62.竜族の生きる大陸
朝起きたら外が一面雪に覆われていました。
シィアンはどちらかというと主な街道から外れているから、きちんと道の雪かきをしておかないと行商人は来てくれない。とりあえず家と厩舎までの道だけ雪をどけてから朝食の用意を始めた。
野菜を切りながら魔石に届いた情報を聞き流す。緊急で呼ばれるようなことは無かったから、今日はおそらく街道までの雪かきで一日が終わるだろう。とても平和で何てことない日常になると思えた。
ポトフのような感じの素朴なスープがコトコトいいだした頃、師匠が2階から降りてきました。
昨日バルトルさんに呼ばれてユナニス国まで冷やかしに行ってきたらしく、深酒して真夜中に帰ってきたのですが、どうやら二日酔い等にはなっていないようです。……成長しましたね。
「おはようございます」
「おはようアスラン。今日は何かある?」
朝ごはんをテーブルに置く間に今日の予定確認のようです。
あ、少しだけ調子が良くない感じが眉間のしわに現れておりますね。食後に薬湯でも入れてあげましょう。
「結構雪が積もったみたいなので、おそらく町長から街道までの雪かきを頼まれると思いますよ?」
「ああ、言われそうですね。なら言われる前にムエザを連れてやってしまいますね。あの子にも新しい術を覚えさせても良い頃でしょう。来客があると思うので、貴女は家をお願いします」
「了解しました」
どうやら今日はムーちゃんの試練の日のようです。とばっちりは遠慮したいので、静かに遠くで健闘を祈る事にしましょう。
朝食が済むと、支度をしに師匠が部屋へ戻った。私は厩舎へ行き、ムーちゃんの準備をする。
いつも通り、簡単に状態を確認して装具を取り付ける。せめてもの補助にと魔具を腕に通してあげたら、彼女は何かを察したのか諦めの表情をしていました。
外の気温が低いせいか、心なしか彼女の機嫌は良い。氷竜と言われるだけあって、この季節が大好きなのだ。準備が終わったところで師匠がやってきたので、手綱を預けて送り出し、私は家に戻りました。
洗い物や片づけやら掃除を終えて一段落したので、暖炉に火を入れてある暖かい居間で日記を書き出す。
暫くできなかったこの習慣を振り返るようにパラパラめくっていると、後ろに人の気配がしてビックリして椅子ごとひっくり返りそうになりました。
「よう、元気か?」
「…………家の中に直接転移してくるのは止めていただけませんかね?」
「俺じゃねェよ」
「姐さんに、次やったら師匠に会わせないぞとお伝えください」
「了解。伝言はする」
相変わらず軽いベルナーク様にため息しか出ません。とりあえずお茶を出そうとテーブルの上の日記を片付けようとしたら、取り上げられてしまいました。
「返してください!」
「他言はしねぇから見してみ」
身長的にも身体能力的にも敵わないので、仕方なしに呪を紡ぐ。影縛りをして動きを止めて、日記を取り上げました。なお、お茶が入るまでそのまま縛っておいた事に他意はありません。
お茶菓子も用意して席に着いてから術を解除したところ、大変不機嫌になってらっしゃいましたが放っておくことにしました。
ギ族をも巻き込んだあの戦いの後、五竜による大陸の封を解除して竜の血を引くもの全体の魂の力で腐蝕の毒のみに働く壁にしたところ、意外や意外、ちゃんと機能したのです。個人の力によらない結界というものは実は私の思っていた物よりとても強かったようで、竜種やズメウが絶滅の危機に瀕しない限り機能しそうだとヴァイラスさんが語っておりましたよ。
ギ族たちというかあの二人は、契約を切っただけでは還れず、結局エリュトロン達古代竜の力を使って地下へと戻っていきました。
ただ、彼らはこの世界に印を残していったので、気が向いたら遊びに来てやろうと言っておりました。
特にヴァイラスは私の召喚にえらく興味が湧いたようで、いつでも喚べと言わんばかりに自家製の魔石とか髪とか色々押し付けてきました。
喚び手によって無条件で使役になってしまう現在の召喚陣のあり方を、是非とも変えて欲しいと言われましたが………師匠の方が適任ですよねぇ……。
「……やっぱどうしてもクルージュに来る気は無いのか?」
お茶を啜りながらつらつらそんな事を考えていたら、ベルナーク様がこちらの様子を窺って言ってきました。
「一時的なら良いですけど、引っ越しはしませんよ?」
「オルフェーシュごとでも?」
「でも、です。っていうか、そんなに人手不足なんですか?」
そこまでじゃねぇけど……とベルナーク様の歯切れは悪い。
クルージュ国は、王都アスタナの壊滅を受けて解体となりそうになったが、ズメウの皇帝が立て直しを宣言した為実質ズメウの国として立ち上げられることになったのです。
皇帝こと国王は、直系であったラドカーンの名を系譜から外しました。そして、国の立て直しが済み次第王位を退くとして、次期というか王太子にルギオス氏を指名宣言しました。各国の爵位のあるズメウや竜医は、その国に残るかクルージュへ移転するかを個人の判断で決めて構わないと言われたそうです。各国に様々な要員として根付いてきたズメウ達は、そうした王の言を受け国を移ったりした者達もいる。
私の身近な所では、ランド様とウーヴェ様だろう。彼らはケルマン国の爵位を返上してクルージュへと移っていきました。
師匠は皇帝から熱望されたものの、ケルマンの所属のままシィアンへ戻ったのです。私も同じく、師匠について戻りました。
「素直について来て欲しいと言ったらいいんじゃないですか?」
入り口が開き、粉雪を纏わせて師匠が帰ってきました。
私は師匠にタオルを渡して雪だらけの防寒具を受け取り、外に払いに出る。
中ではベルナーク様が何やらごちゃごちゃ言っていたが、師匠に何か言われて静かになったようです。
外に出たついでに私は厩舎に行き、ムーちゃんの様子を見てみる。……朝の元気はどこへやら、彼女はぐったりと潰れておりました。相当やられたようですね。
疲れだけのようなので、彼女のお気に入りの果物をいくつか飼桶に入れてあげて労ってから戻ることにしました。
サクサク雪を踏みしめて、灰色の空を見上げる。
意識すると見えるようになった竜種たちの息吹は、今日も暖かく世界を覆っていました。
この大陸を今まで護っていたような強さは無いけれど、多分きっと大丈夫。皆の想いは弱くない。
ウィリディスさんとフィルさんに、もう心配かけないようにしないとね。
ドアを開けて家に入る前に、深呼吸して気持ちを切り替えました。
「おかえりなさい」
「ありがとうございます」
「さぁ、今日の仕事に取り組みましょう……」
暖かいお茶を差しだしてくれた師匠に、自然と笑顔になる。でもその陰から現れた二人を見て、そのままピシリと固まってしまいました。
「久しぶりね」
「アスラン、エリュトロン様がお呼びよ。あ、ラスの魔石も持ってきなさいね」
柱の役割の無くなった自由人たちは、本当に暇になったようでよく遊びと言う名の鍛錬に誘いに来るようになりました。姐さんはともかく、真面目なはずのサラさんまで影響を受けだしてきたみたいです。
………何かその力を違う事に使ってください。出来れば私の知らないところで。
固まりつつも気が遠くなっていた私が凭れていたドアが、突然バンッ!と大きな音を立てて思いっきり開く。
「オルさん居ますかっ!?至急見て欲しい事が………って、アスラン、何やってんだ?」
騎士服を着たままのハーウッドは、ドアが無くなり転げてドアマットと化した私に疑問の声をあげました。
残念なものを見る目で手を差しだしてくれたベルナーク様と、無言でタオルを持ってきてくれた師匠に感謝しつつ、コップを拾って濡れた自分を拭きました。
満員御礼の我が家に私のせいで妙な沈黙が落ちましたが、師匠がそれをサックリ破る。
「ハーヴ、どうしました?」
「あっ………えっと、ああ、オルさん!魔石らしきものを額に埋めた竜が現れました。見た事のない種です、確認をお願いしたいと、団長からの依頼です」
「魔石?」
「私達も行くわっ」
皆さん、言うなり身支度を整えだしました。……手馴れてますね。
ああ、どうやら今日も厄介な臭いしかしません。ぷりーずっほのぼの日常ー!
「アスラン?」
慌ただしく外へと出ていく皆を余所に、師匠は入り口で振り返り、戸締りを確認していた私に声をかける。
「まぁいつもの事です。どうにかなるでしょう」
「……ですね。師匠、行きましょう!」
雪を舞わせて飛び立つ伝説級の竜達を相棒に、今日もお仕事がんばりましょう。
ちょっとは成長しましたが、ひよっこ竜医、師匠共々参りますっ!
――――つづく かもしれない。
~ おわり ~
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました!
初めて作品として形にしたので、拙い表現、間の取り方、読みにくい言い回し、回収しきれてない諸々や矛盾など、読めば読むほど色々気になる所があったと思います。私としても、他者視点しようかとか、リズム狂うから入れられなかった話とかもあったりしますし。表現するって難しいですね。
………忌憚のない意見など頂ければ、コレも手直ししつつ次回にも生かしてみようと思いますのでご意見ご感想ぜひぜひお待ちしておりますm(__)m




