思い人にはアネモネの花を贈ろう
ここはザオウの村から山奥の方へ、木々を抜けて先に連なる長い段差を超えた先にある立派な石造りで作られた古代の屋敷がある。村を一望できるその場所で空を見つめている少女と。少し離れた所で不思議そうに少女を見つめる狐族の女性。サリーの姿があった。
「ユイ? 今日は何方に行かれるのですか?」
狐耳の生えた淡麗で美しい女性が声をかけるのは、まだ少女の面影を十分に残しながら、だけど優雅な魅力が溢れる金色の髪をなびかせた少女であった。
「あっ、サリー おはようちゃん。今日はね、朝早くからノムラの花畑に行ってアネモネの花を摘んでくるんだ」
「アネモネの花を…… それはまた珍しいですね。 でも、どうしてですか?特に祭事やお祝い事がある訳でもないようですけど」
「うん、だってもうすぐヒロちゃんが来るでしょ、その時にいっぱいのアネモネの花を贈るの、ユイの思いを込めてね」
「ヒロ様が? どういう事ですかユイ? ユイにはヒロ様が来る事が分かるのですか?」
これにはサリーも驚愕の表情を見せた。長い間連絡も取れず、消息が不明だった彼女の弟子を、ユイシスはさも当然の様にもうすぐ来る等と言えば普通の人なら驚きもしよう。
「うん、ユイには分かるんだ。ほら、これを見て!」
ユイシスの指で仄かに淡く黄色く輝くのはヒロと共にオラクルでシルクから貰った邂逅の指輪。ユイシスにとってはヒロとの大事な思い出が詰まっていて。彼女は離れ離れになった寂しさをその指輪を見つめながら耐えて来ていた。
「これは、確か昔ヒロ様とオラクルで貰ったという邂逅の指輪ですね、ユイ、その指輪、少し光っていませんか?」
「うんっ! この指輪が反応したって事は、もうすぐヒロちゃんがやってくるって事でしょ! だから、ユイすっごい楽しみなんだ」
邂逅の指輪は互いに惹かれあう性質を持っている。この指輪が輝きを放つ時、それは指輪同士が惹かれあい。再び再会するように導く役目を持っていた。
「そうでしたか、それは私も楽しみです。転移されてから随分と長い月日が経過しましたわね。あの頃と比べて、ユイも大分成長しましたね。」
肩までしかなかった彼女の金色の髪は、もう腰丈にまで伸びていて。太陽の光りに照らされて美しくなびいている。
「うん、本当に長い事待った、でももうすぐ会える…… あぁ、ユイは今凄く喜びを感じている。サリーはどう? ヒロちゃんに会えるの楽しみ?」
「えぇ、私も楽しみですよ」
ユイシスも心の底からの笑顔を作る。それはこの少女が彼にたいして凄く大切に想っている証でもあるだろう。
「うん、だから再会の祝いとして。いっぱいのアネモネの花を摘んで、ヒロちゃんに渡すんだ」
「それで、アネモネの花ですか…… そうですね、ユイからヒロ様に送るには最適の花でしょう。
貴女のその想いは出会ったときからずっと変わりませんね」
真っ直ぐに見つめる深海の様に輝く青い瞳には、既に彼の姿が見えているのだろう。仄かに頬を赤く染めたその姿は恋をする少女の姿だった。ユイシスの中で、長年募った想い。それをヒロが知る術はないが、彼が少女の事を想いながら旅を続けていたように、少女もまた彼の事を想い続けていた。
「うん、やっぱりね、大好きだって気持ちはずっと変わらないと思うから、きっとヒロちゃんもその想いでここまで来てくれると思うんだよ」
ユイシスが胸に手を添える。彼と共に過ごしていたあの頃から何も変わらない。真っ直ぐな思いを持っていた。
「はい、私も、ユイも、また皆で過ごせる日を願って、待ち望んでいた事ですから」
サリーも同じ想いを持っていることに、ユイシスは嬉しくなっていた。彼女も。またユイシスやヒロにとって大事な家族で、大切な人なのだから。
「それでは、行ってらっしゃいませ。ですが気を付けてくださいよ、安全とはいえ、魔物が出ないとも限りませんから」
「大丈夫だよ、今のユイなら平気! サリーもそう思うでしょ」
振り返りながら言うユイシスの顔には自信が充ち溢れていた。長い年月をサリーと共に過ごし。ユイシスの魔法力は格段に成長し、サリーをも凌ぐ程の力を手に入れいてた。今の彼女が放つ魔法は既に聖級をも凌ぐ程とサリーは後に語っていた。
「そうでしたね、ユイはこの数年の間、本当に頑張ってきましたもんね。今ではエーサの秘術も全て覚えてしまったユイなら大丈夫でしょう」
「そうゆうこと、まぁ、エーサ様にはまだ及ばないけどね。あの人は本当に別格だからさ。ユイが追いつくにはまだまだ時間がかかっちゃうよ」
サリーは思っていた。狐族の長であるエーサは確かに凄い、秘術を駆使し、魔法力もサリーとでは比較にならない。あの人に対抗できるのは双子であり実の姉であるコーシュ様だけだと…… しかし、ユイシスの才能はその二人にも劣らないと、ずっと横で見てきたサリーは思うのであった。彼女に足りないのはただ経験と時間だけであると。
「じゃ、行ってきまーす」
ユイシスの体を、薄い緑の光が包んでいく。そして、彼女の体は空を舞い、瞬く間に消えていった。
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「やってしまった……」
心地よい眠りにふと冷たい風を受けて体を奮わせながら目を覚ました俺は。先日起きた状況を確認する。隣には幸せそうにスヤスヤと眠るシトラスの姿。彼女の栗色の髪をやさしく掻き揚げる。ふにゃりとさせながら 気持ちよさそうに眠る彼女の顔を覗く
完全に理性を奪われた。 俺はなんて事をしてしまったんだ……、
彼女とそういう事をしたいとは常々思っていた。シトラスは魅力的な女性だ。豊満ではないが目を奪われる双丘が立派に主張している。シトラスを愛してるし互いにそうなるのは時間の問題であった。だが、俺自身前世でそういう事に縁がなかったものだから、しかし、彼女の裸体を目にした瞬間、今までにない興奮の高まりを覚えた。それは俺の理性を瞬く間に破壊し、妖艶な彼女の体の魅力を
ジオル・グラモールをなんとかギリギリの所で倒したシトラスであったが。その後に何か様子が可笑しくなるぐらいに興奮状態にあった。頬は上気し眼は虚ろ気に息は荒く挑発的な笑みを浮かべた彼女に魅了された俺はたまらず彼女に抱き着き口づけをした。幸福感と彼女の柔らかさに俺は止まることが出来ずに最後までしてしまったのだ。
隣で寝るシトラスが寝返りを打つ。薄い毛布がはだけ、一糸まとわぬ姿を曝け出していた。先日の事を鮮明に思い出した俺はまたも理性を失いつつあろうとしている。 彼女の柔肌に触れる。我慢できない……
「うーん、ヒロ? どうしたの?」
ギクッと体が硬直する。手を伸ばしてシトラスの柔肌に触れていた手前。何でもないよと誤魔化すには既に遅すぎる事を即座に理解する。
「シトラス。その、これは違うんだ……」
「そぅ、ヒロは、昨日あれだけしたのにまだ足りなかったのね…… あまつさえ私の寝込みを襲うとするなんて、良い度胸してるじゃない。 ふふっ、何その蛇に睨まれた蛙のような表情は? そんなに怯えていても貴方のソレはもうはちきれそうじゃないの。 良いわ。貴方の度胸に免じてこってりと遊んであげるわね」
「は、はは…… お手柔らかにお願いします」
その朝。火がついたシトラスに性を絞りつくされた……
「さぁ、行くわよ。ザオウまで後少しなんでしょ。時間を無駄にしてる訳には行かないわ」
「そうですね……」
既に満身創痍の俺と。何故だか生き生きとしているシトラス…… 目的地のザオウまでの道のりは後少し。何事もなく順調に行く筈だった。
問題が起きたのは歩き出してそれなりに時間が経った時だった。何時もは翔るように歩いているシトラスの足取りが予想以上に遅かったのに気づいた。顔を見るとひどく辛そうな顔をしていた。何かでケガを負った訳ではない。
「ハァ、ハァ、」
「シトラス? 少し休憩するか?」
「もうヘバったの? ザオウまでもう少しなんでしょ? こんな所で休んでる暇はない。それは貴方が一番わかってるでしょう」
「あぁ、 そうだけど」
「だったら、行くわよ。日が落ちる前には着くんだからね」
(朝はあんなに元気だったのに……)
体力的には俺よりも数倍はあろう彼女の足取りがやけに重い、最初は少し咳き込む程度で本人も気にしないでと言っていたが。今は疲労の色を隠す事もなく見えている。
「シトラス、大丈夫か?」
「ゼェ… ハァ… だ、大丈夫に、決まってるじゃない… 私を… だれだと思ってるのよ」
強がっているがまったく大丈夫そうには見えない、顔色はさらに悪くなり、汗が止めどなく溢れている。何時もは意地をはって助けを求めない彼女も、体重をこちらに預けて少しでも楽な体制で歩こうとしている。
「もう少しだ、山を下って来たからもう少しでザオウに着く。そうしたら医師を呼んで診て貰おう」
凸凹した山道とは違い、人によって整備された道に沿って歩いているから。目的地はもうすぐ見える筈だ。
「……」
彼女は言葉を発さず、軽く首を縦に振るのみだった、それだけでも刻一刻と彼女の様態が悪化しているのが分かる。既に限界に近いシトラスを気にしながら、ゆっくりと歩き続ける。数刻の時を歩いていると木々に隠れるように存在する小さな村を見つけた。
村の内部は小さな木造で作られた家々が並んでいる。村から離れて立つ大きな建物はまるで神殿のようだった。
だがそれに見惚れている場合ではない。とにかくシトラスの事を休ませてやらないと。そう思った時。小さな声で呼びかけられた。
「あの、すいませんそこの方。旅人ですよね? 珍しい、ザオウへようこそ……」
出迎えてくれたのはシトラスよりも小さい少女だった。特徴的なのは全身に覆われた赤毛と背中を覆うように生えそろう三つの尻尾。頭の方にはサリーと同じふさふさとした耳が生えていて。俺は彼女が狐族だと察した。彼女は俺達の様子を見て、隣にいるシトラスを見てただごとではないと悟ったようだった
「少し良いですか……」
そういうと少女はシトラスの体に触れて何かを探るようにしていた。やがて、何かを察したのか
「あの、一体何を?」
「申し訳ありませんでした。 私はアスピル、この村で医師をしている者です。お連れの方がひどく顔色が優れていなかったので少し見させてもらいました」
「医師ですか!? それはありがたい…… 自分はヒロ・トリスターナ。彼女はシトラス エスモ山からここに来る途中、彼女の体調が急に悪くなってしまいました。幸いにもこの村の近くの事で気づいたものですので急いで来たもので…… あの、所で彼女の様態は大丈夫なんでしょうか?」
「そうですね、その話をするためにも。私の家へ一度来てもらえないでしょうか? そこでシトラスさんの様態をお話します」
「分かりました」
こうして俺達はザオウについた。だがシトラスは病に伏せた。そこで出会った少女であり医師のアスピル。シトラスの様態はどうなのか? すぐ治るものなのか…… 俺は不安と、少しの希望を持ってアスピルについて行くのであった




