その頃のししょー。その5
元の場所へ戻ってから、まず彼は老婆へと手紙を書いた。
封をした手紙を持って表に出て、呪を紡ぐ。術はあちらの世界と同じように発動し、手紙が白い鷹のような鳥となって空を翔けていった。
建物に戻り、城主へ面会を取り付ける。
重厚な雰囲気の執務室で彼から聞き出そうとした事は、彼らのルーツ――先祖について――だった。
聞きたかったことは、自分の元居た世界で忽然と消えたとされているシ族との繋がりである。
オルフェーシュの予測通り、いや、予想よりあっさりと彼らの記録からはシ族という文言が見つかった。
「ただ、現状あの純粋な力を継承しているのは叔母上と引き取ったと言っていた少女だけでしょうね」
「隔世という訳では無いのですか?」
「それもあると思いますが、彼女たちの母親が、懐妊中に精霊の祝福を受けた者だからです」
かつてシ族は天空を支配していた。しかし、空の覇者たる精霊の許しが無ければ翼が生えずシ族としては認められないのだ。それはこの世界へ来てからも引き継がれているようであった。
「この世界へ一番初めに渡った先祖が言ったそうです『時が来たら我らはまたあの世界へ還されることになる』と。そのためにも、こちらの世界でも無事に生き延びられるよう翼や魔法の伝承や存在を隠していたようです」
それらは並みの苦労ではなかっただろう。長く住まうほどに純粋な血が薄まる恐怖も、移り住んだ初期の者たちにとってはどれ程恐れた事だったか。
秘されし者の長は沈思した彼を見て、その役目を終える日が近い事を悟り、そっと安堵したようだった。
それから彼は数日書庫に籠った。
文献の年代を追えば、段々と消えていく向こうの世界の習慣や祭事の記録に危惧する書付けを見つけた。いつ分かるともしれない『還るとき』に恐れつつも自分の時代に戻れなかった未練を綴り、この世界に馴染んでいった様子が窺えた。
書物に夢中になり過ぎたのだろうか、カツリという靴音を聞いてオルフェーシュは我に返った。
振り返ったその視線の先には、暫く前に彼を見送った老婆が白い鳥を肩に乗せて立っていた。
「おひさし、ぶりです」
自他共に人当りは悪くないと思っていた筈の彼だが、今はそれがどこにも当てはまらないほど老婆を警戒していた。見た感じが老婆であってもあの老婆では無い。雰囲気が、気配が違う。これはまるで彼の知るある始祖のようだった。
無言のままに亜空間から愛用の槍を引き出し半身に構えてしまったのは無意識だ。
「毛を逆立てた猫のようだの。まぁお主に危害を加えるつもりは無いから気にするな」
老婆は鷹揚にそう言うとソファに座った。鳥は彼女の肩から降りて、ソファの肘置きへ移る。
しかしながら、彼は気を緩めることが出来なかった。立ち構えたままでいたのだが、老婆は構わず話しだした。
「端的に言おうか。還るのは、愚かにも我らが残してしまった”力”と”記憶”だ。お前に託す」
「力と記憶、ですか?」
「傲り高ぶって自らの国を滅ぼした阿呆共という以外に、お前は我らをどれほど知った?」
「……時空を渡る能力をも持つ者達であると」
ふん、と老婆は嗤う。
「一時は時をも操る全能の神を名乗ったそうだ……人と変わらぬ能力に落ちても矜持を忘れぬ愚か者どもよ」
だから消えた。だから完全に滅びねばならぬ。
全てを見通した老婆の呪の様な言葉に、オルフェーシュは息をのむ。
「お前には我らの全てを消して終わらせる力がある。それがお前の運命だ」




