3ー2
「えっと……用事は終わりで大丈夫かな?」
避けて通ればいいだけの話だが、念のために確認を取る。
そもそも、これで終わりにしてもらわないと片付けが終わった報告をしにいけない。というより、早く帰りたい。
しかし、この気持ちは通じることはなかった。
「なんか私だけが恥ずかしいことをした感じで終わってるような気がするから、もう少しだけ話さない?」
「え? マジで言ってる?」
「うん。大マジだけど……」
「話したいという気持ちはすごく分かるし、時間があるときはいいんだけど、片付け終わった報告しにいかなきゃいけないんだけど」
「あ……そっか……。そうだよねぇ……」
この一言はさすがに効いたらしく、顎に指を当てて、「うーん」と唸り始める。
どうやら簡単には逃がしてくれないらしい。
なんでこんなにも固執しようとしてくれるのか分からないため、俺は少しだけ疲れてきてしまう。なので、強行突破することにした。
「ともかく報告して来るから、今日はこのへんで」
「え⁉︎ いや、ちょっと待って!」
「待ってたら遅くなって、俺が中多先生に怒られかねないから勘弁してほしい」
「それもそうだけど……」
「今日話すことが出来たんだし、これからはもっと気軽に話せると思うよ。じゃあ、そういうことで」
「ちょ、ちょっと!」
その言葉をスルーして、彩綾の横を通り抜けて、そのままの教室を出る。
ただ、この流れで走るというのは逃げるということになるので、少しだけ早歩きになり、職員室へと向かう。
しかし、報告自体はすぐのため、職員室で資料整理をしている中多に終わったことを伝えると終わり、職員室を後にする。
だから、時間にして十分も掛からなかった。
もちろん、職員室から出る頃には彩綾が職員室の近くにいることを想定し、少しだけドキドキして職員室を出たのだが、近くに姿は見えない。
「さすがに諦めたか……」
内心ホッとしつつも、少しだけ残念な気持ちが襲ってきた。
あれだけ名残惜しそうにしていたのだから、そう思ってしまっても仕方ないのかもしれない。
「ともかく帰るか。このまま学校にいてもいいことはないような気がするし」
そして、教室へ向かって歩き出す。
歩いている最中に通路でのすれ違う生徒たち、廊下の窓から見える生徒たちが部活を頑張っている姿を見ると、自分にはない青春を味わっているんだなって思ってしまう。そこまでの関心はないものの、それでも少しだけ羨ましく思ってしまう。それはきっと今、襲ってきてる名残惜しさからの感情のせいだと思いたい。なぜなら、そう思ったとしても部活に入りたいとは思っていないからだ。
そんなことを思いながら、教室へ辿り着く。
部屋には誰もいないらしく、静かな感じがした。
基本的には部活と帰宅でもう帰っているのだろう。
そのせいでなおさら寂しさを感じてしまう。
「本当に今日は感傷的になりつつあるなー……。これは足立さんのせいだな」
教室のドアを静かに開けると、俺の動きは一瞬にして止まる。
誰もいないと思っていた教室の中には一人だけいた。
もちろん、それは先ほどまで話していた人ーー足立彩綾。
彩綾はなぜか俺の席に座っていた。
俺の席に座って、俺がいつも授業中に外を見るような感じで頬杖を付いて、ぼんやりと外を眺めている。
「な、何してるの?」
状況的に彩綾がなにをしたいのか理解出来なかった。
というより、資料室からの彩綾の行動の謎が飲み込めずにいた。
だからこそ、この言葉はその全部に対しての質問だった。
しかし、彩綾はこの現状の質問だと思っているらしく、返ってきたのはそれに対しての答え。
「橘くんが来るの待ってたんだよ」
「それは分かるけど……」
「橘くんは、この席でこんな景色見てたんだねー。私も四月、窓際だったから分かるけど、いい席だよね」
「まぁ、気分転換にはなるかな」
「うんうん。分かる分かる。だからと言って、話しかけてくれなかったのは寂しいかな」
「いや、だから……それはごめんって……」
先ほども行われた会話が出来始めたところで、ようやく身体の硬直が消え、自分の席に向かって歩き出す。
そんな俺の行動に対し、彩綾は動こうとせず、ニコニコとしていた。
席に近付くと俺は学生鞄とサブバックを手に取り、そのまま教室を出ようと振り返る。
キャラ的に真面目キャラに属しているらしいが、それは授業中やテストの時だけ。基本的には置き勉なんてものは当たり前だし、予習復習なんてものは基本していない。基本的にはみんなと同じレベルの態度をしている。
そんな俺の行動が彩綾にとっては的外れだったらしく、慌てて席を立つ。
「ちょ、ちょっと教科書とか置いたままだけどいいの⁉︎」
「え、あ……うん」
「家で勉強とかしないの⁉︎ 宿題とか!」
「それはもう鞄に詰めてあるけど。忘れないように。っていうか時間に余裕があるやつはまだする気がないし」
「……えっと……ごめんなさい。やりすぎました」
何を思ったのか彩綾は深々と頭を下げ、謝罪してきた。
その理由が分からない俺はきっと目を丸くしていただろう。
まず何に対して謝罪をしてきたのか、全く分からないから。
そして、謝り方が本気だったから。
だからこそ、なおさら反応に困ってしまう。
「謝られても……何に対して謝ってるの?」
「なんか意地悪なことばかりしてるなって。資料室とか……橘くんが座ってる席に座って、色々邪魔したのとか……」
「資料室のは確かに驚いたけど……さっきの教科書とかの流れは本当だから全然気にしなくていいんだけど……」
「ほ、本当なの? 置き勉とか」
「テストの時はさすがにちゃんとしてるけど、さすがに平時の時にそこまでしてたらしんどくない? ……その人の性格にもよるだろうけど、俺は無理だし……」
「……それならいいんだけど……それでもごめんなさい! 構って欲しくて本当にやりすぎました!」
「あ、うん。大丈夫だから顔あげよう? 俺、怒ってないんだし」
「そうだけどさ……」
彩綾の中では今までの行動が許せないらしく、あまり納得していないようだった。
しかし、そんな対応をされても俺も困ってしまう。
こうして俺たちの中でしばらく沈黙が流れた。