小話~ご主人様と飛べない僕
…………今日の運動も厳しかったなー……。
夕焼けの空を仰向けに寝転がって眺めながら、僕は全身の筋肉痛に襲われていた。おやつを摘まむ気力もない。
このところずっと、なんでか物凄く全身を動かさせられている。ご飯も、全体的に量が少なくされてて、ちょっと……いや、だいぶ悲しい。
「スフェーン、大丈夫か?」
ひょこっと、僕を上から心配そうに見つめる人がいる。ご主人様だ。
僕は大丈夫だとアピールするために、うんしょっと気合を入れて身体を起こした。
そうして腕をブンブン振り回したら、ご主人様はニッコリ笑って「さ、帰ってご飯にしようか」と僕の頭を撫でてから歩き出した。
嬉しくなった僕は、ピコピコと翼を動かして跳ねるようにご主人様を追いかけたんだ。
いつからこんなに身体が重かったんだろう。
僕は、気が付いた時にはいつもゴロゴロ寝転がってマグマグ常に食べてた気がする。
まぁ多分、この国に来てからだと思うんだけどね。
もともと食べることは大好きだったけど、ご主人様が僕のために美味しい物ばーっかり用意するからだよなぁ……。
嬉しくて食べまくった僕に罪は無い……と思う。たぶんね。
僕のご主人様はこの国の王子サマだ。
金髪碧眼で、人懐こくてはしっこい感じの元気な少年。最近魔法の練習もしてるって言ってたし、とっても優秀なんだ。
でもね、ちょーっとだけ変わってるところがある。飛竜と空が大好きなんだ。
この国では、魔法の話は結構聞くけど、飛竜というか竜族自体あんまり住んでないというか飼われていない。だから、普通に生活してたら竜に憧れるような環境では無いはずだったんだってサ。
一人っ子の彼は、3年くらい前に離宮で冒険してて迷子になったことがあったんだ。
で、いっぱい迷って高い木に登って帰る方向を確かめてたら、降りられなくなっちゃったんだって。
そこを通りすがりの飛竜のライダーが見つけてくれて、竜に乗せて降ろしてくれたらしいよ。
んで、ご丁寧にその人、離宮までご主人様を乗せて連れ帰ってあげたんだって。
普通空からしか見られない不思議な形の虹とか見せてくれたんだってさ。
ご主人様はそれで一気に竜と空が好きになっちゃったんだって。
それで、送ってもらったご主人様は興奮そのままにお父さんに竜を強請ったんだと。
お父さんも彼に甘いから買ってあげちゃった訳だよ、僕を。
うん、ようやく分かったかな?
僕は竜。種類は飛竜種のグイベルワイバーンっていうんだ。
名前はさっき聞いたから分かるよね?スフェーンっていうの。僕の身体が黄緑色で綺麗だからって言ってた。ご主人様が付けてくれたんだよ。
僕の種族は、グルメで有名。竜によっては食材の産地にもこだわるんだって。
癖が強いから飼いにくいって有名らしいんだけど、飛竜種の中ではすごく人族にとって乗り易いらしくて人気があるって言われてる。
その時ご主人様に空を教えた人が乗ってたのがグイベル種だったから、僕を選んだんだってさ。迷惑な話だよねー。
僕がその人に会う機会があったら、思いっきり噛みついてやらないとね。
お城の厩舎に着くと、ご主人様はまず僕を洗い場に連れてくる。運動の後はここで全身洗って綺麗にしてもらうのが日課なんだ。
ご主人様は王子だから、こういうのは本来お付きの人がやるのが普通なハズなんだけど、空を教えた人が僕との絆を作る為にも自分でやれって言ったらしくって、彼がやってくれる。頭から羽から尻尾まで、アワアワゴシゴシ気持ちいい。
自然とクルル…とノドが鳴っちゃう。幸せだ~。
最後にブワッとご主人様が魔法で温風を送ってくれて、全身を乾かしてくれる。
火と風の複合魔法だからコントロールが難しいはずなのに、ご主人様は難なくできる。火ってとっても加減が難しいらしいよ。僕は魔法自体使えないんだけどね。
「さ、おいで」
ご主人様に手を引かれて、お城に入る。
普通、竜って竜舎っていう馬の家みたいな所に居るもんだけど、ご主人様は僕を王宮内、しかも自室までも連れて入るんだ。
僕が大きくなったら外に厩舎を作ってくれるらしいけど、それまでは一緒だって言ってくれてるから気にしないでも良いかな?
ご主人様と一緒にお部屋に入ると、彼は一旦湯あみして着替える。家族でご飯を食べるためらしいけど、いちいち着替えないといけないんだって。王族って大変だよねー。
着替え終わったご主人さまは、僕を連れて食事する部屋に移動する。
移動の道は、僕の訓練時間。今日は手を取られてぴょんぴょんさせられた。必死で羽を動かすとあんまりジャンプしなくて済むんだけど、肩から胸の辺りがすごく筋肉痛になる。厳しいよご主人様。
ジャンプする気力が尽きた頃に、ようやく部屋に着いた。疲れたー。
いつもの、ご主人様の隣の席に登る。
「今日はこっち」
でも、ご主人様に抱き上げられてもう一つ隣に移動された。
えー?と思っていたら、見覚えのある女が僕の席にきた。僕の運動を指示した元凶女だ!
ガウウゥッ!と唸ると、女は目を瞬いていた。
「スフェーン君、ご機嫌悪いみたいですねぇ」
「貴女の為に席を移動したからかな?」
違うやい。コイツが来てから運動だったり食事制限だったりされたからだっ!
僕の思いを知らないご主人様と女は、悩んでいる。ご主人様には教えてあげたいけど、コイツには絶対嫌だ。
でもこの女は威嚇にも動じなくて、べちっと僕のおでこを叩いた。痛い。
その時、何か紙を貼り付けられたみたいで視界にちらちら紙の端っこが見えた。
指一本動かせなくて、悔しくてキュウと喉が鳴る。
女は僕の全身に魔力を流して何かを確認していた。暖かくて気持ちのいい魔力だけど気に入らない!
あ、でも身体が軽くなって筋肉痛が無くなった気がする。何でだ?
「うん、順調に筋力も上がってますね。殿下、この調子なら、きっかけがあればすぐ飛ぶと思いますよ」
「そうか。ありがとうアスラン!」
「ただ……もう少しだけ食事量を抑えましょうか」
「分かった。今日から控えさせる。それと私の事はロウファルと呼んでくれ」
「殿下、これ以上無理は言わないでください」
意地悪女、僕の楽しみを奪うな!ご主人様も止めてっ!
僕の声は届かず、その日の夕食はいつもの3分の2に減らされたのだった……。
翌日、午前中の従者さんと僕の訓練に、女が現れた。ご主人様は自分の勉強時間だから居ない。
今日は女が自分の契約竜を召喚した。真っ白な、とても綺麗なお姉さん竜だった。
僕はぽけーっと口を開けて驚いていたらしい。女が楽しそうに笑っていた。
「今日はスフェーン君も風に乗って空を飛んでみましょう」
そう言うと、僕を抱え上げた女が、白い竜のお姉さん――ムエザさんっていうらしい――に乗って空へ飛んだ。
グッと身体にかかる重力が無くなった時、もうそこは低いもこもこ雲の近くだった。足元にお城が見える。
「クワァァアーーッ!」
何でかムズムズして叫んでしまった。
クオォォーン!とムエザさんもつられて鳴いてくれた。すごく楽しい。
風はびゅうびゅう渦巻いてるけど、それさえも僕らを歓迎しているようだ。翼を広げようとしたら、女に止められた。今広げたら落ちるからって。そうかなぁ?
「うーん、じゃ、この角度なら広げて良いですよ」
女は妥協してくれたようだ。身振り手振りで広げて大丈夫な向きを教えてくれた。
ムエザさんが滑空に切り替える。僕もその背で翼を広げる。あ、浮いた!身体が浮いたよっ!!
ふわりと浮いた僕の両腕を、女がしっかり掴む。僕の翼では女までは浮かせられないみたいで、ここから飛ばされることはないようだ。
時々羽ばたくとバランスが崩れるけど、物凄く楽しい。空を飛ぶってこんなに楽しい物だったんだね。
ようやくご主人様が空に憧れた気持ちが本当に分かった気がした。
地上に戻った時、運動場には何故かご主人様が仁王立ちで立っていた。
何だかもの凄く怖い。僕は女の影に隠れてご主人様を見た。
「アスラン、何で僕のいない時にそんな楽しそうな事をしてるんだ」
「申し訳ありません殿下、午後には戻らないといけないので、つい」
「…………もう一回、私も乗せて飛んでくれ」
「承知しました」
「あといい加減名前で呼んでくれ」
「そちらは次回まで検討させて頂きます」
女は、こんどは風魔法を展開させてからまた空へ戻った。
さっきと同じく、安定飛行になってから僕に羽を広げるように言う。
今度はご主人様が僕の手をしっかり掴んだ。
ふわりと浮きだす身体。く、とちょっと翼の角度を変えたら、グンと身体が空に引っ張られる。
ご主人様は女より軽いから、彼の体も少し浮き上がってしまった。
「スフェーンっ!」
「殿下!絶対手を離さないでくださいね!」
とっさに女がムエザさんに指示を送って、さらに風魔法であたりを調節したから無事に戻れた。あーびっくりした。
ご主人様もビックリしてたけど、でも凄く嬉しそうだった。
「スフェーン、空は楽しいな」
そうだねって意味でクワッ!と鳴いたら、一杯撫でてくれた。
地面に戻ってからも、僕は嬉しくて一生懸命羽ばたいた。相変わらず身体が重くてぴょんぴょんしか出来ないけど、さっきのふわっとした感じをもう一度味わいたかったから気にならない。やる気って大事だね。
「うん、もうすぐですね」
「ああ、次回アスランがここに来る時には飛んでるだろう。楽しみにしててくれ。そして私を名前で呼んでくれ」
「それはいい加減諦めてください」
ご主人様も僕を見て嬉しそうにしてる。ご主人様が嬉しそうだと僕も嬉しい。
それから昼ご飯前に女は帰っていった。ムエザさんは後ろ姿もすごく綺麗だったな。
僕はほんのちょこっとだけ女を許してやることにした。
でも……ご飯減らされた恨みは忘れないぞ!食べ物の恨みは恐いんだからなっ!
僕は飛竜種グイベルワイバーンのスフェーン。
まだドラゴネットだし身体が重くて飛べないけど、そのうちご主人様を乗せて空を飛ぶんだ。楽しみだな。待っててねご主人様!




