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52.魔導と私とサラさんと


「アンタ…………ホントに人間だったのね」


両手を地面につけて打ちひしがれる私を横目に、メル姐さんはちょっと呆れております。

……ハイ、その通りです。結果として、姐さんの使う術は私には何一つ使えませんでした。

いや、だって、普通竜紋とか描けないですって。


ここにきて新発見でしたが、竜族が他種族より秀でていた理由の一つに、魔法に組み込む竜紋という独自の増強術があったようなのです。

魔法を使える竜種が無意識に使っているらしいこの独自の手法は、術式のいたる所に組み込まれておりました。今回だけよと最初から最後まで術式を見せてもらった一番簡単な水を流すものですら、私では全く発動せず……真似が出来ませんでした。

学会に出したら一気に権威になれそうな発見っ!と思ったんですが、残念ながら極秘事項にしないと私の命が危ないらしいので忘れることにしました。竜族怖い。


「面倒だけど他の手段を探しましょ。とりあえず移動するわ」

「すみませんが、宜しくお願いします」


上下に発動した不思議な文様の魔法陣の間からブンッと音を立てて作られた縦長の転移ゲートをくぐって、移動した先は広々とした書庫でした。

ドーム型の建物の壁一面に書籍が並んでいる。その前にある通路が3階建てになっていて、1階部分だけが壁棚だけじゃなくて私の頭位の高さの本棚が何列もずらっと並べてあります。

窓も無いはずなのに適度に明るく、気温、湿度共に最適な環境で、師匠のコレクションなどよりずっと状態が良い感じがしました。感動して立ち尽くす私に、彼女はクスリと笑って閲覧用のソファを勧める。


「1階は魔道、2階は竜種関係、3階は趣味で集めたわ。この石に読みたい本のイメージを念じれば場所が分かる仕組みになってるわ」

「ありがとうございます」


手のひら大の平たい石を両手に持って探知を願えば、正面左奥の辺りへ誘導されました。

本棚を覗けば、探知に関する魔道書がずらりとあります。これはヤバい。ここに住みたい。

思うがままに本を数冊取ってソファに戻り、ひたすら読み耽りました。

そんな私の様子を見た姐さんは、そっと気配を消してどこかに行ってしまいました。



どれくらい時間が過ぎたでしょうか。

探知と強化で、何度か出来そうなものを試しに書いて、発動するかどうか力の流れを確認して……手持ちの紙束を使い切って、ふと顔を上げる。隣を見たら髪の長い女性が座ってこちらを観察するように見ていました。

腰位まであるストレートの髪は黒い濡れ羽色、細面のその顔にある瞳は金。質素な白いワンピースのような服を着ていますが、気配が全く無かったので一度目は見間違いかと思いました。私は作業を止めてそっと身構えます。


「……初めまして。私は竜医のアスランといいます」

「私を呼んだのは貴女ね?エリュトロンに何を言われたの」


メル姐さんと同じように、世界中に目を持っているかのように話す彼女の雰囲気は冷たくてきつい。

私のことが気に入らないのかと思ったが、そうではなくここの空気が嫌いなようだ。


「エルの書庫なんかでフィルの声がなぜするのと思ったら、貴女だったのよ。何で人間の貴女がこんなトコに居るの?」

「メル姐……いえ、エルさんに連れてきてもらったんです。竜種の”探知”に代わる術がないか探しに」

「それで『魂振り』か。古代神聖語の術を読み解ける人間がまだ居たのも驚いたけど、対象にされるとあんなふうに感じるのね、ほんとビックリしたわ。」


サラグラルことサラさんは感心しているようでした。平坦なしゃべり口調に無表情なので分かりにくいんですけどね。

彼女に今までの事をかいつまんで伝えました。フラーウムの封印の話になった時、彼女は少しだけ動揺したらしく口調が少しだけ砕けました。


「じゃあ貴女たちは私にフラーウムの力を受け継げと言うの?無茶も程ほどにして欲しいんだけど」

「――あら。私にだけ荷物を背負わせるのは困るわ。アンタこそアレをいさめられなかった責任負いなさいよ」


何の気配も無く現れたメル姐さんは、仁王立ちして彼女に喧嘩を売りました。なんて悪女が似合う人でしょう。


「アンタだってディーとフィルが作ってくれた居場所を、捨てたくはないでしょう?」

「……でも同じには出来ないわ」

「より良くしましょう」

「「………………。」」


つい口を挟んでしまいましたが、二人に残念な子を見るような眼で見られました。まぁ間違い無いですけどストレート過ぎて酷いです。


「よく考えてみてください。力を使う気のない竜の力を無理やり引き出すよりも、全面協力してくれる竜の方が能力高くなりませんか?」

「……高くないわね」

「貴女、古代竜をナメすぎよ」


提案は全面的に却下されました。姐さんもサラさんも呆れております。


「そもそも、創世から存在する伝説の竜達を自分達と同列に置くアンタの気が知れないわ」

「私から見たら姐さん達も……いえ、ナンデモナイデス」

「こんな無知なのに……呼ばれたからって姿を出すんじゃなかった……消えたい……」


たかが一言で全面否定とは…………新しい古代竜達は心が狭いですね。

私はソファから立ち上がって、案内パネル石に念を送りました。そうして出た結果の本を急いで持ってきて、彼女達に差し出した。


「増幅します」

「無理」

「無駄」


……彼女らが私を肯定する事ってあるんでしょうか?

私が沈黙したのを受けて、メル姐さんが説明しだしました。


「古代竜は私達の生みの親でありこの世界の(いしずえ)なの。それに、アンタ達が使ってる天然の魔石の大半は彼らが造り出してたのよ」

「え!?」

「アレは彼らの魔力を流した地層に結晶化された物よ」


それは知りませんでした。殆ど神様じゃないですか!


「……真似出来ると思う?増幅程度で」

「無理ですね。では何で貴女達と同期のウィリディスさんがフラーウムを抑えていられるんでしょう?」

「それね。私も知りたいわ」


そうして話は振りだしに戻ったのでした。


◇◇◇


メル姐さんの書庫は、アーテルに補助してもらい時間軸をいじって作成したそうで、無生物に対しては普通の世界より時間がかなりゆっくり流れるようになっているらしい。まさに素敵亜空間だった。

あれからはエリュトロンに出された二つ目の課題、封じと強化に関する魔導書を中心に読み漁りました。

そうして、サラさんに助言を求めながら幾つかの補助魔法の構成を見直してみました。後でベルナーク様に被験者になってもらう予定です。


「貴女本当に人間なの?人族はココにこんなのを組み込まないわ。組み込んだところで意味ないハズだし」


術の構成図を見せた時、サラさんは私を疑ってきました。

彼女が指摘したのは、精霊の補助を願う一文です。


「ああ、そういえば昔師匠にも指摘されましたねー。世界のあらゆる精霊全てに乞うても意味は無いですよと……」

「それ意味違うでしょ。……精霊が人の願いに応じるなんて信じられない。でも貴女の術は人族に出来ない力を持ってるのよね」

「実際に発動してますし、実感ないですけどフォローもしてくれてると思うんですよね。まぁ一応何かしらの対価も設定してるからですかねー」


大体は札に垂らす程度の血とか属性に合った魔石なんですけどと説明しましたが、それでも納得できなかったのかサラさんは不満そうでした。


「恐らく、それが先読みの巫女と似た魔力になってるんでしょうね。私達の竜紋と同じくらい自然に組み込んでるし、多分血族には間違いないんでしょうけど……」


書庫の影から、メル姐さんがベルナーク様を連れて現れました。


「お帰りなさーい」

「おう。言われた術は見つかったか?」


エリュトロンの宿題の封じについては、漠然とし過ぎて幅広く求められているのか特定種に対しててなのかは分からない。なので、基本形を幾つか見直して応用を効かせるつもりで調べました。

……まぁ竜紋(ブースト)は真似できませんでしたけどねー。


「じゃあさっさとカタを付けようぜ」

「送るわ。赤のエリュトロン様に宜しくね」


ベルナーク様が宣言し、メル姐さんがゲートを開く。

サラさんは難しそうな顔をしながらも、黙って私達についてきてくれました。




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