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6.弟子はご遠慮願います


竜舎に向かいながら、早く人目のない所に行きたい私は、最終的に摺り足走りになってしまっていた。

竜舎一番手前の竜房に入ってすぐ、壁に寄りかかってズルズル座り込んでしまう。


あ、足が……むっちゃくちゃ痺れてるし、もともと少ない体力が尽きそうだ……なんつー偏りじゃい。


若輩者である自覚があるから、お客さんにヘタレた所は絶対見せられない。見られたら確実に仕事が減る。けど…きィつかったー。いてー硬すぎるぞユー君。

でもまぁユー君よりもあのお嬢を本気でどうにかしないと、また故障するでしょうねきっと……とは思うが、竜医とはいえ庶民に貴族へ進言する荷は重すぎます。困ったもんだ。


この国には中世ヨーロッパのような身分制度があるのです。

亜人や魔法力や竜人ズメウ等の要素もあるから、ガチガチの上下関係でも無いと昔師匠が言ってましたが、そんなコト無いと思いますよ、私は。

まぁ……また呼ばれた時に考えましょう。


体育座りをして思考の海に沈んでいた私に、ブフーと生臭い息がかかりました。

あ、やばい。ここってスティンガーの竜房じゃないですか。

そー……っと顔を上げると、またブフーと鼻息がかかった。

オレンジがかった茶色の、立派なスティンガーが興味津々で私のにおいを嗅いでいます。


「や、やぁ、間借りしてごめんよ~」


にへらっとすっとぼけて挨拶してみたら、ベロッと舐められた。ひィっ!


スティンガーは、陸竜種のなかでロックドラゴン、スワンプドラゴンを上回る重量級の人気種だ。

見た目はドデカいコモドドラゴン。体力があり、乾燥に強く、そして意外と素早い。体高は男性平均ほどで、だいたい体長自体は中間種の馬くらいですね。尻尾はそれの1.5倍の長さがあります。

色味は茶系から暗緑色が主でアーミーカラーもいるらしい。

普段は温和だが一度闘いとなると相手に噛みついて攻撃を仕掛けるほど、軍向きな性格をしています。

彼らは認めない人間を寄せ付けない。

あと、野生はほぼ居ないといわれています。ホントかどうかは判らないですけどね。


更に余談だが、竜種は骨格の差が余りにも大きいため、種が違うと鞍も勒も共有できません。同じ陸竜種の括りでもスティンガーの物をロックドラゴンには使えなかったりします。乗り位置も歩様すらも違う為です。それでも同種なんだよねー、ホント、竜種の括りってなんて適当なんでしょう……。誰かちゃんときっちり区分けして文献作ってくれないですかね。即買いますよ?私は。


ともかく、隣国に接している伯爵家だけにコレが居るとは思ってたけど、普通担当の厩務員無しで診るのはだいぶ危ないのですよ。


冷や汗をダラダラ流しながらつらつら語ってしまいましたが、実は今だいぶビビってます私。

笑って目を合わせたまま、そーーーっと入り口まで這いずって出て、ゲートを閉じました。

オレンジ茶色君は大人しく頭を出して私を見に来ました。……ほんっと大人しい子で良かったですマジで。


通路にほうーっと弛緩して転がっていたら、入り口からクスクスと笑い声と拍手が聞こえました。

顔だけグギギと向けたら、そこには某フライドチキン爺さん…いやいや、辺境伯様と思われる方が居ました。慌てて立ち上がり、姿勢を正します。


「ふふふ…見事な腕前だね。遠目で見せてもらったけど、オルフェーシュ殿が来たのかと思ったよ」

「お、お世話さまです伯爵様。オルフェーシュが弟子、シィアンの竜医アスランです」

「アスラン殿から見て、うちの竜たちは如何ですかな?」


生き物が好きな方なんだろう、ちょっと自慢げな感じを受けました。


「まだちらっと拝見しただけなんで分かりませんが、お嬢様のワイバーンといいこのスティンガーといい、強さは感じるのに温和な性格で好感がもてました」


伯爵はオレンジ茶色君の鼻先を撫でた。オレンジ…オーちゃんは目を細めて嬉しそうにしています。

信頼関係がある証拠だ。


「ところで、ご依頼の件はお嬢様のワイバーンの治療で宜しかったのでしょうか?」

「あぁその通りだ。あの子が飛竜の扱いをずっと気にしていてね…」


……あれ、何か嫌な話の流れになった気がする。

私はさりげなく半身で構えることにしました。


「エーデはおそくに出来た子でね。うちを継いでもらうつもりなのですが、なにぶん女の身で前線は厳しいと思い、弓を主軸に育てております。……貴女から見て娘はどうですかね?」


人畜無害そうな微笑みを浮かべて、伯爵も人が悪い質問をしてきました。

正直に答えて良いやら悪いやら…でも、師匠の名に懸けてお世辞は厳禁だ。胃が痛い。


「良いも悪いも、軍職を目指しつつも横乗りでは目指すところが分かりませんでした。ただ、貴族子女の嗜みとしては十分過ぎる腕があると思います」


ここで一息、気合を入れる。

意識して水晶のペンダントを握ってから、伯爵と再度目を合わせました。


「……無礼をお許しいただきたいのですが。

私が師から教わった感覚から申し上げますと、現状では騎乗して戦場や狩りへ向かうのは無理だと思います。飛竜はその性質から兵士の士気を上げるのには最適ですが、的にもなり易いですよね。相手に一頭でもウィルム以上の者か魔術師が居たら魔力の無いワイバーンではお嬢様を守るのは困難かと。かといって魔力のある種を彼女が従えるには弓だけでは不足です。……それと、魔具では将軍規格は許されないかと思うのですが…」


規格に見合わなくてもコム国内はたぶん大丈夫だと思うんですが、ここは辺境ですし隣国はウィルムもいっぱい居ますからね。野生も含めて。

まぁそれは私以上に伯爵様自身が分かっていると思います。……思うからこそ、その後に続けられるであろう言葉が怖い。


「では、あの子をアスラン殿の弟子にしていただけませんかね?」


……やっぱりきた!!


伯爵はそれはそれはにっこり笑って無茶を言ってきました。だいぶ笑みが黒いですよ、怖っ。

でも、これは私の一存では無く正式に断れる理由があるから焦りません。


「申し訳ありませんが、私の竜に関わる活動は竜人ズメウのベルナーク・イレヴゥイシュト様に逐次報告する義務があります。帯同する者に関しても同様で、許可が要りますので私の一存では無理なんです」

「それは残念です。では貴女に専――『ぎぃやぁぁあァァーーーっ!!!』………」


伯爵の言葉を大音量の悲鳴が遮りました。

馬場の方から聞こえましたが、何が………あ。ムーちゃん喚んだの忘れてた。


「伯爵様すみません!治療も完了しましたし、連れが来ましたので帰らせて頂きます!

慌ただしくて申し訳ありませんが失礼しますっ!!」


そう一礼してから、私は急いで馬場に駆け出しました。




馬場はちょっとした戦場のようになっていました。


……あームーちゃん応戦しちゃったのかー…。

私が目眩を起こしたのは普通だと思う。


野生種の氷竜リントヴルムである彼女は、神経質で意外と好戦的だ。きっと殺気を向けられただけなんだろうけど、戦ってもいい気分になっちゃったんだろうなァ…。

五方に氷柱を設置して魔力増幅を図り足元に氷の蔦を作って騎士の接近を防いでいました。

増幅はともかく、氷の蔦はリントヴルムの常套手段なのだ。

頭上では、お嬢様が弓を持ってユー君を駆っていました。

緊張感が良い意味で刺激になっているのか、ちゃんと飛んでいるね。良かった良かった。


……良かったけど…すっごい後味悪いわぁ。はぅ。


私は犬笛もどきを力いっぱい吹き、更に風を使って声を拡張しました。


「ムーちゃんっ!手を出しちゃダメ!帰りますよ!!

お嬢様、このまましっかり訓練なさってくださいねーー!!

皆さますいません!大変失礼しましたっっ!!」



そうして私は猛ダッシュでムーちゃんに飛び乗り、大慌てで文字通り飛んで帰ったのでした。


……国を跨いでの仕事だった為、この日受け取りはぐった報酬はひと月後に郵便で詫びの手紙と共に届きましたとさ。



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