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彩綾に寄っていくクラスメートたちを見ながら、あの中の何人が自分と同じ衝撃を受けた人がいるのかと不意に考えてしまう。
もしかしたら、そんな人は自分だけかもしれない。
だったら、なおさらあのメンバーの中に混ざり、自己紹介なり、アピールをした方がいいのだろう。しかし、俺はーー。
「橘は行かないのか?」
俺の心を読み透かすようにそう言ってきたのはクラスメートであり、中学の一年の頃から仲良くしている速水辰馬が近寄ってきた。
「俺はいいかな……」
「そうなのか? 案外、気になってるぽいけど」
「転校生だからな。っていうか、あんな人の多さを見て、俺は行く気にもならないよ」
「それもそうだよな」
一瞬、心を読まれたような気がしたけれど、なんとか誤魔化すことが出来た俺は内心ホッとする。
しかし、気になっていることはバレてしまっているようなので、どのようにはぐらかそうかと考えていると、
「しかし、あれだな。足立さんのあの魅力っていうの? あれってなんなんだろうな……」
まるで同じ衝撃を受けたかのような独り言に近い質問をしてきた。
「え? どういうこと?」
「ん? 橘は感じなかった? なんか教室に入ってきた途端に引き込まれるような衝撃を」
「それはーー」
「そういう反応するってことはやっぱり感じたのか」
「……まぁ、ちょっとは……」
「っていうことは、あの質問攻めしてる中にも何人かは同じようなのを感じた奴がいると思ってもいいのかもなー」
「かもな」
速水は少しだけ残念そうに呟く。
チャンスがあったら狙って行くような雰囲気を出しているのだが、そこまで積極的になるような気はないらしい。
やっぱり同じ感じになるのか。
速水の気持ちには共感出来た俺は、なおさら無理に狙いにいくことを辞める方向に決めた。
なぜならば、俺より速水の方が積極的な行動出来る。そんな彼が諦める方向で行くのであれば、俺なんてなおさら行動出来ないし、彩綾の眼中に入らないような気がしたから。
「まぁ、難易度が高いからなー。ほら、見てみろよ」
「ん?」
「このクラスでイケメンの部類の入る奴、不良メンバーがこぞって行ってるんだぞ? 俺たちが入るスペースなんてものは今後なさそうだ」
「冷静に判断しすぎだって」
「じゃあ、そういう橘は?」
「……ちょっと様子を見て……」
眼鏡をクイッと上げ直し、そのメンバーをジッと見つめる。
あのメンバーを出し抜き、彩綾を手に入れる算段を考えるフリをした。
「無理っす」
見つけること三十秒程度で俺は白旗をあげる。
「ですよねー。俺たちでなんとか出来るなら、それより先に手を出している奴がいるわけさ」
「まるで恋愛の負け組みたいな言い方じゃん、それ」
「勝ち組になれる自信は?」
「……それ聞いちゃう?」
「当たり前だろ。今の俺は容赦しねぇぞ」
「八つ当たりですか?」
「地味にそれに近い」
「やめてくれよ」
「いいから答えろ」
「負け組です」
「素直でよろしい」
「悲しくなってきた」
そんなやりとりをしていると、彩綾で集まっている男子たちを追い払うように今度は女子たちが集まり始める。
さすがにあんだけ男子たちに質問攻めされている彩綾を見過ごすわけにはいかなかったのだろう。
「さてさて、あの女子たちの何人が嫉妬の闇に飲み込まれるのだか……」
なぜか不吉なことを言い始める速水。
普段から毒舌に近いクールを装っていることは分かっていたのだが、まさかこんなことを言い出すとおもっていなかったため、少しだけびっくりしてしまう。
その瞬間、速水の頭がペシッと軽く小突かれる。
「なに、バカなこと言ってんの?」
そう言ってきたのは、速水の幼馴染である清水麗花。
俺たちの会話をこっそり聞いていたのだろうか、呆れた視線を向けていた。
「痛いな。痛くなかったけど」
「なに、その矛盾」
「反射的に漏れた言葉だよ。本当は痛くないけど」
「痛くないように小突いたんだから当たり前でしょ」
「んで、何か用か?」
「くだらない話で盛り上がってたから、注意しにきただけ」
「くだらない? 俺たちは少なくとも真面目に話をしてたと思うんだけど」
「なぁ?」と言いたげにその話を俺に振ってくる。
どう考えてもくだらない話しかしてないという実感しか湧かないため、この話に巻き込まれないように顔を逸らす。
「ちょ、おま! 逃げんなよ」
「いや、だって巻き込まれたくないし」
「少しは助けろって!」
「やだよ。夫婦喧嘩は犬も食わないとも言うしな」
「そういう仲じゃねぇっての!」
完全に逃げの方向に向かっている俺に対して、速水は必死に助けを求めてきていたが、ここで気を許せば巻き込まれてしまうのは分かっているので、断固として乗る気はなかった。
というか、清水さんが速水に好意を抱いていることを知っているため、これ以上この話題を持ち出すのはまずいと思っただけである。
ちなみにその好意をもっているというのは俺の勝手な憶測であり、本人から聞いたわけではない。けれど、そう思うだけの行動を今まで見てきたから、そういう確信があるだけ。
「女子たちの嫉妬はともかくとして、男子たちが惹かれるだけの何かを持っているのは間違いないと思うなー」
不意に清水さんがこの話題を逸らすかのように、今まで話していた話題に戻す。
女子でもそう思うものがあるのか……。
この感情は男子だけと思っていた俺にとって、それはちょっとした驚きだった。
それに対しては速水も同じだったらしく、同じように驚いた表情になっていた。
「麗花も分かるか。って、その理由分かるか?」
「理由?」
「俺たちは分かんなくても、女子同士なら分かり合えるものがあるだろ?」
「話したこともないのに、なんで分かると思ってるの? バカなの?」
蔑んだ目で速水を見つめる清水さん。
しかし、速水は期待の目で見つめていた。
そこで俺へと視線を向けてくる。
「橘くんも気になる?」
口には出さないけれど、内容はそんな感じの視線だった。
だからこそ、迷わず俺は頷く。
「まったくこれだから男子は……」
そんなことを言いながら、清水さんは今度は女子たちに質問攻めされている彩綾を観察し始める。