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第百七話 レスターの保険






 後方にいるレスターにはエリスを監視する以外にも多くの仕事があった。

 数万を超える軍の兵糧を集め、それらを適切に送り込む兵站管理やいまだに立場を明確にしていない貴族に手紙を送り、せめて中立、あわよくば自陣営に引き込む外交戦術など前線にいるベルブなどよりよほど忙しかった。

 そんなレスターにこの日は客が多かった。


「影から現れるとは礼儀のなっていない男だ」

「悪かったな。礼儀を学ぶ機会がなくてな」


 入ってきたのは黒髪の男だった。

 レスターはその男を警戒しつつも過度な対応を取ったりはしなかった。

 わざわざ影から現れる方法があるのに姿を晒した意味を考えていたからだ。

 加えて、このグロスモントの城に侵入できるほどの魔法師でもあるため、迂闊には動けべレスターのほうが危険という理由もあった。


「警戒しないでもらいたい。争いにきたわけじゃない」

「ふん。そういうわけにはいかんな。これでも命を狙われる立場なのでな」

「聖王国の暗殺者ならさっさと殺している。俺は黄昏の邪団の盟主、カリム・ヴォーティガンの代理だ」


 言うが早いかレスターは護身用のナイフを男に投げつけた。

 洗練されたその動作はあまりに滑らかで、熟達した戦士でなければ何が起きたか理解はできなかっただろう。

 だが、レスターの前にいるのはその熟達した戦士だった。

 魔導師でありながら、黒髪の男は指でナイフをやすやすと挟んで受け止めたのだ。


「おいおい、危ないじゃないか?」

「テロリストと話すことなどない。さっさと失せろ」

「そのテロリストの誘いに乗って反乱してるのにか?」

「俺が乗ったのはラッセル公爵の話だ。貴様らではない」

「そのラッセル公爵に話を持ち掛けたのは俺たちだぞ?」

「だろうな。だが、貴様らに唆されたとしても反乱を決意したのはラッセル公爵自身であり、それに乗っかると決めたのも俺自身だ。断じて貴様らごときに乗せられたわけじゃない」


 プライドの高いレスターにとって、他者の操り人形に落ちることは屈辱以外の何物ではなかった。ましてやその相手がテロリストとなれば、絶対に認められないところであった。


「まぁそう思いたいならそう思ってくれて結構だが、結局は反乱してることに変わりはない。俺たちの思惑通りにな」

「ふん、貴様らのことだ。俺が動かねば何らかの小細工で俺を反乱者に仕立てあげただろう。反乱者になることは構わんが、仕立て上げられるのは俺の誇りが許さん。だから自ら反乱したまでのこと」

「難儀な性格だな。じゃあ自ら反乱者になったグロスモント侯爵にいくつか忠告だ。あんたらについた三人の聖騎士はあえて聖騎士同士で戦って両軍の被害を抑えている」

「そんなのはわかっている。長引いて困るのは向こうのほうだ。すでに諸外国にも手紙を送り、戦果次第では協力する約束を取り付けてある。長引かせてくれるなら好都合だから放っているだけだ」


 黒髪の男の眉が微かに動く。

 後方にいながら前線の状況を正確に把握し、そのうえでその状況を利用して自らの有利を勝ち取りにいく。

 こちらが見込んだ以上に戦略家だと黒髪の男は思わず感心した。


「あの使えない公爵よりもあんたは使えるみたいだな?」

「あんな欲物と一緒にするな。俺は自らが王にふさわしいことを証明するために戦っている。目先のことしか考えていない豚など対抗相手とも思っておらんわ。奴の器はせいぜい貴族どまり。親から受け継いだ家を可もなく不可もなく子に繋げることはできるだろうが、大きなことなどできはしない」

「豚とはひどい言い方じゃないか。仮にも西部諸侯同盟の盟主だろ?」

「形ばかりの盟主だ。すでに軍を掌握しているのは俺と俺の部下たちだ。王国軍との戦いが終わったあとに奴につく軍隊は存在しない」

「怖い奴だ。しかし、助かるな。あんたみたいのが一人の女を手に入れたいがために反乱を起こしてくれるなんて」


 からかうように黒髪の男は笑う。

 それに対してレスターは微かに目線を鋭くするだけに留める。

 レスターにとってそれは否定しようもない事実だからだ。

 王に相応しいことを証明するのは、イコールでエリスの夫に相応しいことを証明することに繋がる。

 すべての行動はそこに向かっているのだ。


「忠告が以上なら早く帰れ。貴様らとてこそこそと準備をしているのだろう?」

「まぁ慌てるな。二つ目の忠告だ。豚さんが前線からこっちに戻ってきているぞ。そろそろ着く頃だろうな」

「なにぃ?」


 レスターはこれ見よがしに不快な感情を露わにした。

 ベルブは自ら前線で軍を率いることを望んだのだ。戦略家として後方で動こうと思っていたレスターにとって、それは好都合だった。

 しかし、戦最中に大将が戦場を離脱するのは士気に大きく影響する。

 そんなことをするくらいならば大人しく後方にいてくれたほうがマシだったのだ。


「あの豚め! じっとしていることもできんのか!」

「お怒りだな。そんなあんたに三つ目の忠告だ。そろそろお姫様を救出するために奴が乗り込んでくる頃だぞ」

「奴? 誰だ?」

「誉れ高き五英雄の一人、名もなき無刃の剣士。あんたにはこういったほうがいいか? エリスフィーナ・アルクスが最も信頼し、心を開く男と」

「トウマ・サトウか……」


 レスターは平然と呟いたつもりだった。

 しかし、その顔はひどく忌々しそうであった。

 その顔を見て、黒髪の男は笑いをかみ殺す。

 冷静で何もかもを手に入れてきた男にとって、自らの姫の周りをウロチョロする男は目障りで鬱陶しい存在なのだ。

 まして姫もその男を気に入っており、しかもその男は尋常ではなく強く、魔王すら斬ってみせた。

 同じ貴族ならばレスターも張り合いもしただろう。しかし、貴族どころか聖王国の人間でもない男だ。

 評判や噂はよく聞いていたがレスターは気にしないように努めてきた。

 たとえ恋愛対象となれど、結婚対象にはなり得ないと思っていたからだ。

 しかし、内心ではレスターは斗真に嫉妬していた。

 自分が手に入れられない女の傍に居る男。力だけはあれど、立場も資格もない男。それなのに不可侵の姫の傍にあっさりと近寄っていく。

 正直、レスターにとって佐藤斗真は最もめざわりな男といっても過言ではなかった。

 その男がエリスを助けにくる。

 それはレスターが一番望んでおり、そして一番来てほしくない未来でもあった。


「奴は強い。対処法は考えているのか?」

「対策は施している。西部の手練れもこの城に集めているしな。救出は不可能だ」

「魔王を斬った男に西部の手練れで対抗できると?」

「いざとなれば姫殿下を人質にする。奴はそれで動けんさ」

「その程度で奴が止められると思っているなら考えが甘いと言わざるをえないな。奴は抜刀術の達人だ。お前が突き付けたナイフを動かす前にお前の首を刎ねるくらいわけはないぞ?」

「そんなことは承知している。しかし、あまり甘く見ないでもらいたいものだな」


 レスターはそう呟くと一瞬で黒髪の男の後ろに回り込み、腰に差していた剣を抜いて黒髪の男の首に突きつける。


「縮地か、それもなかなか速い。やるな」

「これでも昔は将来は聖騎士と言われていた。父の跡を継ぐことを決めて、武だけを極めることはしなかったが、それでも鍛錬は怠らなかった。聖騎士に勝てないまでも、しばらく互角の戦いをするだけの力くらいはある」

「たしかにこれなら奴も苦労するだろうな。だが、まだ甘い。奴の真価は刃の召喚だ。それをなんとかしなければ勝ち目はない」


 そう言って黒髪の男は影から一本の剣を取り出した。

 鞘に入ったその剣は金と青の装飾が施されており、一目で立派なものだとわかる作りだった。


「それは?」

「盟主が作った剣だ。奴が召喚する刃と同等クラスの刃を持っている。ただし使えるのは一度だけ。鞘から抜けば封印が解けて力が解放されてしまう。そのまま一定時間立つと刃は消える。使いどころを見誤るなよ?」

「ふん、テロリストの施しなど受けたりはせん。持って帰れ」

「そう言うな。使うかは使わないかはお前に任せる。ただ断言しよう。お前は必ず使うことになる。それだけ奴は規格外だからだ」


 そう言って黒髪の男はニヤリと笑いながら影に溶け込んで姿を消す。

 残されたのはレスターと剣だけだった。

 レスターはしばし床に転がった剣を見つめたあと、鼻を鳴らしてその剣を拾って机の上に置いた。

 

「保険だ。持っておくことはしてやる」


 そう呟いたレスターの下に伝令が来る。

 ラッセル公爵がお戻りです、という言葉を聞き、レスターは深くため息を吐きながら悪態をこぼすのを堪えた。

 どれだけ侮っていても今のベルブは味方だ。ここで味方と不和を生んでは勝てる戦も勝てない。

 仕方なくレスターは不満を押し殺してベルブの出迎えに向かうのだった。

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