1ー3
「んー、なんとなくだけど……儚いのかな?」
清水さんが出したことはそれだった。
俺の中でその単語の意味は『儚い命』などのあっさりと消えていくようなイメージの言葉しか見当たらなかった。
しかし、速水の中では俺とは違う言葉の意味が思い浮かんだらしく、深いため息を溢す。
「なんだよ、それ。足立さんのなにがみすぼらしいんだよ。むしろ俺たちの方がみすぼらしい存在だろうがよ」
やれやれと言わんばかりに両手を顔の位置まで上げて、顔を軽く左右に振る。
理由を聞いておいて、そんな扱いをされた清水さんはあからさまに不機嫌そうな表情へと変わった。
「そういう意味じゃないし。『儚い命」とかの儚いという意味ね。なんとなく影があるような気がしたの。理由? そんなものはないけどね」
「……そうか?」
速水は再び彩綾の方を見る。
彩綾は女子たちと仲良く談笑しつつあった。
無事にクラスメートの一員と認められたような感じになり、その様子を見れた俺は内心ホッとしたような気分になれた。
「うん。分かんね。気のせいじゃねぇの? 橘はどう思う?」
「え? 俺に振るの?」
「当たり前だろ」
「んー……清水さんのを否定するわけじゃないけど、そんな風には見えないかな。けど、女子にも惹かれる魅力があるってことは、それだけの何かがあるような気はするけど……。だから、『現在』はになるかな?」
「上手いこと逃げやがったな」
「思ったことを言っただけさ」
少なくともそれが本音である以上、逃げだろうがなんだろうがどうしようもない。
そういうことにしておこう。
清水さんは俺たちのやりとりを見て、完全に呆れたらしく、蔑んだ目になっていた。
「とにかくもうすぐ休憩時間終わるんだから、中多先生が言ってたように入りたい委員会とか決めておいた方がいいんじゃない? 付き合いきれないから私は席に戻るけど」
それだけ言い残し、清水さんは俺たちから離れ、自分の席へと戻って行った。
俺と速水はその背中を見ながら、「やっちまった」というなんとも言えない罪悪感が生まれてしまっていた。
「あとで機嫌直ししとけよな。俺には無理だぞ」
「マジで?」
「幼馴染の速水がやったほうが色々と効果的だろ」
「そんなもん?」
「そんなもん」
「しゃーないか……。機嫌直しに使用した費用はあとで半分請求するぞ」
「……オッケー。それは素直に払う」
「なら、いいけどさ」
あからさまに面倒そうな表情を浮かべる速水。
頭の中では彩綾のことより、委員会のことより、清水さんの機嫌直しのプランニングを必死に考えているような感じだった。
そして、鳴るチャイム。
それは休憩時間が終わりを告げる音。
速水も、彩綾の近くに集まっていた男子も女子も自分の席へ戻り始めるのだった。