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第百五話 敵情



「いつまで膠着状態が続くのだ!」


 西部諸侯同盟の本陣でベルブ・ラッセルが怒声をあげた。

 反対側の席に座るロデリックはそんなベルブの怒声を涼し気に受け流す。


「まさか手を抜いているわけではあるまいな! ロデリック! ワシらの手の中には姫殿下がいることを忘れたか!?」

「手を抜くとは奇妙なことを言う。アーヴィンドとの戦いを見て、手を抜いているように見えたのか?」

「貴様らは師弟だ! 本気のように見せることくらいは容易いのだろう!」

「言いがかりじゃな。儂は常に本気じゃ。ほかの二人もそれは同様。相手も聖騎士ゆえに決着がつかぬだけのこと」


 すでに両軍が対峙して数日が経過していた。

 聖騎士の戦いは三対三にまでなっており、毎日地形が代わりかねない激闘が続いている。

 だが。


「ふざけたことを言うな! こちらは二位から四位。向こうは一位と五位と七位だぞ! 実力主義の聖騎士ならば決着はつくはずだ!」


 ベルブの言葉にロデリックはため息を吐く。

 身の丈に合わない大きな野心を持っているが、ベルブは無能というわけではない。

 魔王軍との戦が終わったあとに、王に反旗を翻すときを待ち続け、黄昏の邪団の入れ知恵があったとはいえグロスモント侯爵までを引き込み、西部諸侯同盟を作り上げた。

 西部の有力貴族で満足していれば本人も周りも幸せだっただろうとロデリックは内心で思っていた。

 そんなベルブの指摘はもっともだった。ロデリックはともかくほかの二人はすでに勝利を収めていてもおかしくはない。

 ロデリック同様、派手に戦っているが残る二人は本気で戦っていない。同じ聖騎士と戦うことに抵抗があるからだ。

 しかし、そこを責められエリスの話をこれ以上持ち出されても敵わない。

 ロデリックはそこに理由をつけることにした。


「全力を出せば決着はつくじゃろうな。しかし、後ろにはまだ聖騎士が控えておる。皆、そこを警戒しておるのじゃ。疲弊したところを叩かれてはかなわん」

「そのようなことを言って、勝つ気がないのではないか!?」

「儂らの姫殿下への忠誠はそんな甘いモノではない。負ければ姫殿下の身に危険が迫る以上、儂らは全力で勝ちにいっている。今は機を見ているだけじゃ。お前は大人しく本陣で待っておれ」

「くっ……! しらばく軍同士の戦いがないのであれば、本陣にワシがいる必要はあるまい! ワシはグロスモントの城に戻らせてもらう!」

「盟主がいなくなれば士気が下がるぞ?」

「そこは自分でなんとかしろ!」

「……では代わりにグロスモント侯爵をよこせ。それが条件じゃ」

「よかろう。ワシとグロスモントが交代する」


 元々、ベルブが軍の本陣にいるのは手柄をあげるためだ。

 盟主と言われているが、西部での人気はグロスモント侯爵に一歩劣る。それを打破するためには華々しい戦果が必要だったのだ。

 しかし、軍同士の戦いにならない以上はその戦果も望めない。

 ベルブにとって本陣にいるのは危険なだけとなりつつあったのだ。


「あまり奴と姫殿下を一緒にしておくと何をするかわからんからなぁ」


 下衆な笑みを浮かべるベルブを見て、ロデリックは内心舌打ちをする。

 自らがそういう考えだからこそ、他者の行動を疑うのだ。

 このままベルブを城に戻し、グロスモント侯爵と交代させればエリスの身に危険が迫りかねない。

 そうなっては何のために王に楯突き、同僚と戦っているのかわからなくなる。

 ロデリックは心ここにあらずといった表情のベルブに向かって、唐突に言葉を投げかけた。


「あまり悠長にしている暇はない。早く聖騎士団の裏切り者を動かすがよい」

「なっ!?」


 その反応にロデリックはやはりと小さく呟いた。

 ベルブのような輩がエリスを人質に取ったとはいえ、ロデリックをはじめとする三人だけを当てにするわけがない。

 そのほかにも味方の聖騎士がいるから動いたとロデリックは見ていたが、今のそれは確信に変わった。


「貴様! どこでそれを!?」

「そんなことはどうでもよい。問題なのは長引けば長引くほどお前に不利だということじゃ。帝国が動けば聖王国を手に入れたとしても乗っ取られてしまうぞ?」

「そ、そんなことはわかっている! だから貴様らに手を抜くなと言っておるのだ!」

「理由はすでに説明した。儂らは機を待っている。出し惜しみせず、さっさと切り札を使って機を作れ。姫殿下にうつつを抜かすのはその後にするのじゃな。お前が王になったならば文句などいわん。姫殿下もお前を夫として認めるじゃろうて」


 内心の気持ちを押し殺しながらロデリックはそう諭す。

 実際、ベルブが玉座を奪えばエリスは大人しくベルブの妻となるだろう。王家の血を絶やさぬために。

 そうなった場合、ロデリックも文句は言わないだろう。そのような光景は見たくないため自分で命を断つ覚悟をロデリックがしているからだ。

 ロデリックにとってエリスは幼い頃から見てきた孫娘のようなものだった。宝石のような自らの姫が欲物のモノになるところを見るなどロデリックには耐えきれないことだった。

 だが、そうはならないだろうとロデリックは予想していた。

 たとえここで聖騎士の一人が裏切ろうとも、どれだけロデリックが手を尽くそうとも。

 エリスを人質に取った時点でベルブとグロスモントは多くの者を敵に回した。

 その中でも一番危険な男がこの状況を傍観するわけがない。

 ベルブは前線にいることを危険と感じているようだが、ロデリックの意見は真逆だった。

 前線にいたほうが安全といえた。

 エリスの近くによればよるほど、エリスを救おうとする者たちの刃に近づくことになるからだ。


「そ、そうだな……では指示を出しておこう。ワシはすぐに城へ戻る。あとは任せたぞ!」


 少し浮かれた様子でベルブは告げる。

 自らの妻となったエリスを想像し、浮かれているのだ。

 ベルブの天幕を後にしたロデリックは、馬車を用意させるベルブを見ながらつぶやく。


「馬鹿者じゃな。姫殿下は空に浮かぶ星のようなもの。覚悟や力のない者が近づけばその身を亡ぼすということを知らぬとは……」


 ロデリックは目を瞑り、ベルブの家族、臣下に同情する。

 しかし、その同情は意味のないものだと感じてすぐに感傷に浸るのをやめた。

 どのような理由であれ、敵についたロデリックもまたベルブと同じ運命をたどるからだ。


「姫殿下を頼んだぞ。トウマ・サトウ」


 エリスの傍に居続けることができる稀有な人間にして、エリスが傍に居てほしいと思う唯一の男。

 必ず動くと確信していたから白いコートを脱ぐことを決めた。

 多くの視線が戦場に集まっている今こそ、無刃の剣士の本領が発揮されるのだから。

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