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第百話 囚われのエリス

ここから聖王国の内乱ですね。右手の調子が悪いので更新速度はそんな上がらないですが、頑張っていきたいと思います。





 グロスモント侯爵の城。

 そこにエリスはいた。貴賓室において何一つ不足なく、丁重に扱われている。しかしただ一つ。

 自由だけはなかった。

 そんなエリスの部屋にレスターが訊ねてきた。


「あなたには笑顔が似合うと思うのだが、さすがに笑ってはくれないようだ」


 椅子に座り、窓の外を見つめていたエリスの視線がレスターに向く。

 その顔には怒りはない。

 仲介を頼んでおきながら、卑怯にもエリスの身柄を確保し、聖騎士に忠誠を迫った男を前にしながらエリスは怒っていなかった。

 ただ疑念だけがエリスの中にあった。興味と言い換えてもいいかもしれない。


「お見事な奇襲でしたわ。グロスモント侯爵。まさかあなたとラッセル公爵が繋がっているなど思いもよらず、わたくしも聖騎士たちも罠に嵌められてしまいましたわね。」

「光栄です、姫殿下。それとできればレスターと呼んでいただきたい」

「わかりましたわ。ではレスター様。一つお聞きしても?」

「どうぞ」


 レスター・グロスモント侯爵はケルディアの二大強国の一つ、アルクス聖王国の有力貴族だ。代々続く名門であり、先代のときには魔王軍の侵攻を水際で食い止めたため、多くの貴族たちから尊敬を集める存在でもあった。

 そんなレスターがなぜラッセル公爵と共に西部貴族を扇動して反乱など起こすのか。

 その理由がエリスは純粋に気になっていた。


「多くのモノを手に入れておきながら、なぜ玉座を欲するのですか?」

「玉座に座らなければ手に入らぬモノがあるからです」

「失敗すれば代々続いてきた家は取り潰されますわよ? あなたの名声もまた地に落ちますわ」

「いつまでも栄える家などありはしないのです。私の代で滅びるのも一興でしょう」

「貴族の身勝手ですわね。付き合わされる臣下や領民をなんだとお思いですか?」

「皆、私に賛同してくれている者たちばかりです。ついていけないと言った者にはお金を与えて、別の土地に行ってもらいました。まぁそんなのが偽善だとは承知しておりますが」


 レスターの言葉を聞き、エリスは自分の中にあったレスターの人物像が間違っていなかったことを確信する。

 優秀で賢明な貴族らしい男。自信にあふれ、誇りを尊ぶ。庇護すべき民を大切に扱い、貴族の責務がどんなものかをよく理解もしている。

 ゆえに反乱を起こしたことはエリスには意外だった。


「ラッセル公爵が反乱を起こすのはわかりますわ。そういう兆候がありましたから。しかし、あなたは常にラッセル公爵と対立していましたわ。王家に反感を持つ西部貴族の中で、王家よりの立場だったはずです。それすら演技だったのですか?」

「いえ、これまでの態度は演技ではありません。魔王軍との戦いで聖王国は他国を助けることを優先しました。それによって西部は打撃を受けたわけですが、あのとき多くの者がそのようなことを予想してはいませんでした。悪魔というものを甘く見ていたのです。北方の国々に援軍を出すことに反対していた父ですら、あくまで聖王国が攻められるということは可能性としか考えていなかった。聖王陛下の判断は結果的に間違っていましたが、私が王についていたとしてもあの時は同じ判断をしたでしょう」

「それならばなぜ反乱をするのですか?」

「さきほども言いました。手に入れたいものがあるからです」

「興味がありますわ。あなたほどの方がすべてを捨てて賭けに出た欲しいモノとはいったいなんでしょうか?」


 エリスの言葉にレスターは苦笑する。

 聖王女と称えられ、多くの物事において本質を見抜く確かな目を持っている少女も自分のことには疎いのだと感じたからだ。

 だからこそ、レスターは直球で答えた。


「あなた様です。姫殿下」

「わたくし? 意外ですわ。あなたはわたくしに興味がないものと思っておりましたのに」

「プレゼントを渡したり、恋文を書いたりするのは私の趣味ではないのです。それにあなたはそんな安い手で落ちる女ではない」

「買いかぶりですわね。わたくしも素敵な殿方にプレゼントを貰い、恋文を書いていただければ心躍りますわ」

「しかし、求婚者たちに心を躍らせたことはありますまい」


 そのレスターの言葉にエリスは答えない。

 沈黙を肯定として受け取ったレスターは、エリスが思ったとおりの女であることに満足しつつ背を向けた。

 そんなレスターにエリスは声をかけた。


「レスター様」

「なにか?」

「わたくしが欲しいというならさしあげましょう。ですから今すぐラッセル公爵を捕えて、この反乱を終わりにしてください。そうすればわたくしはあなたを婚約者として発表しましょう。あなたとわたくしは通じ合っており、あえてあなたは反乱に加わった。そういうシナリオなら悪くはありませんでしょう?」

「さすがは姫殿下。自分の結婚相手ですら民のために決めてしまうのですか」

「ええ。あなたは共同統治者として問題のない能力を持っておりますし、わたくしが欲しいだけならばそのシナリオで問題ありませんでしょう? 罪のない人の血が流れずに済みますし、この状況で聖王国に無意味な騒乱を生まずに済みます」

「魅力的な提案ですが、それでは駄目なのです。それではあなたは私の妻になるが、あなたは私のモノにはならない。多くの人の心を奪う側のあなたにはわからないかもしれませんな」


 そう言ってレスターはエリスの提案を断った。

 断わられたことにエリスは驚かない。一か八かくらいかの気持ちだったからだ。


「聖王国は今、黄昏の邪団と争っていますわ。今回の騒乱、裏で手を引いているのも彼らでしょう。それでもあなたは反乱者になるおつもりですか? テロリストの手先のなるのですわよ?」

「それもまた一興です。そうでもしなければあなたは手に入らない。ご安心を。私が賭けに勝てば奴らは私が仕留めてみせましょう。それまでゆるりとお待ちください」


 そう言ってレスターは優雅な礼をして見せると自信に満ちた表情のままその場を去ったのだった。

 そんなレスターの後ろ姿を見つめながら、エリスは自分にだけ聞こえるようにため息を吐く。


「はぁ……わたくしも同じですわ。レスター様。奪う側ではなく、奪われる側……決して手に入らぬモノを求めていますもの。気持ちはわかりますわ」


 呟き、レスターに自分と似たモノを感じながらエリスは窓の外を見る。

 リーシャの復活のために努力する斗真だが、おそらく聖王国のこの無意味な反乱に参加することになる。

 その理由となるのはエリス自身だ。

 この状況でケルディアで騒乱を起こすということは、黄昏の邪団の目標は地球側であることは明白。

 斗真は本来、こちらを無視して日本に向かわねばならないが、エリスがいるためケルディアに残ることになる。

 囚われの姫。助けに来る騎士。

 吟遊詩人あたりが好みそうな展開だが、ようは足手まといになっているだけだ。


「トウマ様……どうかわたくしを助けに来ないでくださいな……」


 見捨ててくれたほうが諦めがつく。

 諦めようと思う度に優しくされて気持ちがブレる。

 また助けられれば気持ちが強まってしまう。

 リーシャが復活する可能性がある以上、敵わぬと知っているのに。

 いつまでこの思いに囚われ続けてしまう。


「レスター様が羨ましいですわ……反乱を起こせば手に入るのですものね……縛られないあの人を手に入れるには何をすればよいのでしょうね……」


 呟きながらエリスはまた外を見る。

 その後、聖王国と西部諸侯同盟の交渉は失敗に終わり、両軍が前進することとなった。

 こうして一人の女を巡って聖王国は内乱に突入したのだった。

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