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53.エリュトロンに再戦を申し込んでみましょう


姐さんが長い詠唱から作り上げたゲートを潜り抜けた先は、見渡す限りの砂漠にある小さなオアシスでした。

乾いた空気は暑く、とてもじゃないけど普通にしていられなかったので、風と水魔法で周囲を覆って保護しました。オアシスが無かったら水魔法も効きが悪かったでしょうね。

前回は南部の雰囲気を味わう事無く去ってしまったせいもあるんですが、この空気にはビックリです。こんなに暑いんですね。

 最後尾のサラさんがくぐり抜けた後、ゲートは跡形もなく消えてしまいました。帰りは自分等でどうにかしろという事でしょう……姐さんってば鬼畜。


「エリュトロン!来たぞ!!」


虚空にベルナーク様の怒声が響く。

彼は金の眼を眇めて舌なめずりしながら剣を引き抜く。そうして刀身に薄く炎を纏って身構えました。


「さぁ……来やがれ」

「加勢します。それ位は許されるでしょう」


サラさんは地面から砂を掬う。サラサラと流れ落ちた砂が瞬時に硬く細い棒状の、槍と化した。

何となく、私も協力した方が良いのかなーという流れに見えたので、二人に補助魔法を順にかけていく。改良版のあの魔法も、ぶっつけ本番ですがこっそり急いでベルナーク様にだけかけてみました。サラさんまで危険な目に遭わせるわけにはいきませんしね。

 最後にもう一個お試し品をかけようとした時、ふいに現れたポチに後ろに下がれと言わんばかりにグッと引っ張られました。

おっとっと……とちょっと目を離した隙に、私の隣にサラさんが勢いよく転がされてきました。


「大丈夫ですか?」

「ひっさびさ、さすがエリュトロン様だわ」


言うが早いか、ザっと立ち上がって駆け出すサラさん。さすが竜種、あんな華奢に見えてもズメウ以上に頑丈でしたね。

 向かう先では赤毛のお二人が縦横無尽に剣を合わせているっぽかった。おおぅ、私には剣筋すら見えませんよ。


サラさんが素早く横に回ってエリュトロン様を突く。

紙一重で避けた彼は彼女の踏み込んだ足を鞘で払った。なんとエリュトロン様は剣と鞘で二刀流だ。バランスを崩した彼女を蹴り飛ばそうとした彼を、ベルナーク様が横薙ぎに斬りつけた。しかし、それはエリュトロン様の右手の剣が弾き返してベルナーク様のバランスを崩しました。彼はベルナーク様には目もくれず、サラさんの槍と地の術による足場からの礫攻撃を炎の巻き付く風で吹き飛ばしました。

後ろから、ベルナーク様がその炎に紛れて彼に斬りつける。が、避けられた上に蹴られて、逃げられたようです。


それから暫くそんなやりとりが続いていました。

健闘していると言いたいですが、ベルナーク様とサラさんは肩で息をしているのにエリュトロン様は全く呼吸が乱れておりません。


「お前ら、ホントにフラーウムんトコ行く気あんのかァ?古代竜ナメてんなよ」

「うるせぇ!!」


エリュトロン様の軽い挑発に乗ったベルナーク様が、彼に斬りつける。

何合かすると足元から砂が爆発したように舞い、そこからサラさんが追撃を入れている。

どれもこれも、綺麗に弾かれ、止められ、流されております。

最後、サラさんが転ばされベルナーク様が剣圧でふっとばされました。お互いの身体が離れたこの瞬間を狙って、私は指を弾いて術を開放する。


「止まってくださいっ!」

「おっとォ!?」


転がるベルナーク様に追撃しようとしていたエリュトロン様の足元に干渉して、泥で彼の右膝までを捉える事に成功したのですが一瞬で水分を蒸発されました。

しかし、泥なので固まった土が残る。それを起き上がったばかりのサラさんが更に干渉して、彼の動きを止めた。


「ベルナーク様!」


エリュトロン様が抜け出す事に意識を向けたようなので、第2の仕掛け、ベルナーク様にかけた改良版の風魔法のリミッターを外しました。そこからの展開は驚くほど早かった。

魔法のように目の前に現れたベルナーク様の上段切りを辛うじて受け止めたエリュトロン様だったけど、続けざまに胴を狙ってきた蹴りは、受け止めようとした腕ごと吹っ飛ばされてました。

エリュトロン様は折れたっぽい腕をも気にせず瞬時に立て直して身構えましたが、その目線の先にはもうベルナーク様の姿はありません。

その時彼は、既にベルナーク様に後ろから首に剣を当てられておりました。

さすがの彼も驚いたようです。一瞬で逆転されたことに気付くと、楽しそうに笑いだしました。


「あっはっは!その魔法めっちゃくちゃ面白れェなぁ!嬢ちゃんの勝ちだ」

「……俺じゃねぇのかよ」

「当ったり前だろう?純粋なジンの精霊魔法なんて見かけたのは創世以来じゃねェかなぁ。嬢ちゃん大丈夫かぁ?あいつかなり燃費悪いから相当削られたろう?」


最後のセリフは、腰が抜けてヘタレ込んだ私に向かって言ったものです。

ハイ、札の補助も魔力調節魔具の補助も忘れたために、これだけでほぼ魔力が尽きたんですよ。ビックリですね。

気を失う訳にはいかないので、震える手で貴重品の魔力回復剤を呷りました。このところ消費が激しくて懐がかなり痛いです……。

とりあえず、回復した魔力でまずはエリュトロン様の腕を治しました。


「ンで。俺らに加護を寄こす気になったか?」

「嬢ちゃんあんがとなー。まぁ良いだろう。でもなぁ……アレ、もっかい術の構成考え直した方が良いぞ?あのままじゃあ長引いたら術を受けた方も命が削れちまう」

「…………え?」

「対価が少なすぎるんだ。咄嗟に渡せるのは術者とそれを受けた奴の魔力と体力、そんなモンしかねェだろ?」


まさかの対価不足でしたか。精霊ジンさんって諸刃の刃だったんですね。

軽い足取りでサラさんのところまで行ったエリュトロン様は、右手を差し出してサラさんを立たせていました。

それから私のところに戻ってきて、握手を促してきました。

何となく右手を出したんですが、掴まれた手の甲にほんのり熱を感じる。見ると、甲に薄く小さな魔法陣を刻んでいたらしい。ナンテコッタ、刺青じゃないか。


「あれー?こんだけ見える形で付けた炎の加護っちゃあ、普通アイツみたいに馬鹿かって位使えるようになる筈なんだがなー……まぁ嬢ちゃんの偏り具合だと、イケて焚き火位しか使えねぇだろうなァ」

「え?炎魔法が使えるようになったんですか?」

「……蝋燭に火をつける程度じゃあ、普通使えるって言えねぇぞ」

「いえ、それすら出来なかったんですから凄い事ですよね?」

「……まぁ……なんつーか、良かったナ。オメデトウ」


そういうと、エリュトロン様はお腹を抱えて爆笑しやがりました。


「忘れてた。アーテルがアンタにって」


ベルナーク様が、ふと気が付いたように懐から黒い鱗をエリュトロン様に渡しました。

受け取ったエリュトロン様は、眩しそうに、寂しそうに暫く鱗を見つめておりましが、ぎゅっと握りこんだあとまたそれをベルナーク様に返しました。


「こいつを暫くアーテルの洞窟に置いておけ。お前らがフラーウムと決着を付けるまでは俺が黒の柱を保たせてやる。俺らの代表としてエルとサラを連れていくんだ」

「……代表?柱が国を出られるのか?」

「前はキュアノエイデスが支えて俺とアーテルがそれをやった。お前と嬢ちゃんだけじゃあ無駄死にするだけだろ」

「前って、フラーウムを封じた時ですか?」

「ああそうだ。まぁ嬢ちゃんの中のアーテルの補助も消えてないが、行く前にちゃんとエルの加護も貰っとけよ。任せるからな」


さぁ帰んな、とエリュトロンが手を一振りして起きた風に目を覆えば、もうそこはアーテルの洞窟前でした。……フェル君があれだけ転移に魔力を使ったり、メル姐さんが長い詠唱を必要とした距離は、古代竜赤のエリュトロンには手の一振りでした。……ああ、確かに別格でしたね。私は考えを改めました。


「遅かったわね。待ちくたびれたわ」


アーテルの洞窟の瓦礫の淵に座っていたメル姐さんが、優雅に立ち上がった。




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