第百二話 下着屋
下着回! ちょっとした息抜き回って感じですね。
聖王からの許可は出た。
意外なほどあっさりと。
しかし一つ条件をつけられた。
「これと、あれと、あとはそれ。全部ちょうだい」
「は、はい! 毎度あり!」
「ちょっと待て!? まだ買うのか!?」
大量の袋を持たされている俺はさらに買い込もうとするジュリアに突っ込む。
聖王が出した条件は俺がジュリアの監視につけというものだった。聖王としてもジュリアが裏切るとかは考えてないようだが、暇を持て余したジュリアなら余計なことをしかねない。それを防げということだ。
だが、女の買い物に男が付き合うということは荷物持ちをするということだ。
すでに俺の両手は袋で埋まってしまっている。
「当然よ。女三人分の買い物なんだから」
「斗真さん。半分持ちます」
「駄目よ、アケノ。今日のトウマは荷物持ち係。本人がそう言ってついてきたんだから」
ジュリアは笑いながらそんなことを言う。
たしかに荷物持ちだと思って気にしないでくれとは言った。女同士の買い物だし、黒子に徹しようという思いからそう発言したのが運の尽き。こうして膨大な量の荷物を持たされる羽目になった。
「まさかこんな買い物するなんて……」
「女の子はショッピングでストレス発散するのよ?」
「女の子って年かよ……」
小声でそう呟く。
明乃やミコトならまだしも、ジュリアはもう成熟した女性であり、女の子というには無理がある。
しかし。
「トウマ~? 私がイライラして重要文化財を破壊してもいいのかしら~?」
「すみませんでした……」
ニコニコと笑っているが目が笑ってない。即座に謝ったから怒気は収まったが、ああいうときのジュリアは本気でやりかねない。
監視役という役目を引き受けた以上、今日の俺はジュリアを怒らすわけにはいかない。
そう決心したのだが、すぐにその決心が鈍りそうになる。
ジュリアが、到着と明るい声でいって止まった店が俺にとっては地獄みたいな場所だったからだ。
「さぁ入りましょうか」
「嫌だよ!」
「無理です!」
俺とは違った意味で拒否を示した明乃とミコトだが、ジュリアは二人の首根っこを掴んで離さない。
ミコトでも引き剥がせないあたり、相当しっかりと魔力で強化して捕まえているな。ジュリアの本気度が窺える。
これは俺も逃げるのは無理だな。
八つ当たりであちこちを破壊されても困るし……。
「はぁ……俺ってどうしてこんな不幸なんだろうか」
「何言ってるの? こんな美女と美少女たちと下着屋に入れるのよ? 羨ましすぎて世の男性に刺されてもおかしくないわよ?」
「やーだーよー! トウマがいるところで下着なんて選べないよー!」
「じゅ、ジュリアさん! また今度にしましょう! そのほうが楽しいかと!」
「駄目よ。私、こう見えて忙しいの。またなんていつになるかわからないわ」
そう言ってジュリアは二人を引きずり中へと入った。
その後を俺は肩を落として続くのだった。
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「きゃー! これ可愛いわ! ミコトにぴったりよ!」
「わー!? なにこれ!? 透けてる!? こんなの着れないよ!!」
「そう? ミコトは大人しいのが好きなのね」
「ジュリアさんが大胆すぎるんだよ!?」
店の奥のほうでジュリアとミコトの声が聞こえてくる。
俺は店員が哀れに思ったのか、店の端に椅子を出してくれたのでそこに座っている。それでも周囲にはブラが並んでいてとても落ち着けないが、試着室の近くよりはマシだ。
この店にはすでに城から伝達がいっていたらしく、俺たち以外に客はいない。それが唯一の救いではある。
ただし。
「アケノはピンクや白が好きなのね」
「わーわー! 声が大きいですよ! 斗真さんに聞こえたら!?」
「いいじゃない。好きな下着の色くらい。それでね、私はこの赤の下着がおすすめなんだけれど?」
「際どすぎですよ!? 着れません!」
「そうかしら? じゃあこっちのTバックは?」
「着ません!!」
店の奥から聞こえてくる声を遮る雑音もない。
なるべく聞かないようにしてはいるが、どうしても耳に入ってくるときもある。
そのときは可哀想なので記憶から消そうとするのだが。
「あら? ミコト。今日の下着は白なの? じゃあ印象変えるために黒にしましょうか」
「わー!!?? 見ないでよ!?」
「いつも白ばかりじゃ楽しみがないもの。違う下着も持っておきなさいな」
「ち、違う下着も持ってるよ!」
「あら? 何色?」
「そ、それは、う、薄いピンク……」
「白と変わらないじゃない。やっぱり今日は黒ね」
次から次へと消したほうがいい情報が入ってきて、なかなか記憶を消す作業が追い付かない。
どうしたもんかと気まずい思いをしていると、今度は明乃の悲鳴が聞こえてきた。
「きゃー!! ジュリアさん! 着替えてるときに入らないでください!?」
「いいじゃない。女同士なんだし。あら? またこんな地味な下着を選んで。まぁそんなことだろうと思ったから私が持ってきてあげたわ。あなたの好きなピンクよ。せっかくだし着せてあげるわね」
「えっ!? いや、ちょっと! いいです! 着ませんから!」
「そう言わずにね」
「わっ! きゃっ! ちょっ! どさくさに紛れて胸を揉まないでください!!」
「マッサージよ、マッサージ。大きくなりたいでしょ?」
「私くらいの年齢ならこれくらいが平均です!」
「でもミコトのほうが大きいわよ? Dくらいあるんじゃないかしら?」
「D!?」
声が一転して絶望的なものに変わる。
明乃にとってDというのは越えられない壁くらいの存在だ。
まぁ年齢的にまだまだ大きくなる可能性だってあるだろうし、そんなに気にすることはないと思うんだが、明乃にとっては重大なことなんだろうな。
そんなことでショックを受けている明乃をよそにジュリアは手早く明乃に自分が持ってきた下着を身につけさせてしまったらしい。
「はい、できあがり」
「はっ!? いつの間に!? って!? こんな際どい下着、どこで着ろっていうんですか!?」
「学校に着ていけばいいじゃない」
「こんなの着ていったら同級生に心配されてしまいますよ!」
どんな下着を選んだんだよ……。
ジュリアはセンスはあるが、大人しさとは無縁だ。
高校生にも自分のセンスで選んでしまうんだろう。明乃からすればそれは自分には早すぎると思ってもおかしくない。
明乃がそう思うんだから、ミコトだってそう思うに決まってる。
「ミコトー。言った通りに着たかしらー?」
「き、着たけど……」
「似合うわよー。やっぱりミコトに黒を選んで正解だったわ」
「は、恥ずかしいよぉ……」
「隠さないで隠さないで。ほら、トウマに見せてきなさい。二人とも」
「え!?」
「嘘!?」
思わず俺は天を仰いだ。
その年の少女に下着姿で男の前に出ろとかどういう神経してるんだ、あいつは。
「せっかく男がいるんだもの。感想聞いてきなさいな」
「無理です!」
「やだよ!」
「もう、恥ずかしがり屋さんたちね」
そう言ってジュリアは呆れたように何か魔法を使った。
魔力の減り方でわかる。かなり高度な魔法をろくでもない使い方をした。
そしてすぐに俺は使われた魔法がどういうものかわかった。
目の前でゲートが開き、下着姿の二人が目の前に出てきたからだ。
あいつ、こんなどうでもいいことにゲートの魔法を使ったのだ。
「あっ……!?」
「わー!!??」
どちらもレースを使った大人っぽい下着だ。
明乃はピンク色だが、大人しいのは色だけでデザインはかなり攻めている。たしかにこんなのを着ていったら友人に心配されるだろうな。
一方、ミコトはデザインこそ落ち着いているが煽情的で大人っぽい黒だ。
たしかに似合っているが、ミコトには早すぎるような気もする。
一瞬でそこまで考えたあと、俺はため息を吐いた。
こちらの記憶を消そうと、明乃とミコトがパニックになりつつ攻撃態勢に入っていたからだ。
防御は簡単だが、さすがに下着姿を見られた少女たちの攻撃を防ぐのは可哀想だろう。
そう判断し、俺は二人の攻撃を甘んじて受けることにした。
「記憶!!」
「消去!!」
左右から伸びてきたビンタによって俺の頬にはくっきりと痕が付く。
しかし、この程度で記憶を失えるなら苦労はない。
ビンタしたあと、涙目で縮こまっている二人の頭を軽くたたくと俺は離れたところにいたジュリアに告げる。
「二人の好む物を買ってやってくれ」
「あらあら。本当に兄みたいな対応ね」
そんなことを言うジュリアに苦笑しつつ、俺は動揺する二人のために下着屋から一旦出る。
その後、落ち着いた二人は謝罪しに来てショッピングは終わった。
結局、どんな下着を買ったかは知らないが、たぶん二人が自分で選んでものを買ったはずだ。
そこについて触れるのはさすがに野暮なので触れたりしない。
「どうだったかしら? 二人の大人っぽい下着姿は?」
「ノーコメント」
関わるだけ面倒だ。
からかい混じりの笑みを浮かべるジュリアの追撃をかわしながら、俺たちは城へと戻った。