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3ー1

 その日の夜。


「ふぅ……疲れたな。本当に疲れたな……」


 お風呂から出た後、髪を乾かし、ようやくゆっくり出来る状態になった俺は今日一日のことを思い出し、そう呟く。

 彩綾とイチャイチャ出来るとは最初から思っていない。

 というかするつもりはない。

 それは付き合ってからが当たり前と思っているからだ。

 だから、当初より一緒に勉強出来る時点で俺からすればラッキーなことなのだ。

 からかわれるのは限度はあるけれど……。

 そんな時だった。

 ポコンとLINEの着信音が鳴る。


「……まさかな……」


 この空気を読んだタイミングで鳴らすなんて彩綾しか思いつかない。

 なんで彼女の名前をここで思い付いたのか分からないけれど、そんな気がしてしまったのだ。

 俺はドキドキしながら、スマホの電源をオンにする。

 そこには彩綾の名前が表示されてあった。


「やっぱりか……。俺の予想は正解だったか……」


 それが正解したことが嬉しいような、面倒くさいような……。

 なんとなく複雑な気持ちになってしまった。

 しかし、ちゃんと返事をしないといけないと思い、LINEを開く。

 一言目は意外なものだった。


『電話かけてもいい?』


「…………」


 時すでに遅し。

 既読はすでに付いてしまっている。

 きっとこのことに気付くのは時間の問題だろう。

 お風呂に入っていた。

 そんな言い訳が通じるかも微妙すぎる。

 いったいどうするか?

 そう考えた時に思いつくのは一つだけだった。


「返事するしかないよなぁ」


 本来はここで断ればいいのだろう。

 それがきっと正解なのだろう。

 しかし、俺はそれが出来なかった。

 なぜなら、彩綾との距離を少しでも近づけたい。

 そう思ってしまったから。

 だから返事は「いいよ」という三文字。

 瞬間、既読が付く。


「おいおい」


 まさか彩綾がLINEをずっと見ていると思っていなかったため、ちょっとだけびっくりしてしまう。

 けれど、彩綾なんてそんなことは関係ないのだろう。

 すぐに通話が掛かってきた。


『もしもし、夜遅くにごめんね』

「ううん、大丈夫だよ。いったいどした?」

『今日のこと謝らろうかなって思ってさ』

「今日のこと?」


 どのことなのか一切見当が付かない。

 疲れはしたものの、良い思い出になったことは間違いなかったから。


『えっと、朝からいきなりデートのお誘いしてごめんね。速水くんが言うようにもう少し計画を立ててやった方がよかったかなって思ってさ』

「あいつの言い分なんて考えなくていいと思うけど……」

『それでも計画さえ立てておいたら、速水くんとかの邪魔は入らなかったかなって思ってさ』

「そういう意味で言うとね。でも俺からすれば、ああいう状態で勉強するのも楽しかったからいいと思うよ。騒がしくなりすぎて、周りの少し気になった時あったけど」

『うん、あったね。やっぱり人揃うと騒いじゃうよね』

「主に速水なんだけど」


 学校から出された宿題が分からず、最終的に錯乱したかのように頭から煙を出し始めた速水がちょっと騒ぎ始めるという事件があったというだけの話。

 もちろん、すぐに清水さんがそのフォローをしてくれたため、そこまで大騒ぎになることはなかった。

 が、それでもそのことで視線が気になったのは場所的な意味合いが強い。


「ともかくだよ、今日のことは気にしなくていいよ。俺も楽しかったからさ。それに足立さんに誘われたことが嬉しかったっていうのは本当だし。またいつか遊ぼうよ」

『そう言ってもらえると助かる! 今度は図書館じゃない場所がいいよね』

「別に図書館で勉強するのもありだけどね」

『今度はれっきとしたデートをしようね!』


 ゴリ押しに近い言い方で彩綾は言い切る。

 再び朝味わった重圧(プレッシャー)がのし掛かってきたような気がした。


「そうだね、デートしよう。俺にそのプランを考えられる素質があるかどうか分からないけど……」

『期待しても大丈夫? 思いっきり期待したいんだけど』

「……その期待に答えられるかといいなぁ……」

『願望に満ちてるね』

「うん、願望になるよね。金銭面とか色々と考えると……」

『リアリティに溢れて、ロマンチストもくせもないね。そういうところはせめてロマンチストっぽくいかない?』

「……実は俺、リアリストなのかもしれない」

『女子はロマンチストの方が好きだよ』

「う、うん。これからロマンチストになるよ」


 なぜだか意味の分からない説教をされてしまい、俺は動揺を隠せずにいた。

 そして、そのままの流れで俺はこれからロマンチストになることをほんの少しだけ決意した。

 たぶん無理だけど。


『それとね、後一つ思ったことがあるんだけどいいかな?』

「思ったこと?」

『思ったことっていうか……お願いなんだけど、聞いてくれるかな?』

『あ、うん……内容次第になるんだけど……」


 彩綾の声色からして緊張しているような気がした。

 何を頼まれるのだろう。

 女子からこんな風に頼まれることなんてなかったため、自ずと脈がどんどん早くなっていくのが分かった。

 しかも、彩綾の方も無駄に貯めてくるので、なおさら早くなっていく。


『えっとね……、私のことなんだけど、『彩綾』って呼んでくれる? やっぱり名字だとなんとなく固い気がするから』

「……え? …………え?」


 とんだ内容で俺の時間は一時的に停止した。

 何回目になる停止だよ。

 そんなツッコミが出来るほど、俺の思考は多少なりとも動いていた。

 けれど、彩綾のことを名前で呼ぶことに対しての抵抗は拭えない。

 そもそも、ここまで積極的にしてくるということに何か裏があるんじゃないかと思い始めてしまう。

 だからこそ、急に彩綾のことが怖くなってきてしまった。

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