9.可愛い見た目に騙されてはいけない
今日はここ、自国のオラフス領の領主様の竜舎にいます。
おはようございます、ちょっと二日酔い気味で胃の辺りが気持ち悪いアスランです。
皆さんも暴飲暴食等、暴と名の付くものにはくれぐれも気を付けてください。胃腸は年々弱ってきてますからね。
今日のお仕事は、年に1回行っている定期健康診断です。健診、大事ですよね。
私の住んでいるこのケルマン国は、竜というより竜人のお偉いさんと仲が良いらしくて、竜に対して手厚い保護政策を取っています。領主の竜の健診義務もその一つですね。
国自体の面積は端から端まで大体スイフトドラゴンで1日足らずの大きさなのですが、水棲種の竜と飛竜種の生産・育成で大陸一と名を馳せています。もちろん、乗り手も有名な方が多いですよ。……私の師匠とかね。
さてさて。
オラフス領の竜舎は50房ほど。各国の竜房や辺境伯の竜房に比べれば数は少ないですが、珍しい種類が多いんです。ワイバーン、スイフト、グイベルなどの飛竜種とウォーター、サーペンティア、クエレベレなどの水棲種を中心に、癒種のユランやジラントなんかもいますよ。楽しいっ。
癒種が常時居る竜舎は、基本的に外傷が酷い子はいない。ユランもジラントも、種族的な性格なのか世話焼きな方が多いのです。こういう竜舎では病気や精神的な問題のケアが主になります。今回はジラントが問題でした。
「私が担当になって1か月位から円形禿げが出来てしまって…」
この巻き毛の若い可愛らしい女性担当厩務員さんの話によると、問題のジラントはこの竜舎一番の古株で、高い癒しの能力を持つとの事。
見た目は白地に茶の斑が入った小型犬のヨークシャテリアのような感じ。それにふわっふわの白い羽をつけたような黒目の子犬だ。
ジラント種の見た目は、基本可愛らしい。
大きくても小型犬サイズで、パッと見犬系から猫系、はたまたミンクやリスのような感じの方もいるらしい。
バラエティーに富みすぎな彼らですが、共通点は羽と高度な癒術だ。私的には可愛さも追加するべきだと思ってますけどね。
魔力量などは個体差が大きいと言われていますが、記録によると野生種のニドヘグとも魔力勝負で渡り合える猛者もいたらしい。どんな伝説級の生物だ。見た目に騙されてはいけない。
今回のジラント君――キアストライト様という――は、長い毛先が綺麗にトリミングされてて艶々していました。腰のある長い毛は、編み込まれ小さなリボンも付けてあって、とても可愛いのだが……彼の体には無残な禿げが多数ありました。なまじっか毛が編まれているから目立つこと目立つこと。
彼は厩務員さんの膝の上で大人しくナデナデされていますが、その眼は静かな怒りを宿していました。
「あ、あの、時間もなんなんで、キアストライトさ……君をお預かりしても良いですかね?診察にはかなり時間がかかるので、終わったら竜舎まで呼びに参りますから……」
「はい、かしこまりました。では私は厩務作業に戻りますね。またね~キアちゃん」
厩務員さんは語尾にハートマークが付いていそうな甘ったるい声で彼をぎゅ~っと抱き締めた後、素直に私に渡して作業に戻っていきました。
彼女の姿が見えなくなって、足音が遠ざかったのを耳をそばだてて確認する。それから事務所応接室の扉を閉めて鍵をかけ、四方に遮音のお札を貼って発動させてから、私はジラントを足元に置いて土下座しました。
「………キアストライト様、大変失礼いたしました」
三つ指ついて背筋伸ばしてひたすら土下座の姿勢でいると、キアストライト様はしばらく無言でいたが、のそのそと私の前のソファーに乗って私を威圧することにしたようだった。
それでも動かない私に、少しだけ溜飲が下がったのかフンッと可愛くない鼻息を放って許してくれました。
「オルフェーシュの下僕の糞ガキよ、土下座よりあの女をどうにかしてくれ。我の胃に穴を開ける気なのか?煩わしい」
キア様は可愛らしい見た目に反してしゃがれた老人のような声をしています。
はい。声を大にして言いますからよく聞いてくださいね。
ジラントの、見た目に騙されちゃあいけません。可愛らしい姿であっても、中身は100才を越えていたりするのが大半なんですよ。確かキア様は300才を越えていると師匠が言っていた気がしますし……。
それに、彼らは結構な秘密主義なのです。特に人族には色々公にしていないようにしている、らしい。
余談だが、魔力の高い他の種でもこういった見た目と相反する竜種がいたりします。彼らは総じて長命で魔法を使えたり各種言語を理解していたりと能力が高く、竜種の上位種と言われていますね。もちろん、これらの情報も極秘事項ですよ。怖っ。
さてはて。
何故私がキア様の私的なことを知っているのか?
それは3年前、師匠の健診で荷物持ちしてた時にやらかしたからです。てへ。
それ以来かの方からは糞ガキ呼ばわりされてます、しくしく。
「とりあえず、先に御髪を整えさせて頂きますね。それから領主様に交渉して参ります」
「ああ。そうしてくれ」
「では失礼します」と、そっとキア様の前足を取り、魔力を流す。
滞っていたり、弱い部分を補正するように力を流すと、彼はふぅっと力の抜けた息をはいた。
「相変わらずお主の魔力は心地よいの。人間や他の竜医の魔力とも、我らの癒術とも違うしな」
そうなんです。普通人間の魔力は殆ど竜族には効果無いんですよ、特に回復系。攻撃魔法はかろうじて当たるのですが、威力は竜医やズメウでもない限りどんなに効率の良い人でも半分以下になってしまうのです。不思議ですよね。この世界には魔獣と呼べるような強力な獣はほぼいません。魔力暴走にでも巻き込まれない限り、竜を超えるような獣は居ないのです。
そういうことも含めて、竜種は強いと言われるのですよ。いや、ほんとに強いんですけどね。
「ところで。オルフェーシュは何を追っていたのだ?」
つらつら考え事をしていた罰でしょうか、キア様の何気ない言葉に繋いだ手が揺れてしまった。
動揺を悟られまいとしたが、彼にはきっとバレバレだ。
「……ベルナーク・イレヴゥイシュト様の命でフレアブラスを。アイナー渓谷で、霧が深くて私は詳細が解りませんでした。気が付いた時には……」
あの時を思い出してしまうとどうしても集中力が切れてしまうため、頭を振って集中し直す。
キア様は痛ましそうに顔をゆがめた。
「イレヴゥイシュトめ、何故フレアブラスなぞ……。じゃがあやつは死んではおらぬ、生きている。我も見つけ出す協力を惜しまぬゆえ、心配いたすな」
上位種といわれる竜たちは、数々の気配を探れるという。失踪の内情を知らないはずのキア様が、まだ師匠は生きていると言ってくれた。この半年、こんなに直球で教えてもらったのが初めてだったので、嬉しくて涙が滲みました。
そんなに魔力を流していないと思っていたが、感情の乱れのせいか、いつの間にキア様の長い毛が綺麗に生えそろって……いや、モップ並みに伸びすぎてしまいました。
事態に気づいたキア様が、ふんっと鼻息荒くたしたし足踏みして怒ってしまいました。
「我は長い毛は好かぬ。責任をとってぬしが刈れ」
勿論私に逆らうすべはありません。櫛とすき鋏と処置鋏を使って即席床屋さんになったのでした。