第十話 明乃VS自衛隊
「なぁ? ほんとにやるのか?」
「ああ、上の命令だからな」
「やめとけよ。ケガするぞ」
「俺らがか? それとも彼女がか?」
昨日と同様に車に乗り込んできた光助によって、車は学校から少し離れた場所に駐車させられた。
運転手は脅されながら今日は車を違う位置に泊めたと明乃に連絡させられており、明乃は疑いもせずこちらに来るだろう。
泊めた場所は学校の近くでは最も人通りが少ない路地。
しかも一目につかないように明乃が来るだろう通路以外は自衛隊が何らかの手で封鎖しているはずだ。
どうしてそんなことをするかといえば。
「お前らに決まってるだろ? 昨日の俺の話を聞いてなかったのか? お前らじゃ束になっても明乃には勝てないって」
「その話を上官に話したら、試してみようってことになったんだよ。本当に俺たちが束になっても敵わないのかどうかな」
「馬鹿の極みだな……」
俺の暴言を光助は聞き流す。
まったく、目立つことは避けたいってのに。
「四名家の関係者の証言からお前が襲撃の際に活躍したことはわかってる。ただ、俺たちの部隊がお前に下した評価はA級冒険者相当。その程度なら俺たちが複数で掛かれば対処できる」
「はぁ……だから俺よりも弱い明乃がお前らに対処できるなら、俺の評価も上がるってか? そんでもってそこまで強い俺がやばいって言う敵なら協力すると?」
「まぁそんなところだ」
「だったら俺が戦えば済むだろ?」
「護衛対象がどれくらい戦えるのかも見てみたいそうだ。もちろん、俺の上官だけじゃなくてお前を排除しようとした政治家たちもここの映像は見てる。ちなみに俺はお前をボコボコにすることを提案したぞ? 可愛い女の子じゃ部下が戦いづらいだろうからな。その点、お前なら問題ない」
「ああ、まったく残念だ。合法的にお前を殴れるチャンスだったのに」
俺と光助はお互いに引きつった笑みを見せ合う。
昔から知っている者同士の気心知れたやり取りだ。まぁ本気で殴れなくて残念とは思っていたが。
しかし、光助の上官は何を考えているのやら。結果が予想したうえで、光助たちをけしかけ、政治家を集めたとするなら相当な曲者ということになるが。
そんなことを考えている間に明乃が姿を現す。
学校指定のブレザーにスカート。
それをきっちりと着た明乃は車を見つけて小走りになる。
その瞬間、光助が指示を出した。
「状況開始」
瞬間、長距離からの狙撃が明乃に襲い掛かった。
おそらく魔弾を使っている。まともに受ければ体の一部が消し飛ぶレベルの攻撃だ。
情け容赦のない攻撃に俺は自衛隊が本気なのだと悟った。明乃は東凪家の跡継ぎ。なにかあれば四名家と全面抗争になりかねない。
ただ、おそらく上の連中はこう考えているだろう。死んでくれるならそれはそれでよい、と。そうであれば状況はこれ以上悪化しないし、光助の部隊の独断ということで片付けるだけだ。
それは光助もわかっているだろうに。それでも容赦なく攻撃するあたり光助も軍人なんだろう。
まぁ光助たちにとって幸いだったのは。
「明乃に魔弾は効かないぞ」
東洋一の魔力を持つ明乃はたとえどれだけ弱い魔術を使っても、かなりの効果を発揮する。
なんてことのない防御魔術でも魔弾程度では貫通できないわけだ。
明乃は最も簡単な防御魔術〝防壁〟を使って魔弾を受け止める。
「そんなこと百も承知だ」
明乃が魔弾を受け止めた瞬間、潜んでいた隊員が明乃に接近する。その数は四人。
全員がナイフと拳銃を持っている。この戦法は。
「オーソドックスな魔術師相手には長距離攻撃で動きを止めて、接近するのがセオリーだ」
「まぁ近づかれると魔術師は反撃が難しいからな」
昔からときたま現れる強力な魔物を討伐することを目的としていた魔術は、集団で戦うことを前提として作られている。
つまり通常、魔術師は単独行動は厳禁なのだ。自分を守るパートナーが必須ということになる。まぁそれも魔術師のレベルによってはどうにでも解決できるのだけど、基本的にはそういう風に言われている。
だから最近では地球人でも魔法を学ぶ者も増えてきたそうだ。
ただし魔法は発動までにかかる時間が短いかわりに威力が落ちる。どちらも痛し痒しといったところだ。
しかし、だ。どの問題も素質によって解決できてしまう場合がある。
「光助。たしかに明乃は〝オーソドックス〟な魔術師だが、〝普通〟の魔術師じゃないぞ?」
「なに?」
俺の言葉の意味を光助はすぐに目のあたりにする。
一番最初に明乃に接近した隊員はナイフで明乃を攻撃するが、それを掻い潜られて腹部に肘打ちをくらわされた。
そしてそのまま吹き飛ばされて、近くの電柱に体をぶつけて動かなくなった。
その威力を見て、残る三人の動きが止まる。情報と違うって様子だな。
「どういうことだ……?」
「魔闘術。こっちじゃ気功術っていうんだっけか? 魔力を用いた近接戦闘術。東凪の跡取り娘なんだからそれくらい仕込まれてるだろうさ」
「そんなのはわかってる! 問題はなんだあの威力!?」
「本来、魔闘術ってのは繊細な魔力コントロールで肉体を強化したり、相手に流し込んだりするんだが、あいつはそこらへんを馬鹿みたいな魔力量でカバーしてるんだろう」
「ちっ……! 魔力が筋力みたいなもんだとしたら、俺の部下は世界屈指の力自慢に喧嘩を売ったってことか……」
「そういうことだな。まぁ技はまだまだ未熟だし、ある程度経験を積んだ相手には通用しないだろうけど、ここ数年で魔力の扱い方を覚えたような奴らじゃ相手にはならんよ」
そもそも幼い頃から魔術の修行を積んでいる明乃は、魔力コントロールでも隊員たちよりも優れているはずだ。
セオリーはわかるが、明乃に接近戦を挑むならもう少し工夫が必要だったな。
明乃は魔力を込めた一撃でどんどん隊員を昏倒させている。技は粗削りだが、しっかりと相手が死なないように手加減しているし、魔闘術にも才能があるのかもしれない。
そんなことを思っていると、光助が車のドアを開けていた。
「行くのか?」
「これでも部隊じゃ一番の使い手なんでな。行かないわけにはいかないんだ」
「そんじゃせいぜい頑張れ。負けても落ち込まなくてもいいぞ。あいつは間違いなく天才だからな」
生まれたのが地球じゃなく、ケルディアならすでに大陸を代表する魔法師になっていたはずだ。
それはケルディアのほうが優れているというわけではなく、単純にケルディアのほうが多くを経験できるからという意味だ。
明乃に足りないのは経験だけ。今は持って生まれた魔力と素質だけで戦っているが、自分より格上と戦うなり、稽古をつけてもらえば急激に伸びるはずだ。
なにせ縮地を未完成とはいえ、一日で成功させてしまうセンスの持ち主だからな。
「まぁ相手が天才でも戦いようはあるさ」
そう言って光助は車から素早く降りると、周囲を警戒している明乃に突っ込んだ。
手に持つのはサブマシンガン。まぁ、魔弾で明乃の防御魔術を突破するなら質より量で挑むべきだろう。しかし、コストのかかる魔弾をサブマシンガンでバラまいたりしていいのかね。
そもそも魔弾は銃弾に魔導言語と呼ばれる文字を彫ることで出来上がる。そのせいで普通の銃弾より格段にコストが跳ね上がるわけだ。
しかもそれだけコストをかけるのに消耗品ときた。まぁ魔術や魔法にあまり適正のない人間でも使える便利アイテムだし、そこまで求めるのは酷というものか。
光助がばら撒く魔弾を明乃は防壁を連続発動することで防ぐ。時間と共に消失していく防壁では、サブマシンガンの弾幕に耐えきれないからだ。
一方の光助も決め手に欠ける状況だ。ただ気になるのは光助は魔術の適正があると言っていた。
なにか隠し玉があるんだろうな。
なんて思っている間に光助と明乃の距離が縮まる。打撃が当たる距離だ。明乃は光助の蹴りをかわして懐に飛び込む。
「ん?」
距離のある俺が違和感を覚えたんだ。おそらく近くにいた明乃はもっと違和感を覚えただろう。
明乃が掌底を繰り出した瞬間、光助の姿が歪む。そして明乃の放った掌底は光助を突き抜けた。
「幻術……いや、この国なら分身の術っていうべきか?」
光助は気づけば明乃の後ろにいた。
明乃は咄嗟に肘打ちを繰り出すが、それもハズレ。光助は霧散して明乃の攻撃は空振る。
その間にも光助は分身を続け、五人まで姿を増やしていた。
「現代版忍者か。これはなかなか見物だな」
明乃はこれに対してどう対処するのか。
魔術を使おうにも間合いが近すぎて詠唱する時間はない。さてさて、どうする?
ひとつだけ手っ取り早い判別法があるが、明乃は気づくか?
高見の見物を決め込んでいると、明乃が掌底を地面のコンクリートに放った。
ひびが周囲に走り、五人の光助の内、一人だけがバランスを崩す。
それを見て明乃は急速に光助との距離を詰めた。
ああ、これは終わりだな。分身は魔力で作ったものだから、地面からの衝撃には反応できない。よほど高度な幻術なら別だが、さすがに光助はそこまでの幻術使いじゃないだろう。
光助は最後のあがきで分身を生み出し、明乃の背後を取る。
しかし、明乃はそれを読んでいたのか背後の光助にハイキックを放った。
「っ!?」
光助は咄嗟にガードするが、真横に大きく吹き飛ばされる。
近くの壁にぶつかり、力なく光助は倒れた。問題はそこではない。
車の中で高みの見物を決め込んでいた俺と明乃の視線が合ったということが問題だった。
足をあげた明乃と目線が合う。つまり明乃のスカートの中は丸見えだった。
ピンク色の可愛らしい下着を見ながら、俺は思う。現場で見ている俺よりも、映像で隠れて見ている奴らのほうが気まずいだろうな、と。
女子高生のパンチラを盗撮しているようなもんだからな。ロリコン、ここに極まりって感じだろうな。
明乃は顔を赤くしながらスカートを押さえる。そして、冷たい視線を俺に向けながらかつかつと音を鳴らして歩いてきた。
「……なにをしてるんですか?」
「……見物かな」
「護衛なのにですか?」
「……話すと長いんだが、あいつら自衛隊の奴らなんだ」
「へぇ。そうですか」
「信じてないな?」
「いえ、信じてますよ。つまり国家権力に屈して護衛なのに私を守らず、あまつさえ私のスカートの中を覗いていたということですね?」
「うん、まぁ状況的にはそういうことなんだが、その言い方は悪意に満ちてないか?」
ジト目で俺を睨む明乃に俺はそう弁解するが、明乃はジト目をやめずに言い放つ。
「やっぱり斗真さんはろくでなしなんですね!」
「はぁ……」
何を言っても取り付く島もない感じだから俺はこれ以上は何も言わない。
実際、何もせずに見ていただけだし、ろくでなしと言えばろくでなしだろうな。護衛対象でしかも年下の女の子を見捨ててるわけだし。
不名誉な言葉を受け入れて俺は車を降りる。
「……何するんですか?」
「こいつらを放っておくわけにもいかないだろ?」
「……私は助けなかった癖に」
「はいはい。悪うございました。これでいいか?」
「謝罪というのは謝意が大事なんです! 謝意が!」
後ろで小言を言いながらも明乃は俺の後に続いて、自分が打ちのめした自衛隊員の介抱に掛かった。