シトラス・フリルド
ブリストが引く馬車に揺られ、半日過ぎる時、木々を超えた先には小さな村らしき物が見えてきた。
「あそこが、デルビニクパンダが住処としている村ですか。」
「らしいな、元々あそこは小さな集落だったはずなのだが、あいつらのせいで住処を失ったと聞いている。」
「では奴らを討伐すれば。」
「あぁ、元の集落に戻るだろう、そろそろ準備するぞ」
やがて村から少し離れた崖に到着する、そこで見たのは異様な光景だった。
「なんだあの数は!?」
そこにはデルビニクパンダの群れがいた、しかし数が尋常じゃない、数百体もの顔面ミノタウロスのパンダが村一帯を埋め尽くしていた。
「流石にここまでとは聞いてませんでしたね。」
「あぁ、想像以上だな。」
気味が悪い光景である。確かにスラードじゃなくてもあんな数とはやり合いたくはないな。
「俺は遠距離から魔法で倒しますけど。フェルは大丈夫ですか?」
「愚問だな、確かに数は多いが対処できない相手ではない。一人だろうが殲滅させれるさ」
流石フェルだ、頼もしいぜ。
「では二手に分かれましょう、俺がおびき寄せて囲んで倒します。フェルは溢れたのをお願いします。」
「分かった。任せておけ。」
丁度群れに突撃しようとしたその時であった。
「ここがエルの言っていた村ね、出てきなさいデルビニクパンダ逹!
このシトラス・フリルド様が直々に貴方達を退治してあげるわ!」
甲高い声と共にデルビニクパンダ逹の群れに躍り出る人影
瓦礫に登りデルビニクパンダ逹を見下ろしながら自信満々に声を上げている子がいた。
年は俺と同じくらい、又は少し年上か?
茶色い髪が小さくふわりと風に揺れている。前髪の長さが同じに整えられており、そこから見える顔は勝気な少女の姿だった。
軽い服装は如何にも冒険者と言わしめる風貌で、特徴的なのは彼女の腰に引っ提げられた丈の長い二本の剣であった。
腕を組み自信満々にデルビニクパンダを見つめる少女、彼女の顔には自信の表情が見て取れる。
「なんだ、あの子…一体何処から。」
そこで俺はハッと気付く、エルの言っていた子はもしかしてあの子ではないだろうか?
「フェル、エルの言っていたもう一人の依頼者は、あの子かもしれません。」
「だろうな、しかしたった一人であの群れに挑む気か?無茶にも程があるぞ。」
「さっきまで一人で殲滅出来ると言っていた人が言うセリフですかね…」
数百体のデルビニクパンダが少女の姿を捉える。ある者は怒り、ある者は嘲笑の笑みを浮かべていた。
「精々笑っていなさい。今からその笑いが絶望の顔に染まるんだから!」
にやりと笑う少女、随分な自信家の様だ。
彼女は腰に掛けた剣を取り出す。その剣は細長く、藍色に光り輝いていた。
それぞれの剣に赤い魔石がはめ込まれており、それぞれの剣がゆらゆらと淡い光を発していた。
「何かの魔法が組み込まれてるのか?それにしてもあの双剣…何処かで見たような気が」
何処で見たのかは思い出せないが、そのフォルムには魅かれるものがあった。
少女はスゥゥと深く息を吸った後、閃光のようにデルビニクパンダの群れへと駆けて行った。
そして気が付いたときには、10体ものデルビニクパンダが切り刻まれていた。
まさに電光石火。そのまま次々とパンダ逹を切り裂いていく。
動きの遅いデルビニクパンダは少女が何をしたのかすら分からずただ斬られる木偶になっていた。
「こんなもん?貴方達動きが遅すぎるわよ!」
後ろから襲い掛かろうとするパンダを一閃する、斬られたことに気が付いてないパンダはそのまま静かに絶命する。
「早すぎる… 何が起こってるのか捉えることが出来ない…」
「あれは無双流の技だ、神速に近い速さで相手に斬られたことすら気づかせず葬る技。本来ならば熟練の達人クラスでないとあそこまでの速さと鋭さは出せないはずだが、あの少女かなりやるな。」
フェルが心底感心した表情をした。
速さだけでいえばオルバよりも速いぞ?
剣士であいつより上の存在がいるとは正直驚いてる
世の中には凄い子もいるものだ。
「このままあの子が全部倒してくれますかね?」
「それは無理だろう、無双流は確かに強いがスタミナに難がある、そう長くはあれを維持する事は出来ない。それに、厄介なのも少しいるしな。」
フェルが指差す方、そこには普通のデルビニクパンダとは違い、帽子を被り杖を持っている者がいた。
見るからに魔道士と言わしめんとばかりのかっこをしたそいつは、何やら詠唱を唱え始めていた。
「あのままでは邪魔が入って動きを止められる、俺はあの魔道士を叩く。お前はあの子を助けてやれ。」
「分かりました。アクセルウィンド!」
風を全身に纏わせ即座に駆ける、瞬間魔道士パンダが詠唱を終え、少女の足元に泥の沼を発動させていた。
「ちょ…ちょっと何よこれ! 足が取られて、うえぇネチョネチョするぅ。」
足を滑らせ全身が泥まみれになる少女、好機とばかりに他のパンダ逹が少女に襲い掛かる。
「や、やめなさいあんたたち、か弱い女の子に多数で寄ってたかって格好悪いわよ!」
既に数十体斬り飛ばしている人が言うセリフじゃない…
しかし状況はピンチだ、足を取られ満足に身動きすらできない、後少ししたらパンダ逹が少女の体を粉砕してしまうだろう。
「ヒャッ!」
少女は頭を抱え込み目をつむる、しかしどれだけたっても予想していた最悪の事態にならない事に疑念を覚えた。
「えっ?」
ちらっと薄目で辺りを確認する、そこには辺り一面にデルビニクパンダの氷像が出来上がっていた。
見ると少女の正面には、黄緑色のローブをまとった少年が立っていた。
「ふぅ~ちょっとやりすぎたかな…」
彼女を中心にパンダ共を氷漬けにする。
出来たのは光り輝く醜い銅像だけだ。
上級魔法フローズンノヴァ
魔法の発動の中心から広範囲の対象を氷漬けにする魔法、今回は数が尋常じゃない程多かったので込めた魔力量も段違いだ、おかげで村一帯が氷漬けになっている。
「やりすぎたな、君、大丈夫かい?」
手を差し出して立ち上がらせる。風魔法で泥を払い水魔法で泥の部分を洗ってあげる。
「俺の名前はヒロ・トリスターナ、エルさんに頼まれて助けに来たんだ。」
「わ、私はシトラス、シトラス・フリルド」
「シトラスね、良い名前だ。危ない所だったよ、もう少ししたらやられてる所だった。」
「あれはちょっと足を滑らせただけよ、まぁ助けて貰ったことは感謝するわ。」
ふんっと照れくさそうに顔を背けるシトラス
「所で、この魔法は貴方一人でやったの?」
「そうだね、ちょっと魔力を込めすぎたみたいだけど。」
数百体の氷像が並ぶ、もはや雪祭りの銅像と言ってもおかしくない数の氷像が出来上がってた。
「それより、俺は残りのデルビニクパンダを殲滅するためにもう一人戦っている仲間の所へ向かう。
シトラスはどうする?」
「私も連れて行きなさい!助けられた恩を返さないのはフリルド家の恥だわ!それにまだまだ暴れたりないもの。」
再び双剣を構えるシトラス。細長い刀身が様になっており、カッコよさを引き出す。
「じゃあ俺につかまって、一気に跳ぶから。」
「どうするのよ?」
俺は空中に人ひとりが載れる足場を土魔法で作り出す。
それに飛び移り再び跳躍を開始する、乗った足場は散り散りになってしまう。
何度目かの跳躍を開始して目的の場所まで近づく、最期の跳躍を終えた俺達はまっさかまに落下していてく
「ちょっと!着地はどうするのよ!?」
「任せて、レビテーション!」
ふわりと風の向きを操り、まるでパラシュートみたいにふわふわと浮かんだあと静かに着地する。
「到着、どうだった?」
「貴方の魔法便利ね、助かったわ。」
「あぁ、お前たちか無事だったか?」
「ハイ、フェル、そちらはどうですか?」
「あらかたは片付いた。後は雑魚だけだ、」
見ると数百体いたデビルニクパンダも残りは数十体を残すのみとなった。 これならば余裕だろう。
「じゃあ一気に行きますか、シトラス、大丈夫?」
「誰に物言ってんの?私は天才剣士、シトラス・フリルドよ、見てなさい、残りの残党は全て私が倒すわ。」
「威勢が良い少女だな、だが残念だ、残りは俺が始末する。」
フェルが槍を構え張り合う姿勢を見せる。この人がこういう態度を取るのは珍しい気がする。
「俺もいますよ!」
便乗して、俺も乗っかる。3人で顔をそれぞれ合わせると自然と笑いが起きた。
「じゃあ誰が一番倒せるか勝負ね!」
「望むところだ、イクゾ!」
それぞれが散会する、
シトラスは先程見せた電光石火の一撃で瞬く間にデルビニクパンダを切り裂いていく。
フェルもさっそうと群れの中に突撃していき、最少の動きで敵の脳天を正確につく。
俺も負けじとアクアブラスターをパンダ共に放つ。魔力を込めた水龍は貫通していきパンダ逹を薙ぎ払う。
「頂き!」
「ちょっと、それは私の獲物だったのよ!」
「ふっ、早い者勝ちだろう。」
「ちょっと~!!」
各々が好き放題にデルビニクパンダを討伐していく、
「なんか調子が良いな。」
奇妙な連帯感が生まれ、流れるように撃破していく。
「これで終わりよ!瞬光!」
横なぎに最速の一撃を叩き込むシトラス。
眼にも止まらぬ神速の攻撃は最後のデルビニクパンダを一刀両断する。
「これで全部か?」
「そうね!私にかかれば楽勝だったわ!」
「良く言うよ、絶体絶命だったのに。」
「あ、あれはちょっと油断しただけよ。それに切り抜ける事だって苦でもなかったんだから!貴方が勝手に勘違いして助けただけなんだからね!」
「ハイハイ分かったよ。」
「さてと、この死骸共はどうする?」
「こういう時はギルドに頼めばすぐ回収してくれるわ。素材を売りたいならとっととはぎとりなさい。」
そういうと短剣に持ち替えたシトラスはパンダ逹の皮をはいでいく、その動作は慣れたもので綺麗に解体されていった。
「シトラス。」
「なぁに?」
「解体、教えてもらって良いかな?俺やったことないんだ」
「何よ貴方、あんなに強いのに魔物の解体したことないの?」
「そうなんだ、第一こんな大勢の魔物と戦ったのすら初めてだよ。」
「そうなの?ふ~ん…結構意外ね、ふふん任せない!このシトラス様が手取り足取り教えてあげるわ。」
「ありがとうシトラス。」
「そういえば、貴方の名前ってなんだったっけ?」
「最初に言ったろ、ヒロだ…
ヒロ・トリスターナだ<79
「ヒロね、分かったわ。ヒロ、私に教わることを光栄に思いなさい!」
「へいへい」
そうしてシトラスに解体作業を教わった。
「違うわ、そこはもっとストンってやるのよ。」
「こうか?」
「それじゃドスンよ、もっとストンってやった方が肉に傷をつけないで済むのよ!」
教わるのは良いが、彼女はどうやら他人に説明するのは苦手らしい。
ストンっとかここはもっとガーっとか感覚派にも程があるぜよ…
と言いつつ、フェルにも助けを乞いながら、順調に解体作業を進めて行った。
「さて、これで一通りは終えたな。これは馬車に乗せて行こう。」
「そうですね、シトロンはそれくらいで良いのかい?」
見ると両手で抱える程度しかもっていなかった。
「これくらいで良いのよ。余り多くても私はいらないわ、別にお金に困ってる訳じゃないしね。」
「ふ~ん、そうなのか。」
準備を終えて馬車に乗り込む俺とフェル、最期に確認しておくことがあった。
「シトラス!、もしよかったら俺達の馬車で一緒に帰らないか?」
「えっ?私も乗っていいの?」
「当たり前だろう、どうせ目的地は一緒なのだしな。」
「そう、なら遠慮なく乗せてもらうわ。」
ピョンと馬車に飛び乗るシトラス。
「じゃあ出発しましょう、行くよ、ブリスト」
こうして俺達は初のクエストを終わらしてザイーラに戻るのであった。
ユイとシルクに次ぐ新たなヒロイン登場です、自信家で活発な女の子。あ^〜良いですねえ〜




