51.赤い竜にはおかしな奴が多い(偏見)
ベルナーク様が国境で滞在許可を申請している間、私はフェル君の調子を診て時間を潰しておりました。定期的に診てあげてはいたのですが、フェル君が今までの古傷も気にすることなく動けているようでホッとする。
そういえば、さっきからとても懐っこい赤い小鳥がフェル君の頭を突っついており、払ってあげようとしたんですが彼に止められました。意外にも心優しい竜だったんですね、フェル君。
「待たせたな。行くぞ」
こちらに来たベルナーク様はフェル君を見て一瞬固まっておりました。が、何事もなかったように彼に跨がる事にしたようです。
私も背に引き上げられたのは良いんですが、赤い小鳥さんは彼の頭から飛んでいきません。
どうしたものかと凝視していましたが、ベルナーク様も気にしていないので見なかった事にしました。
しばらく飛んで、人家もない平地になった辺りで地に降り立ちました。何故でしょう?
「この辺に何かあるんですか?」
「……お前、本当に気づいてないのか?」
降ろされて、周りを気にしつつ何も無い感じなのでベルナーク様を見上げてみる。
彼は呆れておりましたが、本当に意味が分かりません。
「まさか国境で待ち構えられるとは思いませんでしたよ」
そう言うと、彼はフェル君に向き直った。そうして、スラリと師匠の作品を鞘から抜いて構えました。
その殺気の籠る目線の先にいるのは、フェル君の頭の上の赤い小鳥。ちょっと正気を疑う光景です。
「ベルナーク様?」
「俺だけじゃあ物足りませんか……。アスラン!俺を加護付けてできるだけ強化しろ。早くっ」
「……はいはい」
言い出したら聞かない人なので、言われた通り加護をつけた札で身体強化、身体防御に風魔法をかけてあげました。何かを察したフェル君は、「僕は岩です」とでも言いたげに地面にぴったり身体を付けて伏せ、硬く目を閉じました。……なんだか死んだフリをしたトカゲみたいです。あっ親戚か。
「行きますよっ」
言うが早いかベルナーク様は一気に鳥に詰め寄り音もなく水平に剣を薙ぐ。が、ギィン!と鈍い音をたてて剣の動きが止まりました。
なんと、小鳥がその細い左足で刃先を受け止めていたのです。これまた2度見しても正気を疑う光景でした。小鳥は囀るように笑った。
「久々足が痺れたよ。ずいぶんと強化されてる。嬢ちゃん、面白い術を使うなー」
「……鳥さんも凄いですね」
「まぁそこの煩いヒヨコよりは剣も使えると思うぜ?」
「無駄話はそれ位にするんだな!」
まるきり悪役のセリフを吐いて、ベルナーク様は小鳥さんに斬りこみました。
小さな小鳥さん相手に全力で突きを繰り出す様は、本当に悪役っぽいです。
「お前はもうちょっと血が抜けた方が良いんじゃねェか?」
「うるせぇ!時間がねぇんだからいい加減真面目にやれ!」
フェル君の上をぴょんぴょん飛んでベルナーク様の針穴を通すような正確な斬撃を紙一重で躱す。彼によってフェル君の鱗がいくつも斬り飛ばされているのを見て、やれやれと小鳥はため息をつきました。
その直後に上段から斬りこまれた剣を右の翼で受け止めて、小鳥さんはふいと姿を消す。
気が付いた時には、ベルナーク様が地面に倒されていて紺の騎士服を着た美丈夫の中年さんが彼を踏みつけておりました。
ツンツン立つほどに短い彼に良く似た鮮やかなレディシュと野性味溢れる金眼のおっちゃんは、ニカッとその日焼けの似合う笑顔を私に向けて言いました。
「俺の加護が欲しいンなら、鱗の一枚でも剥がしてみな」
言うなり足元のベルナーク様をガッと蹴り飛ばして、私に向き直ります。
私が一歩後ろに下がった瞬間に、地中からポチが彼に飛びかかり同時にベルナーク様が彼の足元を狙って蹴りを放つ。全てを華麗に躱されましたが、体勢は整えることができました。
私はダッシュでその場を離れて、改めてポチにも補助魔法をかけた。
補助を得たポチが左右にステップを踏んで揺さぶりをかけるが、彼は騙されてくれず飛びかったポチを組んだ両手で叩き落とす。直後に彼の背後から切り上げたベルナーク様の剣をギリギリで避け、追ってきた回し蹴りも軸足を払って無効化しました。バランスを崩したベルナーク様に肘を落として、おっちゃんはその場から飛び退き、二人から距離をとったようです。
ベルナーク様達の本気の攻撃を笑って軽くいなすおっちゃんは、本当に化け物です。
「フェル!」
「おう、お前も来ていいぞ」
ベルナーク様の命令を聞いておっちゃんは楽しそうに誘ってますが、フェル君はふるふると壊れたおもちゃのように頭を振って後退っておりました。
アルブルスの時にも思いましたが、上位野生種の彼をもってしても古代竜は相当恐れ多い相手らしい。
ガウッ!と鳴きながらポチが太もも辺りを狙って噛みにいく。その影からベルナーク様が飛び、上段から斬りこむ。避けられて土魔法を使おうとするポチの顎を蹴り上げ、ベルナークの剣の腹を殴ってとり落とさせて、そのまま手首を取ったと思ったら後ろに捻り上げて拘束しました。
一連の動きに無駄が全くない。加護以前の問題でした。
「坊主ー、道具と嬢ちゃんに頼りすぎて腕が落ちたんじゃねーか?真面目に鍛錬しろや」
「くっそ!離せっ」
「嬢ちゃんと話したいから一旦終了なー」
おっちゃんにパッと手を離されて、苛つきのままに殴りかかったベルナーク様は首裏に手刀を受けてようやく静かになりました。
ポチはあっさり引き下がり、私に擦り寄ってきました。彼の怪我の具合を確認して治療していると何やらエリュトロンが感心しています。曰く、精霊にはふつう人間の魔法が効かないそうなんです。……知りませんでしたよ。無知って怖い。
「嬢ちゃん竜医なんだろ?アレも起きない程度に治しといてくれや」
ズメウは分類竜種じゃないんですけどねと思いつつ、ハイと返事をしてベルナーク様の傷を治しました。
エリュトロンはフェル君に寄り掛かってくつろぎだしました。フェル君、今度は椅子の形になって固まっております。便利な子ですね。
「さぁて。俺たち古代竜はズメウにあんまり関わらんようにしてたんだがな……あんたらはこの事態を何処まで把握してんだ?」
「クシュ国のトアレグがギ族に占領された事とアーテルさんが完全に消滅された事くらいです」
エリュトロンはあっさり「そーか」で流しました。ちょっと予想外です。
「んじゃ転移門の方は?」
「それは何でしょう?」
「オイオイ。お前さんの大事なオシショーサマが飛ばされた門だよ」
そう言うと、何やら地面にガリガリと絵を書き始めました。
「……それは何でしょうか?」
デジャヴな台詞の気もしますが、実際に何だか解りません。
憮然として「地図だよ」と言われても、ちょっと無理がありましたので少々手を加えさせてもらいました。
「おー。すげーな。分かりやすい」
「……お役にたてて何よりです」
彼は更に五大古国を書き加え、ガツガツと各所に木を刺して地面を穴だらけにしました。
「元々気まぐれで色んな世界に通じたりするのが門っつーんだが……さて、今書いたのが地下世界ってのに向かって開いた地点だ。開いたのはどこも1回きりだが、この地の人間を楔に使ったことで土地に魔力が残ってる。何狙ってるか判るか?」
私は無言で頷きました。
「もう失われたはずの術なんだがな、複数同じ能力をもつ点の力を均等な魔力線で結ぶ事で力を増幅させるんだ」
「でもこれ、何ヵ所かは元々あったフラーウムの封じの拠点を利用してますよね?」
「ああ。だから……もうフラーウム自体は目覚めてると思うぜ」
「封じを解いて、何の増幅を狙ってるんですか?」
「……腐蝕の毒だろうな」
エリュトロンのおっちゃんに目を向ける。彼の金の眼は怒りを含んでいた。
「どうやら奴は俺たちごとここから排除したいらしいからな」
彼の怒りは一人に向けられている。誰だか分からないが複数では無い感じだった。
「だったらアンタもさっさと加護を寄こしやがれ」
ベルナーク様が起き上がって文句を言ってきました。治癒の漏れもなく不具合は無さそうです。
「調子はどうですか?」
「おー。意外に早かったな。でも今のお前らにゃーやれねぇよ」
何故なのかと聞いたら「弱いから」だそうです。さすが脳筋一族の生みの親ですね。
「俺は本気のアンタに一撃でも入れられる人間を知らねぇ」
「オルフェーシュだっけ?お前の元相棒。俺、アイツには昔爪折られたぞ」
おおっ、師匠凄い。
私は素直に感心したんですが、ベルナーク様は完全に不貞腐れてしまいました。
「今の私たちは、フラーウムとまともにやり合えます?」
「まぁ無理だろうなー。一瞬で消されんじゃね?」
……素直な評価を頂いた気がしますね。
「まぁ焦りなさんな。俺たちだってフレアブラスの『力の巡り』を解かれちゃ困るんだ」
「じゃあどうしろってんだ」
「サラを探せ。後、封じと強化に関する術を出来るだけ色々見つけてこい」
ベルナーク様は「分かった。また来る」というと私を引きずってフェル君に乗せてしまいました。
「あっ、あの、サラさんって」
「それは俺が後で教えてやる」
「まーたなー」
ひらひら手を振るエリュトロンのおっちゃんをその場に残して、ベルナーク様はフェル君を飛び立たせました。
この空を、場を覚えるようにくるりと一周すると、フェル君は補助魔法陣を作った空間を切り裂いて渡りました。何度かそんな空間を飛び越えて、タタールの王宮まで一気に戻ってきました。
フェル君の呼吸が荒く、疲労の色が濃い。私は心配になってベルナーク様に声をかけた。
「なんでこんなに強引に行くんですか?フェル君もヘトヘトだし、もうちょっと色々聞かないと……」
「アーテルを慕っていたサラなら異変を感じて絶対クシュに来てるはずだ。急がないと入れ違っちまう」
どうやらベルナーク様は、エル・アマルナさんと同様にサラさんの事も判るようです。
フェル君に指示し、アーテルの山の麓まで空間を渡ります。
端から端の国までかなりの短時間で渡ったので、いくら魔力量が多いと言われている黒龍でも流石に限界だったようです。山の麓に着いてすぐ私達を降ろし、彼は亜空間へと戻っていきました。
「フェル君はいつもああなんですか?」
「ああ。アイツは魔力が回復したら出てくるから大丈夫だ」
上位野生種を飼い慣らしている人はほとんど居ない為、彼らの習性を知る機会はほぼ無いに等しい。
今回の騒動が済んだら、暫くフェル君を借りて生態観察をやらせてもらおうと思いました。
「さて……。いないな」
「誰がよ」
アーテルの洞窟があった岩場の前で呟いたベルナーク様の声に颯爽と突込みが入りました。
「何暇してんだ?”黒の”エル・アマルナさんよぉ」
「エリュトロンに加護も貰えず追い返されたアンタに言われたくないわね」
くっと彼は言葉に詰まりました。彼は言葉の喧嘩には本当に弱いですね。この調子じゃあお嫁さん出来ても、気の強い方だったりしたらガッツリ尻に敷かれますよ?
「メル姐さん、サラさんを探せと言われました。後封じの術と強化についても色々見つけて来いと」
「サラ?……サラグラルの事?あの女生きてンの?」
「腐蝕の毒を強化する陣が作られているんだそうです。あと、フラーウムは目覚めていると言ってました」
「サラはどうでもいいわ。……アンタはウチの書庫に来なさい。魔道書なら色々あるわよ」
「!!!」
竜の書庫ですとっ!?嬉しすぎるっ。
彼らには基本的に収集癖があると言われているが、コレと決めた物に関しては人間のコレクターを遥かに上回るヲタクっぷりを発揮するのです。姐さんの魔道に関する拘りを知っているだけに、楽しみで仕方がありません。
「サラが先だ」
目をギンギラさせてソワソワしだした私の頭をベルナーク様は押さえつけました。相変わらずの握力に頭が割れそうです。
「アイツがアンタの”探知”にかかることは無いのか?」
「……あの女が私に見つかるようにしてるとは思えないわ。可能性があるならこの子ね」
そう言ってメル姐さんは私に思わせぶりな流し目をくれました。すごく色っぽいです。
「フィルと似た匂いがするから気にすると思うわ」
「そうか。じゃあ仕込んで見つけ出したら連絡をくれ。俺は別口を当たる」
頭の痛みが去ったと思ったら、ベルナーク様はメル姐さんの転移陣でどこかに行ってしまいました。
「んじゃ、まずはアンタの魔道知識の具合を教えてもらいましょうか」
くるりと振り返った姐さんは、不敵な笑みをその美しい顔に浮かべていたのでした。




