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第百三話 氷天のロデリック



 西部諸侯同盟と王国軍はとある平野にてにらみ合いを続けていた。

 両軍ともに数万をこえる軍勢であり、これだけの規模の軍勢が激突しようとしているのはケルディアでは魔王軍との戦い以来だった。

 そんな両軍の最高司令官にはそれぞれ聖騎士がついていた。

 王国軍側には序列一位にして五英雄の一角、アーヴィンド・ローウェル。

 西部諸侯同盟側には序列二位にして聖騎士最高齢、ゴドウィン・ロデリック。

 この二人を筆頭にして、王国軍側は四名、西部諸侯同盟側は三人の聖騎士を投入していた。聖王国の内乱においてこれほどの聖騎士が投入されるのは初めてだった。

 だれもが過去最大規模の戦となることを予想していた。

 しかし、そんな予想に反して両軍の最高司令官はゆっくりと単身で前に出た。


「お久しぶりです。ロデリック先生」

「久しいな。アーヴィンド。任務でしばらく会ってなかったというのに、まさか師弟で敵同士になるとはのぉ。不思議な縁じゃ」


 長い白髭を蓄えた小柄の老人。

 杖をつき、腰も曲がっている。

 だが、その実力はいささかも衰えない。魔王軍との最終決戦では実力がありながら選ばれなかった序列二位。

 それは相性の悪さとその存在自体が聖騎士団の柱となっていたからだ。

 聖王国の生ける伝説。そしてアーヴィンドの剣の師匠。それが序列第二位。

 氷天のロデリックだ。


「わかっておるな?」

「はい、先生」

「この戦は仕組まれた物。戦えば聖王国が弱体化し、野心を見せる国が出てくる。そしてそうなればケルディアは戦国に突入じゃ。陰で暗躍する黄昏の邪団ラグナロクの思うつぼであろう」

「そうしないためには兵士たちを戦わせないようにしなければいけない。そうするためには私たちが全力で戦うしかないでしょうね」

「足手まとい。そう思わせ、時間を稼ぐ。手加減は無用だぞ?」

「勿論です。これは姫殿下のための戦い。誰であろうと手など抜きません」

「フォッフォッフォ。いきがいいのぉ。じゃがのぉ……まだまだ弟子には負けんわい!」


 ロデリックとアーヴィンドは同時に魔力を解放する。

 強大な魔力を持つ二人を中心に風が渦巻き、両軍の兵士たちは微かに後ずさった。

 どちらともなく剣を抜き、二人は一瞬だけ制止する。

 そして一瞬の後。

 戦いは始まった。


「ふん!」


 ロデリックは体格に似合わない強力な一撃をアーヴィンドにお見舞いする。

 剣で受け止めたアーヴィンドだが、その力に大きく後退を余儀なくされた。

 その光景を見て西部諸侯同盟から歓声が上がる。末端の兵士たちにはエリスを人質にしてあることは伝わってはいない。

 ロデリックは西部諸侯同盟に自分の意思でついたと思われているのだ。


「さすがは先生。まだまだお元気なようで」

「儂は生涯現役。五英雄などと呼ばれていても、儂からすればお前も小童じゃ!」

「ならば教えて差し上げますよ。弟子は師匠を超えるものです!」


 アーヴィンドは瞬時にロデリックの後ろに回り込むと剣を躊躇なく振るう。

 しかし、ロデリックは一瞬で消え去って、アーヴィンドの後ろを取った。


「お前が儂に鬼ごっこで勝てたことがあったかのぉ?」

「さすがにお速い。ですが、私はあなたより速い人を知っている」


 アーヴィンドは最短の動きで振り返るとロデリックに攻撃を加えた。

 無駄のないその攻撃をロデリックはあえて避けずに受け止めた。

 避ければ最後、どんどん追い詰められると思ったからだ。


「なるほど……。好敵手は自分を成長させる。あの師弟を相手にするために速い敵への対策はすでにしていたか」

「感心しているところ申し訳ありませんが……これで終わりじゃありませんよ!」


 アーヴィンドは剣に力を籠める。

 するとロデリックの体は木の葉のように吹き飛んだ。

 この戦いで初めてアーヴィンドが放った力を込めた一撃だった。

 ロデリックはひらりと地面に着地するが、アーヴィンドの一撃の重さを称賛する。


「さすがは我が弟子。速さならともかく、一撃の重さではもはや敵わんか」

「どうでしょうか。先生はまだ本気ではないでしょう?」


 アーヴィンドは誘うようにそう言い放つ。

 そんなアーヴィンドの言葉にロデリックはニヤリと笑った。


「ふむ……初日から見せることになるとはのぉ」

「ご安心を。兵士たちはほかの聖騎士が守りますので」


 自分への心配は口にしない。

 大丈夫という自信があったからだ。

 そんなアーヴィンドに苦笑しつつ、ロデリックは手に持った剣の刀身を撫でる。

 そして。


「ゆくぞ……氷天画戟ひょうてんがげき!」


 ヴィーランドが作った魔剣の中で炎を操ることに特化したのはレイモンドの焔竜牙。

 それと対を成す形で存在するのがロデリックの氷天画戟だ。

 剣は白い戟の形へと変化し、本来の姿を解放しただけで辺りの地面を凍らせていく。

 効果範囲に優れ、屋外で使った場合、まさに天候すら操る魔剣だ。

 自分が立つ地面も凍り始めたのを見て、アーヴィンドは笑う。


「修行時代……あなたのその魔剣を打ち破ることが最大の目標でした。しかし、同じ聖騎士となってからは戦うことが叶わず、心の底では残念に思っていたのです」

「儂も同じじゃ。とくにこの二年……めっきり大人しくなったお前を鍛えなおさねばと思っていた。感謝するがよい。儂自ら、お前の本気を引き出しやろう!」

「はい、感謝します」


 そう言ってアーヴィンドは背中に背負っていた盾を左手に装着する。

 これで双方ともに本気の用意は整った。

 アーヴィンドの強さは防御。派手な攻撃技はあまりなく、ただシンプルな強さが特徴だ。

 一方、ロデリックの強さは氷による攻撃。その攻撃範囲と威力は聖騎士の中でもトップクラスだ。

 矛と盾。

 師と弟子でありながら二人のスタイルは真逆といってもよかった。

 しかし、互いに対峙しながら笑う姿はそっくりだった。


「まずは小手調べ! 受け止めてみよ! 氷波ひょうは!」


 ロデリックは両手で持った戟で地面を大きく薙ぐ。

 それによって生じた衝撃波が凍りつき、氷の波となってアーヴィンドに向かう。

 否、アーヴィンドだけではない。

 その効果範囲の広さゆえ、後ろに控える王国軍にも氷波は迫ろうとしていた。

 だが、アーヴィンドは後ろを一切気にせず、剣を縦に一閃して自らの居場所を確保するにとどめる。

 アーヴィンドは氷の波をすり抜けることに成功したが、氷の波は止まらない。

 前線にいた王国軍の兵士たちが悲鳴を上げるが、彼らの前に炎の壁が出現して氷の波を受け止めた。


「序列七位か……小賢しいのぉ」

「次は私から行きます」


 そう言ってアーヴィンドは盾を構えたままロデリックに突進する。

 アーヴィンドの得意技にして、ローウェル家の伝統秘技〝ストライク〟。

 受け止めてはいけないと察したロデリックは大きくその場を離れる。

 だがアーヴィンドは気にせず先ほどまでロデリックがいた場所に突きを放った。

 突きから生じた衝撃波はロデリックが凍らせた大地を割りながら、西部諸侯同盟へと向かう。

 まるでロケットが向かってくるようなものだった。

 前線で見ていた西部諸侯同盟の兵士たちは一歩も動くことができず、ただ固まることしかできなかった。

 しかし、そんな彼らの前には風が吹いて衝撃波を受け流す。


「序列三位……やはりあなた方が敵というのは厄介だ」

「よく言うわ。展開次第では一人で相手をしようとすら思っておるじゃろ?」

「ええ……私は序列一位。聖騎士団長なので」


 そう言ってアーヴィンドはニッコリと笑ってロデリックと刃をまた合わせ始めたのだった。

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