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54.再びクルージュへ向かいましょう


「やけに準備が良いな」

「ええ、勿論よ。時間は待ってくれないでしょう?」


艶然と微笑んだメル姐さんを見て溜め息をついたベルナーク様は、ふいっとアーテルの洞窟があった場所へ移動し手持ちの鱗を静かに置きました。


「エリュトロンからの伝言だ。柱を支えるからお前もクルージュへ行け、とよ」

「……解ってる。ディーに会いに行くわ」


そうして、メル姐さんは何か覚悟を決めた眼で今度は私を見る。


「アンタに加護を渡す前に確認することがあるわ」

「何でしょうか?」

「アンタを護る精霊の事よ」


メル姐さんは私の周りをゆっくりと歩きはじめた。彼女独特のペースは、何かこれから呪を仕掛けようとしているかのようで怖い。 私の後ろまで来て、ポチとベルナーク様が彼女の歩みを止めてくれました。

……ポチが止めるという事は、ホントに呪術だったんですね。


「ほらね。おかしいと思ったのよ。この(クー・シー)を始めとした精霊が、いくら召喚されたからって命令も無しに人間を護ったり自由に行動するなんて……ホントこんなのアンタだけなのよ」

「え?それって契約してるからじゃないんですか?」

「精霊に限らずなんだけどね、召喚で呼ばれた奴は余程の事がない限りあれを攻撃しろとかあの術から守れとかの単純な契約しかしないし、その契約に無い事はしないモンなの。召喚者に逆らわないってのは別としてね。だから、普通行動はあくまで毎回命令ありきなのよ」

「精霊の補助を求める術式もね。この子、エリュトロン様のところで()()()()()()ジンを呼び込びましたわ」

「途中でジン!?」

「貴女の書庫でこの子が色々魔道書を見て小細工考えてたのは隣で見てましたけど、まさかアレが本当に発動するとは思わなかったわ……」

「オル様に引っ付くしぶとい金魚の糞だと思ってたけど、単なる出来損ないじゃなかったのね」


私に何か恨みでもあるのでしょうか?新・古代竜ズの口撃は止まる事が無いようです。


「とりあえずアンタ、知ってる精霊喚べるだけ喚んでみなさいよ」

「魔力切れやら貧血になるので嫌ですよ。最近マトモに仕事出来てないので魔石とかの無駄使いもできません」

「……三流め」

「殻付きのひよこだってこの前言ってたじゃないですか」

「そういう言葉だけ素直に聞くからアホなのよ」


だいぶ叩きのめされた後に言うのもなんですが、姐さんには逆らわないのが一番デシタね。

長い溜め息を吐いて自分を静めて、気持ちを切り替えることにしました。


「とりあえず、何の補助無しでも来るのはポチだけですよ。後キーヴァ君かな」


いや、それ精霊じゃないからね……というサラさんのツッコミは無視です。


「ナイトメアのメアちゃん、グラニさん、火炎鳥さんですね。後、ポチが私の魔力を使ってドリアン君にマクリールさん、ケット・シーとバイコーンを呼びました。後、他にポチにどんな知り合いがいるのかは知りません」


あ。今更だけどあの火炎鳥さんは名前聞いてないや。ってダメか、言葉通じなかったっけ。


「後、召喚陣と詠唱を知ってる相手は?」

「イピリアさん、エントさん、タキシムさん、ロック鳥さん、ですかね……一通り顔合わせしています」

「どこで彼らを知ったの?」

「師匠の部屋ですよ。契約の仕方も、本がありましたし」

「……さすがオル様」


メル姐さんはウットリしている。


「……とりあえず、陣やら詠唱やらがやたら時間かかるから、緊急時にそいつは使えないぞ。召喚はもう任せるしかないだろう?さっさとクルージュに行くぞ」

「アタシはこの500年クルージュに行った事無いから転移出来ないわ」

「私なんて1000年以上ですよ。どう変わったのか想像がつきません」


「ちっ。………年ばっか食ってても役に立たねェな」というベルナーク様の極小のつぶやきに、メル姐さんの蹴りとサラさんの頭大の石礫が応えました。

……ベルナーク様、懲りないですね。


「どうせフラーウムにはバレてんだろ?ここまできたらもう構わないさ。ランドにも出陣の指示を出してあるから派手に行くぜ」


そう言うと、彼はフェル君を召喚しました。フェル君、どうやらある程度は回復したようです。


「あら。派手に威嚇したいンなら私達も竜体でいきましょうか」


そう言うと、メル姐さんからふいに禍々しい気が漂う。

グオォゥッ!!とフェル君が怯えたように鳴いて数歩下がりました。


姐さんの周りにぶわっと黒い霧が噴き出したと思ったら、ぬらりとした巨大な黒い竜がそこから顔を出してきました。

鋭い角を何本も生やした頭は、うっすらアーテルの神々しい横顔に似ていましたが、それよりもかなり禍々しい感じの印象を受けます。バッと開いた翼は、紫の皮膜に黒の鱗で鉤爪と皮膜の無い2指目が凶悪に黒光りしている。ただ、黒みがかった紫の鬣だけが物凄く柔らかそうな優しい感じがしました。

 ムーちゃんの三倍くらいの高さにある金の眼が、私を見る。背筋がゾッとして腰が抜けそうになりました。

古の厄災といわれた黒竜(ヴィエント)の出現です。


その隣では金に輝く砂煙が舞っていました。こちらは全身がフェル君に似たフォルムをしているが、二股に分かれた鹿のような角と美しい翼のある薄い黄色をした竜が佇んでいます。竜は、その尾までが豊かな金の鬣に包まれており、とても神々しく美しい。大きさは黒竜と同じくらいありましたが、こちらは光の反射で鱗も柔らかな金色に見えるため自然と平伏したくなるような感じがしました。


「サラグラルは応竜だったのか……」


ベルナーク様の呟きで、黄色の竜はサラさんの本性と判りました。

どちらの竜も、そこいらの野生種なぞには出せない神々しさとか禍々しさがあります。

…………でも、5体の古代竜はこの二人よりも格上なんですよね。恐ろしい。


「ところで、どなたか乗せて頂けないでしょうか?」

「邪魔をしなければ乗せてあげるわ」


サラさんが快く引き受けてくれました。

ポチが遁甲するのを確認してからいそいそとサラさんの首もとに跨ると、ベルナーク様がちょっとだけ羨ましそうに私を見てました。


「乗りたいんなら聞いてみればいいと思いますよ?」

「いや、相棒が居るのにそんな事はしない」

「居なくてもアタシは嫌よ」

「ああ、そうだな。フェ…「その前にっメル姐さん加護ください!加護っ!!」


私自身今頃思い出して焦って叫んでしまいましたが、そうでした、メル姐さんの加護、貰ってなかったですよね。

皆さんシリアスな空気がかき消されてガックリきてますが、大事な事です。私は急いでサラさんから降りて、メル姐さんの前に行きました。

姐さんはそっと右手を私の頭に乗せた。


「……今度締まらない真似したら呪い殺すからね」

「ハイ」


冷たい言葉とは裏腹な、さらりとしたお湯のような温かい何かが私の中に流れ込んでくる。もっとよく感じ取ろうと目をつむった。

それは以前貰ったアーテルの加護と混じり合って強い水の流れを作りだしてきました。

 ふいに私の縛っていた髪が解けて、ふわりと上方に舞い上がった。

顔を上げて目を開いた時、私を見つめるメル姐さんと目が合う。そっと右手を上げて、彼女の爪に触れた。


「---………ッ」


――力が、流せる。そう思った時、姐さんが目を瞠りました。

私達を祝福するように、さぁ……っと私と彼女を囲んで風が踊った。


「フィル!?」


私の影に何を見出したのでしょう。彼女が声を上げた時、風がひたりと止みました。

舞っていた草の葉が地に落ちた時、私の中のアーテルの加護はメル姐さんの加護と合わさって不思議な力になっていました。同じくメル姐さんの内包する魔力が微妙に神々しい静謐なものになったように見えた。


「……アンタがやったの?」

「アーテルさんじゃないんですか?」

「いいえアスラン。貴女がエルに巡らせて祓ったのよ」

「え?」


振り返った時に顔にかかった自分の髪の一房が、色が抜けたように白くなっていました。

魔力を使い過ぎた時に起きることがある現象の一つですが、私の魔力は減ってません。魔力を使っていないだけに理由が分かりません。

不思議に思って眺めていたら、「時間がないんだ、行くぞ」とベルナーク様に催促されてしまいました。

姐さんにお礼を言い、急いでサラさんに跨ります。


フェル君を先頭に、右後ろにサラさん、左後ろにメル姐さんが付いて出発します。

上空に辿りついてから、私は加護札を使ってジンの補助を願う術を施しました。

ぶわりと輝く風が舞い踊る。すると、加速度的に風景が後ろに流れていきました。

このぶんなら日暮れ前にクルージュ国に入ることも出来るだろう。それが吉と出るか凶と出るか分からないが、時間の無い私達には選べない話だった。

風に、祈るように、願うように気持ちを乗せる。


3頭の竜が舞う空は、夕暮れ前にもかかわらず、まるで未来を暗示しているかのように血のような赤の光に染まっておりました。




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