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2ー1

 入学式の日のことをここまで思い出せることは俺自身、少しだけびっくりしていた。

 思い出というよりも、昨日のことのように鮮明すぎたからだ。


「そもそも後悔してんのかな、俺は」


 頭をガシガシと掻く。

 しかし、あの時のことを考えると、当時の俺には間違いなく声をかける勇気なんてものはなかった。

 もし、あったとしても、きっと印象には残らないほどのアピールをして、それで終わってしまっていたような気がしてならない。

 それでも書き始めのページに自分の名前が載っていないことが、実はちょっとだけショックだったりもする。

 おもむろにベッドから降りると、日記帳を持ったままキッチンの方へ向かう。


「なぁ、紗夜。一つ確認したいことがあるんだけどいいか?」


 キッチンを覗くと、そこには手慣れた手付きで料理をこなしている紗夜の姿がある。

 実を言うと効率良く動けるようになったのは、ここ最近のこと。

 一年前までは見守るどころか一緒に料理をしないと不安しかなかったのだが、今では手伝う方が邪魔になってしまうのではないか、と思えるほど成長している。


「なに?」


 質問に対し、紗夜は振り返ることなく返答。


「あのさ、転校初日になんか俺のこと言ってた?」

「へ? 勇くんのこと?」

「うん。いや、転校初日っていうか始業式の日には話しかけなかったんだけど、何か言ってたかなって希望が欲しくなってな」

「……無理でしょ」


 紗夜は料理の手を止めると、冷たい視線を俺にぶつけてきた。

 そして、すぐに料理の作業に手に戻る。


「だよな。うん、知ってるけど……」

「そもそもお姉ちゃんのことだから、勇くんのことが気になってるなら、日記に書いてるんじゃない?」

「……それもそうだ」


 言われてみれば、その通りだった。

 初日の日記にも覚えている限りのクラスメートの名前を書いてあった。内容まではさすがに書かれてなかったけれど。

 そんなこまめな性格をしてる彩綾が書いてないはずがないのだ。

 少しだけがっくりしながら、俺は部屋に戻る。

 そして、今度はベッドのところに置いてあるスマホを回収し、付けていた暖房のスイッチを切り、リビングへと移動。

 こちらの部屋は紗夜の方が暖房をつけてくれたおかげなのか、まだ少し肌寒いものの、それなりに暖かくなっていた。

 だからこそ、ソファーに座り、再び日記帳に視線を落とす。

 そして、ゆっくりページをめくり、次の日付に目を通す。

 けれど、そこにも俺の名前が書かれてはいなかった。


「まぁ、当たり前なんだけどさ……」


 その時、キッチンの方から紗夜の声が聞こえてきた。


「そもそも勇くんがお姉ちゃんと初めて話したのはいつなの? たぶん、そこまで名前が書かれてないと思うんだけど」

「痛いところをつくよなぁ……」

「え、なに? 聞こえなーい」

「痛いところをつくよなぁって言ったんだよ」

「……なんか察した」

「察するな」

「話しかけられず、一ヶ月ぐらい経ってから話したの?」

「……」


 思わず沈黙してしまう。

 実を言うと、その日は日記を読まずとも思い出すことは容易だったからだ。

 俺が沈黙してしまったことに違和感を覚えたのか、紗夜がキッチンからリビングの方へ顔を出してくる。

 紗夜の目は呆れたものになっていた。

 同時に「早く答えて」と言わんばかりの無言の重圧(プレッシャー)がのしかかってくる。

 そんな紗夜から逃れることなんて出来ず、素直に答えることにした。


「七月だったと思うから、三ヶ月後かな」

「長いわッ!」

「そんなこと言われてもなぁ……」

「三ヶ月間も話さないとか普通ある⁉︎ クラスメートだよ⁉︎ しかも同じクラスだよ⁉︎ 普通、そんなことないでしょ!」

「タイミング的にはあったかもだけど、やっぱり彩綾は人気者だったからなー。だから、見つけられなかったのかもしれない」

「見つける気がなかったってのは?」

「……あったのかもしれない」

「まったく何をしてるんだか……とりあえず料理に戻るね」


 完全に呆れさせてしまったようで、紗夜は呆れた様子でキッチンへと戻って行く。

 その様子を見ながら、小さくため息を溢す。

 紗夜の言う通り、今頃になって気にするのであれば、早めに声をかけておけばよかったと思っているからだ。

 同時に俺は彩綾に話しかけた日を探すべく、ペラペラとページをめくっていく。

 めくっていく上で少しは気になるところを読んでいくと、やっぱり女性らしい書き込みなどを見かける。その内容に少しだけ嫉妬したり、少しだけ感心したりと思うところも多少あった。


「お、ここか……」


 ようやく俺と彩綾が始めてかいわしたページを見つける。

 そこは記憶通り、七月。

 ただ少しだけ意外だったのは、それが七月の終わりに近い時期だった。


「マジか……。ここまで俺たち話せなかったのかぁ……」


 あの時のことも思い出せるのだが、彩綾の気持ちが書いてある日記を読み合わせながら、あの時のことを思い出すことにした。

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