表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/145

第一話 謎の美少女現る

 こんにちわ、こんばんわ、おはようございます。タンバです。

 今回は少々新しい試みをするためにこの作品を書きました。

 友人に18禁小説を書いてみてよと言われて、僕もたまにはいいかなと思い、思い切って書いてみることにしました。

 ということで、この作品の外伝と言う形で18禁小説も投稿します。連動はしますが、そちらを見ないでも楽しめる作品にはなっていますのでご安心ください。

 ではでは。これより駄文にお付き合いくださると幸いです。





 夢を見ていた。悪夢に分類される夢だ。これまで生きてきた中でもっとも辛い日の記憶。忘れたくて忘れたくて仕方がないのに、こうして眠るといつも見せつけられる。

 見たくないと思いながら、俺はまたあの日の記憶を振り返る羽目になった。

 真っ赤に燃える巨大な城があった。

 その周囲には無数の死体が転がっている。すべて人間の死体だ。しかし、人間同士争っているわけじゃない。

 戦っている相手は魔界から侵攻してきた悪魔たちだ。こいつらは死ぬと灰となるため、死体が転がらない。だから城の周囲には人間の死体だけが積み重なっていた。

 だが、戦況はこちらが優勢。巨大な城の主、魔王も人間の精鋭たちに追い詰められていた。

 もちろん人間側も無傷じゃない。選りすぐりの百人はすでに六人まで数を減らしている。城に乗り込んだのは誰もが名のある勇者だった。誰一人欠けることなく、魔王の前まで辿りついたことがその証明だ。

 その勇者たちが六人にまで減らされた。どれほど魔王が強力な存在かわかるだろう。

 しかし、もはや魔王の命運は尽きた。こちらは同時攻撃の体勢に入っており、魔王に逃げ場はない。

 勝った。そう思いながら〝俺〟は居合抜きの体勢に入っていた。この刀を引き抜けば勝てる。このろくでもなく、そして辛い戦いが終わる。愚かすぎる当時の俺はそう思っていた。

 だが、次の瞬間、魔王は最後の力を振り絞って俺に向かって攻撃を仕掛けてきた。

 それは触れた者を決して壊れない氷の棺に閉じ込める波動。触れる者はすべて凍り付かせる災厄。俺は一瞬の隙を突かれて、避けることができなかった。

 目の前が真っ白に光る。

 目を閉じて死を覚悟していた俺は、自分がまだ生きていることに気づいた。

 恐る恐る目を開けると、そこにはこの世の地獄が広がっていた。


「よかった……無事みたいだね」


 そう言って茶色の髪をポニーテールにした少女が笑う。

 異世界で絶望に包まれていた俺を助け、俺に生きる術と生きる道を教えてくれた少女。誰よりも大切で、何よりも守りたかった少女。

 師であり、恩人であり、相棒である。隣にいるのが当たり前だった。半身といっても過言ではない。

 その彼女が体を半ばまで凍らせられていた。

 氷は猛烈な勢いで少女の全身を覆いつくしていく。声を出す間もなく、少女の鳶色の瞳を閉じられ、眠るようにして氷の棺に閉じ込められた。

 庇われた。その事実に俺は驚愕し、絶望する。

 手を伸ばし、少女の温もりを求めるが冷たい氷がそれを阻む。

 動揺が残った者たちに走った。今、俺を庇った少女は間違いなく人類最強の戦士であり、魔王を追い詰める原動力だったからだ。

 好機と見て魔王が動き出す。氷に囚われた少女しか目に入っていなかった俺の視界に、黒いローブに身を包んだ魔王が映る。

 それは不条理の権化。悪の王。悲劇を量産する悪魔にして、たった今、俺が人生で最も殺意を覚えた存在。

 お前か……。

 呟き、一気に怒りのボルテージが跳ね上がる。

 茫然としていた俺の右手が刀へ向かった。

 そして近づく魔王に向かって俺は刀を引き抜く。光の奔流が魔王を包み、そして魔王城を包み込む。

 そこで俺の意識も覚醒した。


「嫌な夢だ……」


 粗末なベッドの上で目を覚まし、苛立ちをこめて髪をくしゃくしゃする。

 ただその程度で苛立ちは晴れない。

 今日はずっと気分の悪いまま過ごす羽目になりそうだ。

 ベッドから降りて俺は外を見る。

 地球とはだいぶ違う服装の人たちが路地を歩いている。その中には猫耳の人や明らかに人ではない人種もいる。彼らは亜人。〝この世界〟では一般的な人種だ。

 そうこの世界、ケルディアは地球ではない。地球に近く、しかし遠い異世界なのだ。

 この世界に十五で来てからもう六年。

 そして悪夢が起きたあの日から二年。

 俺、佐藤斗真さとうとうまは惰性のままにこの世界で生きていた。


 


■■■




「おはようございます。冒険者ギルドへようこそ。トウマさん」

「おはよう、適当な依頼ある?」


 朝の挨拶を軽くすませて俺はギルドの受付嬢にそう聞く。我ながら気安い声のかけ方だが、受付嬢は嫌な顔せずに今日の依頼を思い返す。

 アルクス聖王国の端、辺境とよべる地域にあるこの町は、規模としては中規模だが田舎に分類される。

 ここに来たのは三か月前。そろそろ慣れてきたせいか、街の中心にある冒険者ギルドでも気安く話せるようになってきた。

 ギルドには多くの依頼が集まっており、冒険者はそれらをこなすことで報酬を得る。

 依頼は壁に張られているが、それを見るよりも依頼をすべて把握している受付嬢に聞いたほうが早い。


「トウマさんが好きな、楽で報酬の高い依頼はありませんね」


 苦笑しながら受付嬢は言ってくる。

 それに肩を竦めて俺は了解と言ってギルドに併設されているバーで酒を注文する。


「今日は仕事しないんですか?」

「楽な仕事がないらしいからな」


 俺のランクはBランク。

 Sランクまである冒険者の中では中堅の位置にあたる。数も多く、俺のランク帯で受注できる好依頼は競争が激しい。

 楽な仕事が残ってないということは、朝一で何人かが持って行ったということだ。妥協してほかの依頼にいくよりもここで別の依頼が入るなり、先に依頼を持って行った奴が失敗するのを待ったほうがいい。

 そう思って出てきた酒を口に含もうとしたとき、入り口のほうでざわめきが起きた。

 ギルド内には俺のように待機組もけっこういる。そいつらがいきなり騒ぎ出したのだ。

 興味を惹かれて、酒を置いてそちらを見た。そして後悔する。

 茶色の髪に紫の瞳。この田舎町じゃまずお目にかかれない美少女がギルドの中に入ってきていた。

 美しさもさることながら、立ち振る舞いや服装に品があった。それだけで上流階級の出身だということがわかる。後ろには少女よりもやや年上らしき女の従者もおり、その点についてもこの町ではまずお目にかかれない。

 だが俺にとって問題はそこではなかった。少女の姿に見覚えがあることが問題なのだ。


「おい、だれだよ?」

「世間知らずの貴族様じゃないか?」

「依頼人かもしれないぞ?」

「しかし綺麗だなぁ」


 むさい男たちが熱い視線を少女に送る。

 その間に俺は席を立ってギルドから逃げようとするが、それは叶わなかった。


「お久しぶりですわ。トウマ様」


 声をかけられ、ギルド中の視線が俺に集中する。

 椅子から半ば腰を浮かしていた俺は少し沈黙したあと、腰をまた椅子に戻して少女のほうへ視線を向けた。


「……久しぶりだな」

「ええ、また会えて嬉しいですわ」


 そう言って少女は笑う。その笑みに邪気はない。言葉も本当のように思える。

 だから会いたくはなかったんだ。


「お嬢様。あまり時間がありませんので」

「ああ、そうでしたわね。トウマ様、少しお話しをしたいのですけれど? お時間をよろしいですか?」


 そう言われて俺は周囲を伺う。

 ギルド中から嫉妬と疑惑の目を向けられているこの状況でお話? 冗談じゃない。

 美人と話をしやがって、という心の声があちこちから聞こえてきそうなこの場にはもう一秒もいたくない。


「場所を変えよう。ここはうるさいからな」


 そう言って俺は顎で入り口を示す。

 少女は心得たとばかりに微笑み、俺がしっかりと立ち上がるのを見届けてからギルドを出た。

 まったく……。この分じゃこの町ともおさらばだな。

 意外に気に入ってたんだが、と思いながら俺は酒の代金を払ってギルドを出た。




■■■




 少女と従者を案内したのは俺が借りている安宿の部屋だ。

 純粋培養にして完全上流階級で育ったこの少女を通すにはあんまりな場所ではあるし、実際、従者の女は露骨に顔をしかめたが少女は気にせず部屋にある粗末な木の椅子に腰をかけた。


「突然やってきて申し訳ありませんでしたわ。トウマ様」

「まったくだ。しかし、よくこの町にいるとわかったな?」


 探されているのがわかっていたから、バレないように居場所を変えていた。

 それなのにまさか見つかるとは。正直驚きだ。


「ええ、いろいろな方々に協力していただきました。あなたのことを想う人はあなたが思っているよりもずっと多いのですわよ」

「それは迷惑なことだな」

「ふふ、あなたならそう言うと思いましたわ」


 クスクスと少女は上品に口に手を当てて笑う。

 その仕草にはとても覚えがあるが、どうしても外見に違和感がある。

 まぁ当然だろうな。普通の姿のままこの町に来たら騒ぎになっちまうし。


「とりあえずその変装をどうにかしてくれ。違和感がありすぎる」

「ああ、そうですわね」


 そう言って少女は左手首につけていた銀の腕輪を外す。

 その瞬間、少女の周りに光が満ちて、少女の姿が変わった。

 ゆるく波打つ銀髪に澄み切った紫の瞳。変装中も美人だったが、本来の姿はその上をいく。

 見る者すべての視線を引き寄せるその美貌はもはや呪いの類なのではないかと疑いたくなる。

 ただ、それが呪いではなく遺伝であることを俺は知っている。

 大陸二大強国が一つ、アルクス聖王国の聖王家は代々とても容姿が優れている。その中でも目の前の少女は歴代トップクラスの美しさを誇り、魔王軍の侵攻で疲れ切った多くの人々に力を与える復興の象徴でもある。


「では改めまして、お久しぶりですわ。トウマ様。わたくしはエリスフィーナ・アルクス。覚えていらっしゃいますか?」


 アルクス聖王国の第一王女にして王位継承権第一位。

 エリスフィーナ・アルクスを知らない者などこの世界にはいないのではないだろうか。少なくとも多少なりとも人と交流している人間は噂くらいは聞いているはずだ。

 師匠の縁でこうして話しているが、本来は俺なんかが気安く喋れる相手ではない。まぁいまさらそんなことを気にしても仕方ないが。


「さすがに二年程度じゃ人の顔は忘れない。ましてや相手が美人なら忘れたくても忘れられないさ」

「それはよかったですわ。忘れられていたら悲しいですもの。では昔のようにエリスとお呼びくださいな」

「変わらないな……羨ましいよ」


 エリスは明るく笑う。

 いつも笑顔を振りまき、他者を元気づけるエリスは天性のアイドルともいえた。実際、その力は対魔王連合を実現させ、急速に大陸全土を復興に導いていることからもわかる。

 末はアルクス聖王国の偉大な女王になることは間違いないし、誰もがそう願っている。

 それに驕らず、惑わされず、エリスはいつでもエリスのままだ。それがとても眩く見えた。


「それで? 俺をわざわざ探し出して、姫様が会いに来た目的はなんだ? まさか円卓の聖騎士団セント・ラウンズに入れとは言わないよな?」


 アルクス王国が誇る最強の騎士集団。円卓の聖騎士団セント・ラウンズ

 十二名から構成される一騎当千の強者たち。彼らの存在がアルクス聖王国を二大強国まで押し上げている。

 ただし魔王との最終決戦に七名が参加し、一名以外全員死んだ。よって、魔王戦前から聖騎士である者は半分の六名だけということだ。

 補充はされたという話だが、そうそう聖騎士級の逸材は見つからない。

 俺を誘ってきてもおかしくはない。まぁ誘われたら速攻で逃げさせてもらうが。


「わたくしが誘ってもあなたは頷かないのでしょう? それにあなたの嫌がることはしたくはありませんわ」

「よく俺の性格を知っているようで幸いだ。わざわざ逃げずに済む」

「姫殿下。そろそろ本題に移りませんと……」


 女従者がエリスに話を促す。

 エリスは微笑み、ゆっくり頷く。


「トウマ様と話すのは楽しいので時間を忘れてしまいますわ。できればずっと楽しくお話しをしていたいのですけど……」

「そこまで暇でもないだろ? 魔王を倒しても問題は山積みだからな」

「はい……。その問題の一つをあなたに解決していただきたいのですわ」

「内容によるな。俺はもう面倒事に頭を突っ込む気はないんだ」

「面倒事の基準によりますわね。あなたもご存知のとおり、我がアルクス王国は地球のいくつかの国と交流を持っていますわ」


 その事に俺は静かに頷く。

 俺がこの世界に飛ばされたのは不定期で開く次元のゲートに飲み込まれたからだ。本来、その次元の穴は一度開くとすぐに閉じてしまうものだが、魔王が魔界から侵攻する際に魔界とこの異世界を繋ぐ穴を強制的に拡大し、維持しやがった。

 それはまぁいいとして、問題なのはそのせいで地球と異世界を繋ぐ穴まで異常を見せるようになったことだ。

 具体的にいえば穴が広がり、閉じなくなった。話によればもう五、六年前から各国は地球の国々と秘密裏に接触していたらしい。俺が異世界に飛ばされた頃と重なるし、その前後に魔王は穴を拡大して悪魔の先兵を送り込んでいた。それらの情報から〝次元のゲート〟の変調は魔王によるものという説が有力となっている。

 つまり、俺は魔王のせいで人生をめちゃくちゃにされたといっても過言ではない。ま、そんなこといまさらどうでもいいと言えばいいんだが。


「もちろん、それは次元のゲートの異変によるもので、あなたも一度地球に戻って見てきたとおり、その影響で地球も大きく変化していますわ」


 たしかに俺は一度地球に帰っている。

 魔王討伐後すぐにエリスの計らいで両親に会いにいった。とはいえ、こっちとはまるで違う生活だったし、そもそも地球自体もかなり変化していたから少し滞在してこっちに戻ってきた。

 もう俺はこっち側の人間ということなんだろう。


「こっちから移動したモンスターや地球にも手を出そうとした悪魔の残党。それらへの対策でこっちの魔法に似た力を持つ魔術師が表に出てきたんだっけか?」

「はい、。魔法も魔術も魔力を用いて現象を起こすという点で一緒ですから、普通の攻撃が通らないモンスターや悪魔には有効な手段となります。そのため、魔術や魔術を利用した兵器が復旧するまで地球ではかなり苦戦を強いられたと聞いていますわ」

「そりゃあまぁそうだろうな。向こうじゃドラゴンやら悪魔やらはおとぎ話の中だけの存在だからな」

「おそらく、かつてはもっと次元の穴が頻繁に開いており、それでそちらの世界に行ってしまったモンスターが語り継がれているのでしょうね。問題なのは過去と比べても異常事態ということですわ」


 この世界はモンスターがいて当たり前。街には必ず結界が張ってあるし、モンスターを排除するために大勢の冒険者がいる。しかし、地球は違う。

 さらにどちらの世界でも人間が管理できているのは大きな次元の穴のみで、小さな穴は見つけ切れていない。そのため街中にモンスターが現れることすらあるそうだ。

 まぁそれは今ではかなり珍しいケースらしいが可能性はまだないとは言い切れていない。


「その話しぶりだと地球に行ったモンスターの駆除依頼か?」


 ケルディアからモンスター駆除のためそれなりの数の人材が地球に派遣されている。

 だが、それでも人手は足りていないそうだ。募集は常にあるが、別の世界に行くことに積極的な人間はあまりいない。

 その点俺は元々地球人だし、抵抗は少ないという判断なんだろうか。


「残念ながらそこまで単純なことではないのですわ。地球の日本、あなたの祖国は地球の中でも頻繁に次元のゲートが開いていた場所らしく、確認されているだけでも天災級のモンスターが三体も封印されていますわ」


 天災級。

 それはモンスターの最上位に位置するランクだ。文字通り天災に等しい存在だから討伐はほぼ不可能。過ぎ去るのを待ちましょうというレベルのモンスターだ。

 まぁ天災級でも討伐できないわけじゃない。それ以上の魔王も討伐はできたわけだし。

 しかし、討伐に支払われる犠牲を考えて大抵は封印という手段が取られる。

 昔の日本の魔術師たちもその手段を使ったらしい。しかし、三体か。一国家が抱える量としては異常だな。


「日本は魔力が流れる龍脈の上にあり、魔力に満ちた場所です。それに惹かれて多くのモンスターが足を踏み入れたのではないかと我が国では分析していますわ」

「まぁあの国は地球でもかなり特異な国だからな。べつにちょっと異常でも驚きはしないさ。ただ、今の話から察するに天災級のモンスターが関わってくるのか?」


 そんなヤバい話はごめんだ。

 そういうとエリスは悲し気に微笑む。その表情に罪悪感が刺激されるが、それは意図的に無視した。


「はい。それらを復活させようという動きがあります。封印を破るためには大量の魔力が必要であり、そのために多くの魔術師が攫われていますわ。私はあなたに次に狙われるであろう人の護衛を頼みたいのです」

「要人警護か……。たしかに俺向きの仕事ではあるが、やっぱりごめんだ」


 俺が首を横に振ると、そうですか、といってエリスが目を伏せた。

 その様子を見て女従者が怒りを露わにする。


「断るというのですか!? 姫殿下の頼みを!?」

「依頼を受けるも受けないも俺の自由だからな」

「姫殿下は多忙なのです! その方がこうして直接会いにきたのですよ!? 時間を作るためにどれほど姫殿下が苦労したかわかりませんか!?」


 まぁわからんでもない。

 さぞや苦労したんだろうな。

 けど。


「誠意は認めるが、それはそっちの都合だ。別に俺が頼んだわけじゃない。そっちが必要だから俺に会いに来て、俺の説得に失敗した。それだけの話だろ? 怒るのは筋違いだと思うがね」

「あなたはそれでもあのリーシャ・ブレイクの弟子なのですか!?」

「やめなさい!!」


 女従者の言葉をエリスが大きな声で遮る。

 しかし、それでも俺の耳にはしっかりと届いていた。

 反射的に右腰のホルスターにいれてある銃に手が伸びかけていた。エリスはそれに気づいていたんだろう。

 あのやめなさいという言葉は俺にも言っていたというわけだ。

 ふぅっと息を吐き、自分を落ち着ける。感情的になる必要はない。怒るほど無駄なことはないんだから。


「あんたの言う通り、俺はたしかに人助けが趣味な女、〝閃空の勇者〟リーシャ・ブレイクの弟子だったが、弟子が師に似るとは限らないってことだよ」

「トウマ様……」

「帰ってくれ。嘘をついて俺を利用しようと思えば利用できたのに、それをしなかったことは感謝してるし、尊敬もする。だけど素直に話してくれたからといって協力する気にはならない」


 そう言うと俺は話は終わりとばかりに立ち上がり、部屋のドアを開ける。

 早く出ていけと言う意味だ。

 その行動に女従者が眉を吊り上げた。


「白金の騎士はあなたならば必ず協力してくれるといって、全幅の信頼を寄せていました! あなたがいるならば安心と、姫殿下の護衛を離れるほどに!」

「……なに?」


 俺は聞き捨てならない言葉に反応する。

 白金の騎士は五英雄一の剣士だ。魔王討伐に参加した円卓の聖騎士のなかで唯一生き残り、今は団長を務めている。

 その男が護衛を離れた?

 ならば、この姫を護衛しているのはいったい誰だ?


「エリス……あいつ以外の護衛も来ているんだよな?」

「いえ……円卓の聖騎士団セント・ラウンズにも多くの任務がありますので……」


 つまり。

 この田舎町の中で二大強国の次期王の傍にいるのはこの女従者だけということだ。

 少しはやるようだが、聖騎士と比べたら物足りないどころじゃない。


「……あの野郎。俺が助けざるをえないようにわざと護衛を離れやがったな!?」


 瞬間。

 俺は宿屋に迫る複数の気配を感じた。

 どう考えても刺客だ。エリスを暗殺ないし捕えることを求める者は多い。

 だから必ず聖騎士が護衛につくはずだ。というか、今まではそうだった。

 それを意図的に外したのだ。敵が乗ってこないわけがない。


「くそっ! 逃げるぞ!」


 俺は咄嗟にエリスを抱え、女従者に指示を出す。

 滑るようにして部屋を出ると、複数の魔法が部屋の中に打ち込まれて部屋が爆散した。

 こうして俺は騎士にあるまじき手段を使われて、面倒事に首を突っ込まざるをえなくなったのだった。




■■■




 連なる建物の屋根。そこを道代わりにしつつ、俺はエリスを担ぎながら走る。


「馬車は!?」

「町の外に止めてあります!」


 走る俺になんとかついてきている女従者が答える。

 この様子じゃ戦力として期待するのは無駄か。

 追手は四人。エリスを狙うだけあってそれなりに腕利きのご様子だ。市街地ではできればやりあいたくない。

 しかし、そんな俺の切なる願いを無視して敵は容赦なく魔法をぶっ放し始めた。


「ちっ!」


 俺たちの方向に飛んできた火の魔法を俺は鞘で受け止める。

 すると魔法が霧散していった。その不可思議な現象に敵が困惑して魔法を撃つのをやめた。


「チャンス!」


 俺はエリスを左脇に抱え、女従者を右脇に抱える。

 そして足の裏に魔力を貯めて一気に爆発させる。その勢いを利用して俺は一気に町の外まで移動した。


「これは……縮地!?」

「わたくし、この移動法苦手ですわ……酔ってしまって……」

「文句言うな! 馬車はどこだ?」


 二人を下ろすと俺は馬車の姿を探す。

 エリスが乗るほどの馬車だ。絶対にただの馬車じゃない。魔法技術がふんだんに使われた馬車で、地球の車なんかよりも速いし乗り心地はいい。


「森の中です!」


 女従者の案内に従って近くの森に入ると二頭の白馬とそこに繋がれた馬車が見えた。

 おそらく馬は最上位品種で馬車のほうも色々と仕掛けがあるはずだ。

 待機していたもう一人の従者がこちらの様子を見て慌てて出発の準備を整える。


「早く乗って行け!」

「トウマ様は!?」

「簡単には逃がしてくれそうにないんでな」


 そう俺が言ったと同時に森の中に一人の剣士が現れた。長髪の男だ。しかし着ている服は女っぽい華やかな着物だし、顔に化粧もしている。女装しているオカマってことだ。俺が苦手なタイプだ。

 しかし、敵の中ではおそらく一番の使い手。俺の縮地に追い付いてきたのがなによりの証拠だ。

 こいつを放置すれば逃げきれない。


「驚いたわぁ。護衛がいないと思ったら会う相手が護衛だったなんて」

「ああ、俺も驚いたよ」


 そう言いながら俺は鞘に入ったままの刀を構える。


「あら? 抜かないの?」

「抜く相手を選ぶ主義でな」

「そう……後悔するわよ?」


 そう言って長髪の剣士は腰に差していた二本の小太刀を抜き放つ。

 小太刀二刀流。これまた俺の苦手なタイプだ。手数の多さで圧倒するスタイルは面倒極まりない。

 互いに俺たちは一歩も動かない。しかし、馬車が出発した瞬間、俺たちは瞬時に動き始めた。

 移動する馬車には普通に走っても追いつかない。だが、縮地を連続で使用すればその限りじゃない。


「円卓の聖騎士がいないと聞いてがっかりしていたのだけど、あなたはあなたで楽しませてくれそうね!!」

「めんどうな奴だ……」


 縮地は高度な移動法だ。それを連続で使用できるということは、冒険者でいえばAランク以上の使い手ということだ。

 馬車に並走しつつ、俺たちは攻撃を仕掛け合う。しかし、どちらも隙らしい隙がないから決着がつかない。

 これはダラダラ続けると馬車を攻撃されかねないか。

 俺は縮地をやめて馬車の上に乗る。そして左手で刀の鞘部分を持ち、右手でホルスターの銃を抜く。


「銃なんて野蛮ね」

「便利だぞ。特にお前みたいな相手にはな」


 そう言って俺は〝鞘〟から魔力を引き出し、〝銃〟へと送り込む。そして銃にイメージを送りながら引き金を引く。

 すると魔力の弾が発射される。それも一発ではなく複数に分かれた弾だ。

 その弾を長髪の剣士はいとも簡単に避ける。だが、地面に着弾したそのためは粘着質な物体となって長髪の剣士の足を絡めとった。


「嘘っ!? なにこれ!?」

「便利だって言っただろ?」


 言いながら俺は動きの止まった長髪の剣士に向かって弾を放った。

 今度は複数に分かれず真っすぐ長髪の剣士に向かう。そして着弾と同時に大爆発した。

 ま、あのレベルの剣士なら脱出はできただろうが、さすがに追ってはこれないだろうな。


「よっと」


 馬車のドアを開けて中に入ると、心配そうな顔をしているエリスがいた。

 軽く手を振りながら苦笑する。


「たぶんもう追手は大丈夫だ」

「お怪我は?」

「それも大丈夫だ」


 ふぅと息を吐いて椅子に腰かける。柔らかすぎず硬すぎない。絶妙な座り心地を堪能しながら俺はエリスに視線を向ける。


「一応聞くがこの後の予定は?」

「この後は次元のゲートを通って日本の大臣と会談の予定ですわ」


 やっぱりな。そういう流れだと思った。

 このままなし崩しに俺がエリスを護衛して、流れで依頼を受けるように仕向ける気なんだな。そもそもエリスを絶対護衛すると読まれているのが気にくわない。

 気にくわないが、エリスを見捨てるという選択は俺の中ではない。となると護衛が来るまではエリスの傍にいないといけない。

 つまり、俺はこのまま日本についていくことになる、ということだ。

 そして、日本にまで行ってしまったらばもう依頼を受けたほうがいい気がする。さすがにエリスの護衛だけおさらばでは無駄足すぎるし、お金も手に入らない。

 結局、あの優男の思惑どおりか。

 ため息を吐き、俺はエリスを見つめる。するとエリスも俺を見つめ返してきた。

 俺がどう行動するのか読めないゆえか、少しそのアメジストの瞳は不安で揺れている。

 何と言えばいいか迷い、髪をくしゃくしゃにしてから少し黙る。

 そしてまたため息を吐いて一言。


「……依頼を受ける」

「っ……はい!」


 嬉しそうに手を叩くエリスを見て、俺は三度ため息を吐く。

 こうして俺は二年間守り続けた厄介ごとに首を突っ込まないという主義を捨てる羽目になったのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ