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彼女が教えてくれたこと  作者: 吉田灯冶
プロローグ
1/30

プロローグ1

 耳にある音が微かにだが聞こえてきた。

 着信音?

 そう認識するには十分すぎるほど、慣れ親しんだ音だった。

 出なきゃいけない。

 でも眠いから出たくない。

 そんな気持ちの中、携帯の着信音が鳴り止むことを心の中で望むも、結局は出なきゃいけないという使命感にかられ、ようやく手を伸ばす。

 その時だった。


「うるさい…」


 眠いためか不機嫌そうな声で紗夜(さや)が呟く。


「あ、ごめん。起こしたな」


 紗夜の一言で完全に眠気が吹っ飛んだ俺は布団からゆっくり出てながら、スマホを取る。そして、近くに置いてある上着を羽織るとそのままストーブのスイッチを押す。

 そこまで来るとさすがの着信音を止まっており、改めて着信をしてきた人物を確認すると、そこには『紗夜のお母さん』と表示されていた。


「え、なんだろ? てか、寒い」


 完全に寝起きの声に加え、寒さで軽く呂律が回らないと分かりつつも俺はその電話をかける。

 コールが三回も鳴らないうちに紗夜のお母さんと繋がり、少し前に話した時と同じような優しい声が耳に入ってきた。


「おはようございます。朝早くから電話すみません」

「おはようございます。それは大丈夫なんですが、何かありましたか?」

「紗夜のことなんですけど……」

「紗夜……のこと?」


 チラッと未だにベッドで寝ている紗夜の様子を伺う。

 紗夜はまだ完全覚醒には程遠いらしく、起き上がる様子はない。むしろ、そのまま二度寝に持ち込もうと覚醒に抗っているような状態だった。


「昨日、話聞きました?」

「話? 昨日?」

「同棲するって話なんですけど」

「あー……確かにそれは聞いた気が……でもなんか歯切れが悪かったような……」

「そうですか……。そんなに深くは話してはないみたいですね」

「……なにか問題があったわけですね」


 小さくため息をこぼす。

 よほど室温が下がっているのか、息を吐いた瞬間、息が白く染まる。

 そんなに寒いのかよ。

 そのせいなのか、頭の回転がなんとなく早くなるような気がした。

 だからこそ、ある一つの答えが導き出された。


「もしかして紗夜のことだから、無理矢理飛び出して来たとかそういう感じですか?」

「その通りなんですよ……」


 ものすごく申し訳ない感じのため息が電話越しから聞こえて来た。

 同時に頭の中でもその時の様子がフラッシュバックされたかのように鮮明に映される。


「えーと……説得しましょうか? いや、しないとダメですね……」


 一人暮らしの男の家に異性の女性を連れ込む。

 しかも、親の許可なしに同棲しようと無理矢理飛び出してくる。

 そんな状況で説得する以外の選択肢なんて思い浮かぶはずがなかったのだが、それでもなんとなく訪ねてみることにした。

 本心ではそんな面倒なことをしたくない、と思っていたのかもしれない。こういうことは基本的に当人同士がちゃんと話し合って、解決するのが一番でもあるからだ。

 しかし、母親の返答は俺の予想を覆すものだった。


「お父さんと話し合ったんですけど、勇一(ゆういち)さんとの同棲を認めてあげようと思うんです。もちろん、勇一さんがよろしければ……のお話になるんですけど」

「……え?」

「いきなりの話になって申し訳ありません。今すぐ決めて欲しいってわけではないですので……」

「いや……えっと……」


 思考停止するには十分すぎた。

 いったいどうやったら、紗夜の両親の中でそういう結論に至ったのか全く理解出来なかった。

 それでも唯一分かっていることは、今後の展開は俺の選択によって決められるということ。

 なんとなく紗夜の方を見てみる。

 さすがに目を覚ましたらしく、俺の方をジッと見ていた。

 電話相手が誰で、内容もまた把握しているらしく、俺の返答を期待した目で見つめている。

 なんでこんなことになったんだろ……。

 逃げ場のない状況で俺の返答は決まってるようなものだった。

 深呼吸とため息の両方を含めた息を小さく吐く。


「その件に関しては了承させてもらうってことで大丈夫ですか?」

「本当ですか⁉︎ それは紗夜からの脅しとかではないですよね?」

「はい、それは大丈夫です。ただ一つだけ約束させてもらってもいいですか?」

「なんでしょうか?」

「もし、何かあって紗夜……さんが家に帰ることになったら、素直に受け入れてもらえますか? 逃げ場を失くすっていう状況は僕も望んでいないので」

「それはもちろんです!」

「それでは同棲の話は成立ということで」

「すみません。朝早くからこんな話を……」

「いえ、気にしないでください。じゃあ、そういうことでこれからもよろしくお願いします」


 それだけ言って、電話を切る。

 なんでことになってしまったのか分からなかったのだが、とにかく身体がすっかり冷え切っている俺は上着を脱ぐと、紗夜が占領しているベッドの中に再び入る。

 こんな状況を作った紗夜に仕返しをするためにワザと大袈裟に布団を広げて。

 普段ならば、そんな風にしたら紗夜は当たり前のように怒るはずなのだが、今日は怒ることはなかった。それどころか、頬の緩みを我慢出来ないらしく、ニヤついていた。


「すっごい身体冷えてるね。私が温めてあげる」


 そう言って、紗夜が俺に抱きついてくる。

 けれど、抱きつき方が俺の胸に自分の顔を埋めるという抱きつき方のため、どっちが温める立場なのか定かではない。

 少しの照れと冷え切った身体の恨みを晴らすため、思わず俺は皮肉めいた返事を返すことにした。


「誰のせいだと思ってるんだよ」

「私のせいでーす」

「そうだな。まったくもってその通りだよ」

「あ、そんな言い方しちゃう? じゃあ、私のせいじゃない」

「は?」

「私を誘惑した(ゆう)くんがいけないんだよ」

「……マジかよ」


 誘惑した覚えどころか、逆に付き合うように押し切られた側としては納得いかない返答だった。

 それに対して不満を漏らそうとも思ったのだが、これ以上続けてると紗夜の機嫌が悪くなりかねないため、諦めることにした。


「そうだな。俺のせいだったな」

「そうだそうだ。責任を取りなさい」

「責任ねぇ……。どんな責任?」

「一生面倒を見る」

「……スヤァ……」


 今後の左右を先程決断させられたばかりなのに、これまた先の見えない未来に向けての発言から逃げるために寝たふりをすることにした。

 その行動に対し、「むぅ……」と不満の声をあげる紗夜だったが、行動で不満を伝えることはなく、俺の胸の中で大人しくしていた。

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