死闘ガイウス
それが、俺がここに来るまでにシトラスに聞かされた彼女の父。ユウラシアフリルドの話だった。
依頼書を見たその日。シトラスはその仕事を受けた。その時の彼女の表情は鬼気迫る物があった。俺は彼女の意思に従った。
シトラスの親は剣王、彼女は最強であった父に追いつくために。剣の道を志した。
なるほど、彼女の強さの理由を知れた気がする。いや、それだけではない。これまでの彼女の努力。ひたむきさ、そして真っ直ぐな思い。俺は横でずっと見て来たから分かる。彼女の強さは、ただ才能があったからではない。絶え間ない日々の努力により培われてきた物なのだと。俺は彼女に再び尊敬の念を抱いていた。
「シトラス。ここが」
「えぇ、ここが。お父様の…… そして、あそこにあるのがそうよ」
木々は無く、中心には巨大なクレーターが出来ている。当時は緑豊かなその場所は、今は辺り一面荒れ地と化している。中心に立つ黒い剣は、巨大な大岩に深々と突き刺さっている。何人たりともその剣を抜くことは出来ない。
その傍らに立つは、猛者と呼ぶに相応しい一人の剣士。錆の入った数多の攻撃を受けてきた鎧に身を包み。ボサボサの黒い髪が無造作にはためく。その手に持つ剣は、地獄よりもらい受けた禍々しさを放っている。
「ヒロ。分かってるわね」
「あぁ、俺は手出しをしない。だけど、危険になったらその時は」
「大丈夫よ、私を誰だと思ってるの」
「そうだったな。君はシトラスだったね」
そして、俺達は剣士と向き合う。
「なんだ貴様らは。俺が呼んだのはユウラシアだぞ」
「私は、シトラス・フリルド。アンタが探しているユウラシア・フリルドの一人娘よ」
「シトラス? あぁ、お前。ユウラシアのガキか。まさか本人じゃなく。小娘が来ることになるとはな」
「そうよ、お父様の代わりに。私が相手をしてあげるわ。ガイウス」
ガイウスと呼ばれた男は、不敵な笑みを浮かべる。
「それはけったいな事だ。ユウラシアはどうしたんだ?」
「お父様は、貴方が両腕を切って、もう剣を振れなくなったわ。知らなかったの?」
「そうか、あいつは、治らなかったのか。そうかそうか、それは残念な事だ」
薄ら笑いを浮かべている。嬉しいのか。呆れて笑っているのか判断しづらい所だ
「貴方こそ、胸を切り裂かれておいて生きているのが不思議だわ」
「あぁ、俺も死んだと思ったぜ。だが、この剣が俺の命を救ってくれた」
空へ掲げた剣は、闇のオーラを放っていた。
「ブラッドブレイド この神々しい輝きに生き血を吸わせる事により。俺はあの地獄から生き延びる事が出来た」
見るだけで邪悪な気持ちがこみ上げてくる。刀身に象られたドクロの柄。それを守るように紫の蛇のようなものがまとわりついている。時折耳に入る悲鳴にも似た声空耳ではないだろう。生き血をすすり続けた剣から発せられる亡者の怨念が。嫌な気持ちにさせる。
見ただけでおかしくなりそうなあの剣を。所有しているアイツは。正気なのか?
奴は鞘に剣を戻し。感情のともってない瞳をこちらに向ける。
「ユウラシアの娘よ、お前の望みはこっちだろう。奴が持っていた最後の一振り。「レヴァン」剣王の剣。
「剣王の剣……」
「ヒロには言ってなかった事があるわね。私の目的は、最強の剣士の他にもう一つあったの」
紅蓮を抜く。体を纏うように炎が舞い上がる。
「あの大岩に刺さっている。お父様の剣。あれを取り戻しに来たのよ」
「それを抜けるのは剣王の資格がある者だけだ。お前ではまだ抜けないさ」
「なら、貴方を倒して抜いてみせるわ。ヒロ、手出しは無用よ」
「ガキが…… いっちょまえに吠えやがって。俺の噂は聞いているだろう?」
「破壊者……」
「そうだ、殺されても文句は言うなよ。さぁ、行くぜ」
ガイウスが剣を構える前に、シトラスが翔る。音よりも早く。鋭く。彼女は切りかかっていく。
「やあああああああああああ」
ガイウスはそれを半身をゆらりとずらすだけで交わす。絶えず猛攻を続けるシトラス。
ヒュンヒュンヒュンヒュンヒュン。
二刀の連撃を全て躱される。奴はまだ鞘から剣を抜いてすらいない。実力差がありすぎる。
「その程度か。親父の愛刀が泣いてるぜ」
「チッ…… んなわけないでしょ!!」
さらに速さと鋭さを増すシトラス。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
「ほぅ」
相も変わらず当たらない連撃だが。徐々にガイウスが避けづらそうにしている。彼の速さに、シトラスが追いついてきた証だ。そして、シトラスは紅蓮に炎をともす。
「連双瞬激 連!!」
音を置き去りにする彼女の最大奥義。そして、止めの上段からの一撃。
ガキィン!!!
ガイウスの抜いた剣により防がれた。
「ようやく抜いたわね」
「小娘が……」
互いに距離を取る両者。
ガイウスに遂に剣を抜かせたシトラス。ここからが本当の戦いとなる。
「確かにお前はユウラシアの子だな、センスが良い」
「それはどうも」
「だが、まだ弱い」
フッとその場から姿を消したガイウス。次の瞬間。シトラスは岩壁に叩き付けられていた。
「ガハッ……」
何が起こったのか理解できなかった。ただ一瞬の内に彼女が飛ばされていた。彼の動きは、これまでのどの相手よりも速く、そして強い。
「シトラス!」
口元から軽い血を吐き出しながら。彼女は立ち上がる。紅蓮を両手に再度強く握り締め。彼女は勇ましく突進する。
片手にブラッドブレイドを持つガイウス。音よりも速く彼女は荒れ狂う炎の風となる。
「連想瞬撃 連改!」
彼女の新技。しかし……
ガキィン……
俺の足元に。彼女の愛刀紅蓮が落ちてきた。
視線を戻すと。膝をついたシトラスと、それを上から見下ろし。彼女の首に剣を突き出しているガイウスの姿があった。
「そんな……」
「才能はある。それは認めてやる。だが、速さも力も剣の使い方も。そして、覚悟すらお前にはまだ足りない」
彼女が手も足も出ずに負けた。文字通り完敗である。
「挑んでくるのが早すぎたな。まぁ、後10年鍛えたところで。俺には届かないと思うがな」
ガイウスが剣を掲げる。シトラスも、受け入れてるように微動だにしない。このままでは彼女の首は刎ねられ。野に放り出されて。魔物達の食糧になるだろう。ごめんなシトラス。そんな悲惨な結末を見たくはないから。俺は君との約束を破るよ。
右手に魔力を圧縮し。ガイウスめがけ放つ。
「穿て!アクアブラスター!!」
咆哮と共に唸りを上げて打ち出される水龍は止めを刺そうとしていたガイウスを。宙にはじき出した。
「ハァ……ハァ……」
空中で体を捻りながらガイウスは着地する。彼は自身の鎧にひびが入ってるのを確認した後。俺の方を見ながらにやりと口元をゆるませた。
「やるじゃねえか魔導士。まさかこの鎧にひびを入れるとはな」
俺の渾身の魔法を喰らってその程度のダメージしか入れれない事に。俺は不甲斐なさを感じていたが。先にシトラスの元へ駆け寄る。切り傷だらけのその体に、治療魔法をかけてやる。彼女は立ち上がり、飛ばされた紅蓮を拾いながら再び構える。
「なんで邪魔したのよ」
先ほどまで戦意を失っていた彼女だが。まだ軽口を吐くだけの気力は残っているようだった。
「ごめんよシトラス。だけど俺も我慢できなかった。ハッキリ言ってあいつは一人でやれる相手じゃない。今度は二人で戦うよ」
「チッ…… 分かったわ。そうでもしないと勝てる相手じゃないものね」
「俺はどっちでも良いぜ。二人がかりなら。ちょっとはいい勝負になるんじゃねえの?」
「舐めるな!!」
魔力を込める。穿つはガイウスのみ。
「穿て!プライマリーブラスター!」
風を纏う氷龍の咆哮。それをガイウスは避けるまもなく。逆に氷龍に飛び込んできた。
横なぎに一閃。フェルも行った魔法を掻き消す程の力。彼は、一直線に俺の方へと駆けてくる。
そこに割り込むように。シトラスが対峙する。唾競り合いになりながら。彼女の体に熱い炎が纏う。
「さっきので分からなかったか?お前の力じゃ俺には届かないってよ」
「えぇ、一人ならね」
グググッとシトラスがガイウスを押し出す。
「ほぅ」
彼女に風の力。アクセルウィンドの加護を与える。
「シトラス! 俺が奴の動きを出来るだけ封じるから。君は迷わずただ真っ直ぐに行ってくれ!」
「分かったわ。私達の力。あいつにみせつけてやりましょう!」
俺のサポートで先程よりも速さと力を手にした彼女が、シトラスが突っ込んで行く。
「舐めるな!」
ガイウスが返す刃を振るう。それを防ぐように。ディバインフォースで彼の体を拘束しようとする。
「チッ」
跳びはねるように下がるガイウス。すかさずそこに大火球を連射するも、彼の体には当たらない
「アクアブラスター!」
その一撃すらも体を翻されて躱される。水龍が無情にも空に消えて行く。
地面に降り立つ瞬間。シトラスが斬りかかる。
「ハアアアアアアア」
隙を突いた一撃も難なく防がれてしまう。
「シトラス! 下がれ!」
その場を飛び退くシトラス。同時にガイウスの足元が崩壊する。
「なっ」
驚きを見せるガイウス。彼は、崩れ落ちる足場から、わずかな瓦礫を足場代わりに移動し、崖下に落ちるのを回避しようとする。
そうはさせない。俺は両腕を掲げ。先程よりも大きな氷龍を形作る。
「フローズンブラスター!」
特大の魔法をガイウスに打ち放つ。
「こんなもの…… !?」
後ろを振り返るガイウス、その先には。先程空に消えて行った筈の水龍が戻ってきていた。
「挟み撃ちだ! くたばれえええ」
前後からの魔法。当たった感触は確かにあった。
「ふぅ、流石に今のは良い一撃だったぜ。魔導士」
だが、ガイウスは。彼は何事もなかったかのようにその場に立ち尽くしている。
「化け物め……」
俺がやけになりかけた時。閃光が横を通り抜けていく。
「でやああああああ」
「シトラス!」
「おっと、お前の相手もちゃんとしてやる」
彼女が再度猛攻を繰り返す。アクセルウィンドをかけ、紅蓮の刀身に俺の魔力を送り込む。速さと力を俺の魔法で補い。彼女はようやく打ち合えるレベルにまで到達する。
彼女の周辺が打ち合うごとに熱く、燃え盛っていく。
「しつこい奴だ!」
ガイウスが体制を立て直そうと、一歩後ろに引いた。俺はディバインフォースで足を絡めとる
「なっ!」
体の動きを封じられた彼に隙が出来る。そこにシトラスが好機とばかりに攻め入る。
「瞬光!」
「チッ……」
激しい爆音が響き渡る。これで終幕かと思われた矢先。爆風の向こうに見えたのは、異様な光景だった。
紅蓮が、ガイウスに届く前に宙で止まっている。いや、正確には。彼の剣から出てる。黒いオーラの壁に防がれていた。
「フンッ!」
「キャアア」
身動きできない程の風圧により、シトラスが吹き飛ばされる。眼の前に居る男は、剣から禍々しいオーラを発している。
体が硬直する。奥歯がガタガタと震え。身もよだつような寒気が襲う。奴を直視する事が出来ない。
「まさか、これを使うハメになるとはな。遊びが過ぎたようだな。お前達もここで終わりだ、まずはお前からやる」
奴が体制を低くする。次の瞬間、奴の姿が消えた。
「ヒロ!」
シトラスの声。それと同時に、俺は横から突き飛ばされる。
「グエッ」
地面に激しく転がる。体制を立て直し、顔を上げてみると。
ビチャ……
頬に生暖かい物が触れる。手で拭うと、それは真っ赤な色をしていた。
これはなんだ? 血か? 誰かの血なのか? 俺は悪寒を感じた。そして、目前に映る鮮血にまみれた少女の姿を眼に移す
「シトラス!!!!!!!!!!!」
崩れ落ちるシトラス。上半身を切り裂かれている。血が止まること無く流れ落ちる
「あぁ…… あぁぁぁ」
「馬鹿な奴だ。こいつを助ける為に自らが盾となるとは。ユウラシアの子ともあろうものがあっけない結末だな。」
「うぅぅ」
「あん?」
「うわあああああああああああああああああああああああああ!!!!」
悲鳴にも似た声が響き渡る
何故だ? どうして彼女が切られている。 血が溢れている。死ぬ? 彼女が? 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 失いたくない。 彼女を失う事は嫌だ!
「安心しろ。すぐあいつの所へ送ってやる」
闇に包まれたガイウスが一瞬にして眼の前に来る。
死ぬのか? 俺も彼女みたいに切り裂かれて。 あぁ、ごめんよ、シトラス。俺が弱かったから。君を守れなかった……
死を覚悟した。
「駄目よ。貴方はまだ死ぬときではない。私を連れ出してくれるまではね……」
その時。頭の中に聞き覚えのある優しい声が響いた。それと同時に。空がまばゆく光だし。世界が白に染まる。俺の意識は失われていた……




