第百六話 メンバー集合
「わざわざすまないな」
「いえいえ。無刃の剣士の呼び出しですからね。いつだって駆け付けますよ」
そういって笑うのは弓を持った青年だ。
酒呑童子が復活した事件の際、明乃と共に行動していた冒険者、トム・トロ―リアだ。
隠密行動であり、その弓の腕と明乃と一緒に戦ったことのある経験を買って招集した。
「お久しぶりです、トムさん」
「お久しぶりですね。アケノさん。ところでそちらの可愛らしいお嬢さんは?」
「ミコトです。初めまして」
ペコリとミコトが頭を下げる。
そんなミコトを見てトムは笑みを深める。
「初めまして。僕はトム・トロ―リア。一応、冒険者です。どうです? この作戦が終わったら僕とお出かけしませんか?」
「えー……」
「トムさん……あの、ミコトは……」
「美味しいお店を見つけましてね」
「ホント!? トウマ! 行ってもいい!?」
「好きにしろ。ただ、トム。ミコトはよく食うぞ?」
「……どうしてトウマさんに許可を?」
なにか不穏なものを感じ取ったのか、トムが顔をひきつらせる。
明乃に会ったときも初対面で口説いたらしいし、女を口説きなれている男ゆえにいろいろと今のやりとりで察するものがあったらしい。
「ミコトは斗真さんの義妹なので、斗真さんが保護者なんです……」
「……え?」
「お肉かなぁ? お魚かなぁ?」
「別に怒ったりしないから安心しろ。誰とどこに行こうとミコトの勝手だしな。ただ財布には多めに金をいれておけ。あと」
すっと俺はトムに顔を近づけてトムだけに聞こえる声で呟く。
「いかがわしい店に連れていったら斬るからな?」
「ひぃぃぃぃぃぃ!!??」
「はぁ……怒ってるじゃないですか」
トムの反応でだいたい何を言ったのか察したのか、明乃が呆れ交じれに呟いた。
一方、そんなこととは露知らず、ミコトは美味しい店についてあれこれと想像している。
「み、ミコトさん……」
「ん? なに?」
「やっぱり大事な仕事前に約束するのはまずいので、今のはなしでお願いします。日本ではこれをフラグというらしいので」
「えー!」
「みんな無事に帰ったら、みんなでいきましょう」
「あ、それいいね! うん! それ賛成賛成!」
上手く乗り切ったトムはホッと息を吐く。
さすがに口説き慣れてるだけはある。うまく修正したな。
「姫殿下をお救いする大切な任務前にこんなこと言ってていいんですか……?」
「まぁリラックスしてるならいいだろ、別に。気負ってもいいことはないしな」
「それはそうですけどね。それで、この四人で全員ですか?」
「いやあと一人呼んでる。もちろんお前ら三人が知ってる奴だ」
その言葉で三人とも察した。
この三人で共通した知り合いで、俺が助っ人に呼ぶ奴は一人しかいない。
自衛隊所属の須崎光助だ。自衛隊所属のため難しいかと思ったが、エリスの話を出したら即答だった。
さすがはエリスの熱狂的なファンだ。
「ふふ、斗真さんはなんだかんだ須崎さんを頼りにしてますよね?」
「頼りになんてしてない。使いやすいだけだ」
「あー、トウマ嘘ついてる! なんだかんだいつもいつも困ったらスザキに電話するのに!」
「使いやすいだけだ。頼りにはしてない」
「そういえばお二人は子供の頃からの付き合いなんですよね? スザキさんが言ってましたよ? 自分の宿題を当てにしてたって」
「あいつ……何話してんだよ……」
まさか自分の子供時代を知られているとは思っておらず、俺は額に手を当てて大きくため息を吐いた。
そんな俺を見て明乃がクスクスと笑う。
「でも斗真さんらしいですよね。面倒臭がり屋ですし」
「その納得のされ方は不服なんだがなぁ」
年下の女の子に宿題をやらないのがらしいと言われてるのはさすがに応える。大人として。
しかしダメージは一瞬。
まぁいいかと思い直したところで部屋の扉がノックされた。
「誰だ?」
「俺だ」
「はいよ」
名乗りはない。
声だけでわかる。
向こうもこっちの声でわかったようでドアを開ける。
こういうところを阿吽の呼吸というならたしかに俺と光助はそれなりのコンビなのかもしれないな。
そんなことを思ったのは一瞬だった。
入ってきた光助の恰好を見て、俺の頭の中からそんな考えは吹き飛んだ。
「待たせたな……」
「……おい」
「姫殿下が敵に捕らわれるなんて由々しき事態だ。俺たちの手で必ず救出しよう」
「す、須崎さん……?」
「見たことある奴らばかりだな。たしかに隠密に動くなら連携の取れるメンバーでいくべきだ。さすがだな、斗真」
「スザキ……?」
「ああ、安心しろ。ここには自衛隊としてでは個人として参加している。今、目の前にいるのは素の須崎光助だ!」
「おー! スザキさん! すごい恰好ですね! それ、前に日本の街で見かけたことありますよ!」
そう言ってトムが光助の恰好に食いつく。
そうなのだ。
なんだかカッコよく決めているが、光助の恰好は非常に変だった。
「気安く触るな! これは俺の戦闘服だぞ!」
「なにが戦闘服だ!? どう見てもライブに着ていく半被じゃねぇか!? どこの戦闘に行く気だ!?」
我慢の限界で思わず突っ込んでしまう。
光助は「エリスLOVE」と書かれたハチマキを巻き、どこから持ってきたのか笑っているエリスがプリントされた青い半被を着ていた。
腰には大量のペンライトが刺さっており、あちこちにエリスの顔が映ったバッジをつけている。
どこからどう見てもアイドルのライブにいくオタクの恰好だ。
「自衛官としては来れない以上、戦闘服がこれしかなかったんだ!」
「これから敵地に潜入するのに目立ってどうすんだ!?」
「目立つ? 俺はいつも大人しいと言われるんだが?」
「あれで大人しい……?」
「ねぇ、アケノ。ボク知ってるよ。オタクっていうんでしょ? あれ」
「え、ええ、でも姫殿下は歌とか歌いませんよね? それってどういうときに着ていくんですか?」
たしかに。
当然の疑問だ。
一体、どこでその衣装を着るんだ?
「なに言ってるんだ? エリス様が演説するときに決まってるじゃないか」
「……」
しれっと真顔で言われた。
まさかエリスが真面目に演説しているときに、画面ごしにこんな奴らが集まって熱狂してるのか?
今日の演説がよかったな、とか言ってるのか?
……日本も終わりだな。
「おい、光助……」
「なにも言うな斗真。俺だって生半可な覚悟でここまで来ちゃいない。すでに上司には辞表を提出してきた。俺は不退転の覚悟だ。俺は日本全国にいるエリス様のファンを代表してここに来た! この会員ナンバー7にかけて必ずエリス様を救出するぞ!」
「俺が呼んだのはオタクじゃなくて戦士だ! さっさと服を着替えて切り替えてこい!!」
そう言って俺は光助を部屋から蹴り飛ばした。
その後、不満たらたらな光助を無理やり着替えさせ、ようやく潜入メンバーは揃ったのだった。