1ー1
俺と彩綾が出会ったのは高校三年の新学期の始業式の日。
彩綾は転校生として、この学校にやってきた。
普段なら転校生としての話が盛り上がっているはずだったけれど、その日は始業式だったってこともあり、情報が噂として、あまり出回ってなかったと思う。
でも、結局のところは噂として出回ろうが、確かな情報として出回ろうが、俺にとってどっちでも良かった。
なぜなら、クラスメートとして過ごすことには変わりないからだ。
その転校生が男子だろうが、女子だろうが、それなりに仲良くなって、それなりに同じ時間を共有して、それで受験を迎え、卒業する。
たったそれだけのことだから。
自分の人生にかなりの影響を及ぼすなんて、当時は全然思ってもいなかったのだから、こんな考えを抱いてもしょうがないと思う。
「お前らの耳にも入ってきてると思うが、このクラスに新しい仲間が増えることになった。そういうわけでその子を呼んでくるから、お前ら大人しく待ってろよ」
今年から担任になった生活指導兼保健体育の先生である中多がそれだけ言い残し、教室から出て行く。
もちろん、そんなことでクラスが大人しく待っているわけもなく、自然とざわざわと騒ぎ始める。
「やっぱり噂は本当だったか!」
「噂だと女子なんだっけ?」
「女子かー……。美人か? それとも綺麗なのか? どっちにしろ彼女に出来るタイプだったら、彼女にしたいな」
「上から目線で女性を見る男子、キモいよねー」
「だよねー。ていうか、自分の顔を見てから言えって感じ」
「あ? なんか言ったか、ブサイク」
「は? ケンカ売ってる?」
そんなどうでもいい口喧嘩が起き始める。
俺は頭を抱えて、小さくため息を溢す。
なんでこんな素行があまり良くない同級生がいるクラスに入れられてしまったのか。
なんで今年受験だというのに、こんなにも能天気でいられるのか。
なにも考えずに、転校生の件で盛り上がっていられるクラスメートが信じられなかった。
「お前ら、『大人しく待ってろ』って言っただろ! 教室を出て行って、すぐに誰が外に聞こえるぐらい騒げと言った⁉︎」
そんなことを考えていると、教室の扉がガラッと勢い良く開き、中多の怒号が同時に入ってくる。
瞬間、教室のざわざわは一瞬にして収まる。
その代わり、クラスメートから転校生への期待に満ちた雰囲気が爆発寸前まで一気に高まったような気がした。
「ったく、お前らは。先が思いやられる」
そんな呆れた声を発してから、自らの身体で塞いでいた入り口を、身体を動かすことで入り口を開放する。
「紹介前に注意をする羽目になってすまないな。こういうクラスだっていうことを念頭に入れて、これからは一緒に過ごしてもらうことになる」
「賑やかなクラスだということが分かったので大丈夫です。これだったら私も一年間楽しく過ごせそうです」
「それならいいんだけどな。とにかく中に入って、自己紹介をしてくれ」
外でそんな会話をした後、彩綾は教室の中に入ってくる。
彩綾の姿を見た瞬間、俺の身体にゾクっとした電気が走ったのは今でも覚えている。
なんでそんな電気が走ったのか、それは未だに原因は分からない。
けれど、本能的に彩綾のことを『運命の人』と認識してしまったのだ。
それはクラスの男子の何人かも、同じような感覚に陥ったらしく、期待の雰囲気の中に氷漬けにされたような冷たい雰囲気が混ざっていた。
しかし、そんな状況を彩綾は気にしていないらしく、普通に教壇のところまで移動し、黒板に自分の名前を書く。
「『足立彩綾』と言います。短いのか長いのか分からない一年間なんですが、仲良くしてください。よろしくお願いします」
そう言って、彩綾はペコリと頭を下げた。
その自己紹介が終わると、クラスメートから拍手の嵐が巻き起こる。
当たり前のように感じる一連の流れなのだが、過去に経験の中で一番の迎えの拍手が起こったような気がした。
さすがにこうやって迎えられる状況は、彩綾からしても恥ずかしいらしく、顔を上げた時には下げる前とは違い、頬が紅潮していた。
「じゃあ、足立さんの席はそこな。名前順で座らせるようになってるから、一番前になってしまったが……」
「気にしないでください。だいたいこういう感じなのはいつも通りですから」
「それもそうか」
名字のせいでそうなってしまうことは必然かのように彩綾は困ったように笑い、中多に指示された左の窓際の一番前に大人しく座る。
そこで何人かの男子がチラチラと視線を送り始めるのを俺は見逃すことはなかった。
つまり、休憩時間が始まった途端に自己紹介争奪戦が起こり始めることは目に見えるようだった。
「男子ども! さっきから変な目で見てる奴がいるが迷惑かけるなよ。女子たちはそんな足立さんを守ってあげてくれ。くれぐれもイジメなど起こさないように!」
なにを思ったのか、中多はそんなことを言い始める。
まるで先の面倒を先に潰しておくような言い方だった。
俺からすれば、それはその面倒なことの助長するような発言にしか思えなかったが、そこから先は彩綾の立ち回りによるので、なんとも言えない感情を覚えた。
「「はーい」」
中多の注意に真偽はともかく元気に返事をするクラスメート。
「これでHRは終わり。次はいろいろ決めるから、自分がなんの委員会にはいりたいか考えておくように」
それだけ言い残し、中多は教室から出て行く。
それが皮切りにクラスメートたちは彩綾の元へ何人かが駆け寄り始める。