見えた希望。黒髪のコーシュ
「ヒロ! ヒロ! 起きなさいよ」
「んん?ここは?」
俺は確か、サリーと思しき人を追いかけて。やっと見つけたと思ったら。
そうだ、突然めまいがして意識が途切れたんだった。せっかくサリーが見つかったと思ったのに……
しかし、柔らかいな。この感覚。ずっと味わっていたい……
体制を変えて。その柔らかさに飲み込まれる。
「ひゃん…… くすぐったいわ、ヒロ」
「おわっ!」
俺は慌てて飛び上がる。柔らかさの正体は、シトラスだったのか……
ん? つまり、俺は膝枕をされていたという事になるのか。なんという事だ! これならもっと堪能しておけばよかった。グヌヌヌ
「無様な奴だな」
目線を変えるとレックスの姿もあった。
「なんで貴方が居るんですか?」
「知るか。そこのフリルドの者に泣き疲れたのだ。貴様が黒い耳の狐族の奴にさらわれたとな」
「なんだ、シトラス、心配してくれたのか」
「当たり前でしょ馬鹿っ。何処か行ったと思ったら。いきなり倒れて、しかも連れていかれるんですもん!」
顔を赤くするシトラス。ん?ちょっと待てよ。
「あれ?シトラスとレックスが運んでくれたんじゃないのか?」
「何故私がそんな事をしなければいけないのか。貴様を連れてきたのはだな」
「運んだのは妾ぞよ 感謝するが良い」
後方より声がした。その方に振り向く。だが、そこには誰もいない。ん?空耳だったのだろうか?
「もうちょい下じゃバカ者」
視線を下げる。つやの入った吸い込まれそうなほど美しいストレートの黒。頭には狐族特融の張った耳がとがっており。和装に包まれているその姿は、小さな狐族の子供のようだった。
「君は……」
「童は狐族のコーシュじゃ魔道士よ。それにしても貴様、何故妾をつけていたのじゃ? しかもあんなに鬼気迫る表情で。もはや殺気にも近い何かを感じたぞ。貴様、もしやロリコンじゃな?」
「ち、違うよ」
「ねぇ、ロリコンってなんなの?」
「えっとだね、シトラス。君は知らなくて良い事かなって」
「ん? そうなの? まぁ良いわ」
誤魔化しつつ。俺はコーシュに事情を説明する。
「まず、君を追いかけていた理由。それは、君に似ている人が居たから。俺の師匠でもあり、大切な家族なんだけど」
「ほぅ、妾に似ているとな」
「あぁ、その人の名前はサリー。君と同じ狐族の女性なんだ」
「サリーとな! それは我が妹の名前じゃ」
耳を疑うような情報が聞こえた。
「今なんと言った?」
「言葉の通りじゃ、我が狐族は一人の母より複数の個体が作られる。最初に生まれたのが我が姉のエーサ。次に妾。そして三番目の妹がサリーじゃ」
サリーに姉妹が居たのか…… っていうかこんな小さな幼女がサリーのお姉さん!?
「お前、今見た目で馬鹿にしたろう、こう見えても400年近くは生きてるのじゃぞ。もう少しいたわれ」
「えっ!?そんなに? じゃあサリーっていくつなんだ!?」
「そうじゃのう。あやつは今は120そこらじゃろう。」
まじか、サリーってそんな年言ってたのか。見た目はあんなに綺麗なのに
「狐族と人の子の時の流れを一緒にするではない。それに魔族には妾よりも長く生きておる奴らもいるぞよ」
そういえばフェルも結構いってたな…… 他種族ってそんなもんなのか、ってそれより。
「サリーの居場所が分かるのかい?」
「あぁ、あやつは今、ザオウにおる。我が狐族の住まう小さな村じゃ。デルタによる転移事件が起きてから数か月後に。ハイエルフの小娘を連れてやってきたぞ。
ハイエルフ…… 体に火がともるように熱くなる。期待と嬉しさがこみ上げた感情だ。ユイシス・トリスターナ。彼女しかいない。
「サリーとユイが……」
「ヒロの探していた子ね。そう、もうこんなに早く……」
「そうじゃ。しかしなんじゃ、お主。サリーの弟子だったのか。あやつは姉妹の中では一番出来が悪かったからのぅ。覚えるのに苦労した分。教えるのには向いてるという訳じゃな」
サリーが出来の悪いと言うコーシュ。そんな風には思えないが……
「しかも、ほぅ…… この魔力の質。ユイシスと言い。貴様と言い。これも何かの運命か…… くふふ」
俺を見つめ何やらぶつぶつと独り言を言うコーシュ。
「サリーとユイがザオウに居るのなら俺達が向かう先はザオウだね。なぁコーシュ。ザオウって何処にあるんだい?」
「ラインハルト大陸の東に位置する小さな村。リトゥン渓谷を超え深緑の森のさらに奥地。そこにザオウの村はある」
「リトゥン渓谷。確かそこにはジオルグラードが徘徊している筈だが……」
「なんだいレックス、そのジオルグラードって?」
「あぁ、リトゥン渓谷に生息する。古代の魔物だ。硬い皮膚に特殊な鉱石で出来た甲殻。尾を振り回せば地鳴りを起こし。立てば木々をなぎ倒す巨大な魔物だ。普段は森深くで大人しくしてると聞くが。あいつにだけは戦いたくはないな」
彼にしては随分弱気な事を言うものだ。少々意外だな。
「そんな奴がいるんだ、でも意外だな。レックスだったら名誉の為に討伐しに行きそうなのに」
「できればそうしたいがな、奴の甲殻にはあらゆる魔法が聞かない鉱石で作られていると文献で読んだことがある、魔導士であいつに立ち向かう事は出来ない」
「そうじゃな、あやつには並大抵の魔法では太刀打ちできんじゃろう。それこそ超級以上の力が必要じゃまぁ妾なら、奴を打ち砕く魔法が打てるから、恐るる事はないのだがな」
超級以上の魔法。聖級を覚えたばかりの俺では到底太刀打ちできないな。しかし今の口ぶりだと。コーシュの魔法は超級以上なのか?
「その言い方。まるで貴様が超級以上の力を持っているかのように聞こえるが」
レックスも同じ事を思っていたようだ。コーシュに突っかかっていく
「当たり前じゃろう。妾は狐族の祖の力を受け継いでいる。その力は全能と崇められるほどに強力じゃ。お主らと一緒にするではない」
「凄いなそれは」
流石サリーの姉。規格外すぎる。
「一番得意なのは回復魔法じゃけどな。妾のは超優秀じゃぞ。四肢が無くなろうとも元通りに出来るわい。お前達。誰か重大なケガでもしたら妾の所に来い。すぐに直してやるぞ。それなりの対価は支払ってもらうがな! ヒロ。お主の様な異質な魔力の持ち主であれば期待できるからなぁ」
それなりの対価とはなんだろうか…… まぁ、俺達がそうそう重大なケガ等をする事はないと思うけどね
「魔力の質なら。ウィンベルクの名を持つ私の方がそこの魔道士より。遥かに強い。」
「残念ながら。妾の見立てじゃと…… お主の資質より。ヒロの資質の方が大分上に見えるぞ」
「おかしな事を言う。私がこいつより劣っているだと?ありえないな。つい最近まで聖級魔法すら知らなかったこいつがか?」
「そうじゃ、妾の見立てに狂いはない」
「なんだと? 貴様、私を誰と心得ようか。余り私を怒らせるな」
「才能で言うなら間違いなく貴様より上じゃ。貴様等足元にも及ばない程に。質が違う。差が出て来るのも時間の問題じゃろう」
「ほぅ、言うではないか女狐め。私に対する侮辱はたとえ魔法に秀でた狐族と言えど。容赦はしない」
レックスが立ち上がり。右手をかざす。その表情は憤怒に満ちている。まさか魔法を放つ気か!?
「やめろ!レックス!」
「何をしようとするの!?」
「止めるな!私を侮辱した罪をその身をもって償わせてやる!ただですむと思うな!」
バチバチと魔力が膨張を開始する。まずい、彼は本気だ。このままでは建物ごと破壊される。逃げなければ被害を喰らう。
俺達は立ち上がり、避難しようとする。しかし、ただ一人。コーシュだけが。不敵な笑みを浮かべながらその場を微動だにしない。レックスの魔法は、コーシュに向けられているのに……
すると、コーシュが指を突出しクルクルとトンボを捕まえるように回転させる。
「ディストラクション!」
レックスの収束した魔力が音もなく消えて行く。魔法は発動しなかった。しばらくの静寂の後、レックスは驚愕の表情を浮かべていた。
「な、何故私の魔法が…… 貴様何をした!」
「簡単な事じゃ。貴様が魔法を発動する前に。妾が魔力の流れを掻きみだし。消失させたまでじゃ}
魔法を発動前にかき消した!? そんな事が出来るのか…… 魔法を放つには、魔力を形にしないと行けない。でも、その魔力そのものをぐちゃぐちゃに出来るとしたら。それは対魔導士に置いて、最強のカウンターとなりうることになる。そんな事考えもしなかった。コーシュはとんでもない事をやってのけたのだ。
「そんな…… 私の魔法が……」
「これで分かったか青二才。何がウィンベルクの名じゃ。お前さんじゃ妾に刃向おうなど万年早いのじゃ」
「この女狐め…… ウィンベルクまで侮辱するか!」
屈辱の表情を浮かべ、コーシュを睨み付けるレックス。
だがコーシュは、そんなレックスを見向きもせずこちらの方に話しかけてくる。
「さて話が逸れたなヒロよ。お前はサリーの所へ行きたいんじゃな?」
「あ、あぁ、そのつもりだ」
「なれば東へ進むと良い。険しい道のりじゃが辿りつくはずじゃ。分からなかったらそこら辺の人を捕まえるんじゃな。あそこの道なら誰でも知っている。本来なら手ごわい魔物どもが道を塞いでるが今の時期なら出て今じゃろう。妾はここで少し野暮用があるからの。連れてく事は出来んぞ」
「そうか、分かったよ」
「じゃあ俺達はそろそろ行くよ。助けて貰って場所も教えて貰って。本当にありがとう、コーシュ。また何処かで会えたら良いね」
「なぁに、礼には及ばん。それに…… すぐまた会えるじゃろうしな。 くふふ」
「ん?どういう事だ?」
「いや、気にするではない。我が妹に会ったらよろしく伝えておいてくれ」
「あぁ、分かったよ」
俺達はコーシュの部屋を後にする。
外に出た俺達。レックスはまだ怒りを抑えきれてないようだ。
「さて、シトラス。早速ザオウに向かいたい所だけど。生憎俺達は今資金が足りません!」
「ブランドで稼いだ金はどうしたのよ?」
「船代で全部持ってかれました。なんであんな高いんだよちくしょう……」
結構稼いだつもりだったが。色々と使いすぎたみたいだ。
「というわけでしばらくはこの町。フェルピスにて資金集めをします」
「どれくらいいるつもり?」
「そんな長くはいないさ。ある程度まで貯まったらすぐに出発する」
「そう、分かったわ」
「レックス。貴方はどうします?」
「私に話しかけるな!」
鋭い声で言い放つレックス。
「ふざけるな。誰が貴様と一緒に行くものか。調子に乗りやがって。あの女狐め…… 今度会った時はただじゃすまさん。貴様もだ。ヒロ・トリスターナ。天才性なら私の方が遥かに上だ。次に会ったとき。それを身を以て証明させてやる。覚えておけ」
マントを翻し。一人歩き出すレックス。
「なんなのよレックスったら、負けて悔しいのは分かるけどあれじゃ逆恨みじゃない…… 気にすることはないわよヒロ」
「いや…… うん、そうだね」
去り際。彼の顔は屈辱と怒りに満ちた表情をしていた。コーシュに負かされたのはショックだったのだろう。魔法に関しては人一倍誇りとプライドを持っていた彼だったから……
「ザオウまで、どれくらいかかるのかしらね」
「さぁ、分からない コーシュは場所だけを教えてくれた もしかしたらすぐかも知れないし。果てしなく長い旅になるかも知れない」
「剣の聖地の場所と離れてる?」
「いいえ、あそこはグランスバニアとラインハルトの境目にある場所。だから、ザオウを経由しても大丈夫な筈よ。」
「シトラス」
「だから、私はヒロに付き合うわ。そう決めたから」
「ありがとう。シトラス」
俺達はフェルピスに数日滞在した。すぐに出ても良かったのだが。生憎食糧が尽きそうになっていた。
簡単な魔物討伐をこなしながら。旅に必要な資金をかき集めていた。
フェルが居なくなり。フォーメーションも変わった。基本的に前衛はシトラスが魔物を滅多切りにする。
彼女の死角から来る魔物や。取り逃したのを俺が魔法で抑えるという形になった。ブランド大陸の日々に比べれば。ラインハルトの魔物は随分と楽に狩る事が出来たのが幸いだった。
その作業ももうすぐ終わる。今日は最後の依頼を受けようとしていた所だった。
「おはようございます。あら、ヒロ様にシトラス様。何時もお世話になっております。貴方達のおかげで付近の魔物の脅威も大分少なくなりました。本当にありがとうございます。」
「いえ、俺達は魔物を倒す事しかできませんからね。お役に立てたなら有難いです。そろそろ資金もたまってきたので。この町を旅だとうと思いましてね」
「そうですか。それはお疲れさまでした。現在のヒロ様とシトラス様のランクは、Bランクあります。Bランクの依頼書ですと。こちらが該当するかと思われます」
パラパラと何件か手繰り寄せる。どれもCランク相当の簡単な依頼だ。ふと、依頼書の中に妙な依頼だなと目を止めた。
王の剣
レインブレイブの乱にて待つ。レヴァンの剣がお前を待ってるぜユウラシア。今度こそ。10年前の決着をつけようじゃないか。
ランク不問 依頼者不明匿名希望
「この依頼書。なんかおかしいな。すいませんこの依頼書って……」
「あ、すいません。こちらは先日突然依頼が飛び込んできた物で。宛先も不明で…… 紛れ込んでいたようですね」
「そうなんですか。しかしユウラシアって…… あれ?シトラス?」
瞳孔が開き、汗が噴き出ている。口元は震えている。
「この依頼書……」
「シトラス?これが何のことかわかるのかい?」
「ここに書いてるユウラシア。それは私のお父さんよ」




