第百四話 父の顔
白金城では日夜エリス救出作戦が議論されていた。
いつするのか? どうやってするのか?
多くの者が意見を出すが、これだというものはなかなか出てこない。
その理由としてエリスがいると思われるグロスモント侯爵の城は難攻不落であり、特殊な土地に建っている。
三代前のグロスモント侯爵は大層な魔法嫌いであり、魔法による侵入を防ぐために魔力が乱れる土地に城を建てた。
強力な魔法師や魔術師なら戦闘はこなせるが、普通の魔法師や魔術師では魔力の操作を妨害されて苦労する羽目になる。そして、その土地のせいでジュリアのゲートで飛んでいくことはできない。これが一番の問題だ。
「やはり残る聖騎士を投入するべきでしょう」
「馬鹿なことを言うな! 王都の守備に加えて各国境の守備にも聖騎士を回さねばならんのだ! これ以上、西部の反乱に聖騎士を投入すればほかの地域で問題が生じる!」
「では姫殿下を見捨てるというのか!?」
「そうは言っていない! 王国軍は数、質の両面で敵を上回っている。時間をかければこちらの勝ちは揺るがん!」
「なにを悠長なことを! その間に敵が姫殿下を害するとは考えんのか! 敵にはあの悪名高きラッセル公爵がいるのだぞ!」
言い合いは激しさを増す。
ラッセル公爵は薄暗い噂が付きまとう人物だったらしい。
村から見目麗しい少女を攫ってきては屋敷で飼い、飽きたら奴隷として売り飛ばす。そんなことをやっているという噂がある。
もしも噂どおりの人物なら決戦に負けたあと、エリスをどうするかは察しが付く。
幸い、ラッセル公爵は今、西部諸侯同盟の盟主として軍と共にある。士気を維持するためには有効な策だ。しかし、それと引き換えに油断ならないグロスモント侯爵がエリスの傍にいる。
痛し痒しといった状況だな。
「ここはやはり同盟国の力を借りるべきでは?」
「自国の反乱に他国の力を借りるのか!?」
「この反乱の裏に黄昏の邪団がいることは明白。これは反乱ではなく、テロです」
「それは詭弁だ!」
「詭弁ではない。賢王会議にて黄昏の邪団に対してはより警戒し、連携して当たることが取り決められている。聖王国だけでなく、大陸の情勢まで見ればこの戦、長引かせるわけにはいかない」
「しかし、そのようなことをすれば他国に侮られるぞ」
「今はそれを気にしている場合ではない!」
自国の反乱を自国のみで収められないとなれば国力が低下したと見られてもおかしくない。
結局、聖王国は早期に自らの手で反乱を収めなければ立場を悪くするのだ。
しかし、そのための手段が聖王国にはない。
頼みの綱の聖騎士団が分裂しており、エリス救出に向かわせる精鋭がいないのだ。
そんな中、ずっと黙っていた聖王が口を開く。
「同盟国に助力は求めない」
「し、しかし陛下!?」
「その代わり、個人に助力を求める。トウマ、行ってくれるな?」
「頼まれなくても行くつもりだ」
「そうか」
聖王との短い会話を聞き、重臣たちも渋い顔をしながらも納得している。
同盟国に助力を求めるより、俺に助力を求めたほうが確実であるからだ。しかも対外的には聖王国だけで収めたことにできる。
俺が名声を欲するタイプならそうもいかないが、無刃の剣士なんて呼ばれているとおり、俺は自分の名を広めることに興味がない。聖王国としては使いやすい外部の人間というわけだ。
まぁ外部の人間というには俺は聖王国の内情を知りすぎているが。
「二人だけにしてほしい。トウマ、話したいことがある」
「ここで話せばいい。あんたの忠臣たちが信用できないのか?」
「信用はしている。ただ個人的な話というだけだ。お前に関わることでもある」
聖王はそういうと重臣たちをすべて下がらせた。
残されたのは俺のみ。護衛すらいない。
エリスと二人きりになることはあったが、そういえば聖王と二人きりになることはこれまでなかったな。
「トウマ……気づいているか?」
「何にだ?」
「今回の聖王国の一件、お前を含めた五英雄の目をケルディアに向けるためのものだ。それだけ大がかりなことを地球でしているということだろう」
「……気づいてるさ。パトリックは帝国側の人間として動けず、ウォルフはベスティアにまだ滞在中。アーヴィンドは正面から向こうの聖騎士を相手にしていて、ジュリアは敵地の関係上、いつもどおりの力は発揮できない。だから行くなら俺しかない。ここらへんも向こうの思惑どおりだろうな」
「それがわかっていてなぜお前はここにいる?」
なぜここにいるのか。
難しい話だ。
リーシャのことだけを考えるなら日本にいくべきだ。いや世界の安全のためにもカリムを優先して止めるべきだろう。
所詮は一国の内乱。時間をかければ終わりは見えてくる。
エリスも立場上、早々その身に危険が迫るってことはない。
そう。放っておいてカリムを倒しにいったほうがいい。それはわかってる。
わかっているが。
「俺はもう……自分に失望したくないからな」
「どういう意味だ?」
「リーシャを守れなかったとき、心底自分が嫌になった。今回も明乃とミコトをほったらかしにして、二人が狙われた。あげく、その後始末にアーヴィンドが出てエリスは捕まった。これでエリスを後回しにして、エリスに何かあったら俺はもう自分を許せない。だから俺はここにいる」
「自分のためか?」
「自分のためだ」
聖王の問いかけに俺はまっすぐ応じる。
聖王は少し迷ったあと、小さく息を吐いた。
「父として……エリスのために残ったと言ってほしかった」
「それは悪かったな。俺は自分本位な人間なんだ」
「よく言う……他人のためにしか動かない男のくせに」
いつものお堅い王の仮面が外された。
自然体の聖王は深く玉座に腰かけ、柔らかい雰囲気に包まれている。
これが本来の姿なんだろう。エリスが人前で見せる姿と親しい者に見せる姿が違うように、この人にも違う側面があるのだと俺は感心していた。
「……正直に話そう。私がこの椅子に座ってから一度だけ私情のみを優先して決めたことがある。なんだかわかるか?」
「……俺を魔王の討伐隊から外したことか?」
「そうだ。当時のお前はリーシャの弟子として各地で活躍していた。お前が入っても誰も文句は言わなかった。しかし、エリスのことを思えばお前とリーシャが二人とも戦死という結果は避けたかった。そんなことになればエリスは自分を保てなくなる。だから私はお前を百人から外した。ケルディアのすべての人間が魔王討伐に気持ちを向ける中、私は娘を優先したのだ」
「最低な王だな」
「そのとおりだ。だからそれ以降、私は私情を挟まないようにしてきた。今回もそのつもりだ。お前が救出に失敗した場合、私は王家に所縁ある家から養子を貰ってその子を後継者とする」
正しい判断だ。
それでエリスは人質としての価値がグッと下がる。
動員した王国軍もどんどん数を増すし、西部に勝ち目はない。
頼みの綱の聖騎士たちもエリスが第一後継者じゃなくなれば、意図を察して聖王の下に戻るだろう。
そうなれば西部諸侯同盟は崩壊だ。
ただ、そうなった場合、エリスの身の安全は保障されない。
それを理解したうえでそれをすると言っているのだ。王として。
「だからこれは王としてではなく、父としての言葉だ……どうか娘を助けてくれ。私は娘を見捨てたくはない」
「了解だ。しっかり助けるから安心して王様やっててくれ。ただし、救出に向かう人員は俺が決める。それが条件だ」
「それはかまわん。だが、お前と共に戦える者がいるのか?」
「それなりにいるさ。こういう作戦のときは戦闘能力だけがすべてじゃないからな」
それだけ言うと俺は聖王に背を向けた。
許可は貰った。
あとはすべきことをして、エリスを助けるだけだ。
気持ちを新たなにして俺はさっそく声をかけるところから始めたのだった。