってしまいまして……」
栗林の言葉は予想通りのものだった。
そういう風に仕向けるための襲撃だったはずだし、それはいい。逆にいえば敵も聖騎士は恐れているということだ。
「東凪さん。今回の一件を盾に政治家たちを取り込めるんじゃないですか?」
「それは私も考えていた。ただ、彼らが素直に頷くかどうか」
東凪家の跡取り娘を襲撃なんていうのは弱み以外の何物でもない。
自衛隊は面子に関わるし、それに関わった政治家たちも政治生命を失いかねない。
問題はそれをどう使うか。まぁこういう場合は専門家に任せるのが一番だろ。
「栗林さん。四名家との衝突は避けたいんですよね?」
「あ、ああ、もちろんだとも!」
「なら今回の襲撃をダシに勢力を拡大してください。できれば数日以内に」
「す、数日!?」
「わざわざ多くの魔術師を攫い、大規模な襲撃を仕掛けた以上、敵がこのまま雲隠れするわけがない。長期的に潜伏すれば聖王国がなにか動く可能性がある。だから奴らの潜伏は一週間かそこらへんだと思いますよ。奴らが活動を始めたときに聖騎士の派遣を押し通せるだけの勢力を確保してください。そうじゃないと最悪のケースになりかねません」
「……参考までに最悪のケースを聞いておこう」
「東京壊滅ってところじゃないですかね。まぁ国としての機能は崩壊しますし、日本も滅亡するかもしれません。ゲートの向こう側の聖王国もかなりの被害を受けると思います。その賠償でまた揉めるでしょうね」
俺の予想に栗林の顔が青くなる。
ただ、予想が甘いことは責められない。もちろん、光助たちの俺や明乃への評価が間違っていたことも、だ。
彼らは数年前まで魔術や魔法のことを知らなかったんだ。正直な話、まだまだ半人前。ミスがあって当然だ。
四名家と繋がりのあった政治家なら魔物の存在くらいは知っていたかもしれないが、それだって知っているだけだ。自分がそれについて何か判断を下すとは思っていなかっただろう。
加えて、聖王国を毛嫌いする政治家がいるのも仕方ない。
偶然、次元の穴で繋がってしまった異世界の国家だ。たかが数年で信頼を置けると判断するのが間違っている。ただ、今はそこを頼るしかないというだけの話だ。
「まぁいくらここで話しても仕方がないでしょう。こちらはできるだけ備えをするだけです。攻め手の権利は向こうにあるわけですし」
「君はさすがに余裕だな」
「そうでもないですよ。ただまぁ、ケルディアにいた期間が長いので。国がなくなるのは見慣れているんですよ。魔王が健在だったころは多くの国が滅ぼされてましたから」
「我が国は常に天災と戦ってきた。一つの天災程度では滅びはしない。今回も団結し、乗り切ってみせる」
「そうだといいんですがね」
こうも足並みの乱れを見せつけられると雅人の言葉でも信用はできない。
四名家も攫われた魔術師の捜索は続けていても、東京の防衛に関しては無頓着だ。襲撃のときには鬼の大群が現れた。どういう原理かは知らないが、敵は鬼の軍団を呼び込める。
つまり、敵の総攻撃を防ごうと思ったら、こちらも数をそろえなきゃいけないというわけだ。
だから是が非でも聖王国の戦力が欲しいんだが、そこもすぐには解決しない。
「斗真さんは天災級の魔物と戦った経験があるんですか?」
「何回か、な。もちろん一人じゃない。俺なんかよりずっと強い人たちが傍にいた。それでも戦闘中に十回は死を覚悟した。それくらいの相手だ。たとえ万全の状態じゃないにしても、絶対に戦いたくはない」
「そこまでですか……」
「ああ。できるならアーヴィンドの奴に押し付けたい」
「アーヴィンド?」
明乃が首を傾げる。ここがケルディアならドン引きされてもおかしくない反応だが、まぁ日本だし仕方ないか。
「千の剣技を持つ白金の騎士。聖王国最強の聖騎士だ」
「誉れ高き五英雄!? 魔王を討伐した最強の英雄たち! 知り合いなんですか!?」
「あいつは昔からエリスの護衛だからな」
「おい、エリスってのはまさかエリスフィーナ姫のことか!?」
「ほかに誰がいる?」
「……どんな関係だよ……?」
「関係ねぇ。妹みたいな? そんな感じだな」
一瞬、場の空気が凍り付く。
なぜ場が固まったのかすぐに理解できなかったが、自分が言葉足らずだったことに気づく。
「ああ、師匠が親しくてな。師匠の妹的な感じだったんだ」
「お前の師匠、何者だよ……」
光助の言葉に俺は肩を竦めて受け流す。
たとえどのような状況であっても師匠のことを詳しく話すのはごめんだったからだ。
それを察したのか、光助はそれ以上何も言ってこなかったし、周りの人間も俺に追及してくることはなかった。