48.エル・アマルナの正体
ベルナーク様に追いついた時、私は現状がよく理解できませんでした。
ムーちゃんに、何故かフェル君が付き添っていたからです。
……心配で出てきちゃったんですかね?
「……………フェルニゲシュ」
ベルナーク様の地を這うような怒りの滲んだ声にビクッ!とフェル君が跳ねました。
彼らはお互いに目を合わせたまま、しばし無言の時を過ごしておりました。
私らまでこの茶番に付き合う必要はありません。なので私は、やるべき事を進めるのみです。
「ムーちゃん、ハーヴに連絡をつけてください。場所を教えてもらって皆で向かいましょう」
クゥと小さく鳴いた後、彼女は暫く虚空を見つめておりました。そうして私に向き直り、スリと頭を擦り付けてきます。さすがムーちゃん、仕事が早い。
「ベルナーク様、フェル君、ハーヴの居場所が分かったので行きますよ」
行きますよと声をかけたのに、二人とも動きません。
ベルナーク様は殺気を放ってるし、フェル君は脂汗ダラダラだし。あ、竜は汗なんてかかないから比喩なんですけどね。
面倒なので遠くからベルナーク様を投げ縄で捕らえました。勿論、綱を魔力で力一杯強化して視覚阻害と遮音と気配遮断をかけて魔法で操作して一瞬で、です。
油断してたのもあるのでしょうが、彼を捕らえることが出来るのは凄いことなんですよ。師匠もきっと誉めてくれるでしょう!
「アスランっ!何しやがる!」
「今は時間が惜しいんです。行きますよ」
「主人に逆らう竜の躾をしてて何が悪い」
「……時間が悪いです。後にしてください」
まだ何か言ってますが、本当に面倒なので加護札で封竜と不動の呪も重ねがけしました。
フェル君にはついてくるよう言って、ベルナーク様はムーちゃんに持ってもらって移動です。
「……アスラン、後で覚えとけよ」
「ここ何回かのお手伝いやらフォローのツケをきっちり返して下さったら頭に入れときます」
「おまっ、俺が今までどんだけオルの仕事をお前に回さねぇようにしてると思って……」
「師匠にもそんな事言われてないから判りませんよー」
くだらない言い合いをしながら山を下り麓の辺りに来た時、ムーちゃんは下降しました。
木々に紛れて地に降り立つと、間髪入れずに琥珀色の小鳥が私の腕に止まりました。
手のひらを差し出すとそちらにちょんと乗り、ふいっと琥珀のネックレスへ変化しました。前にキア様に渡した物です。
「遅かったな、心配したぞ」
「すみません、結構大変でした」
「……勝手に追ってきて大変はねぇだろうが」
「探さなかったら今頃冷たくなってるか捕まってるかだと思いますよ?」
ここまであからさまに言われて、流石のベルナーク様もぐっと呻いて黙りました。
女性に口で勝とうなんて半世紀くらい早いですよ。
私とベルナーク様のせいで場の雰囲気も険悪になってから、ようやくハーヴが間に入って話を切り替えてくれました。
「アーテルには会えたのか?」
「ええ。会えたんですけど……」
言葉に詰まった私を見て、ベルナーク様が説明を引き継いでくださいました。
この人も切り替えが早いですよね、嫌いじゃないですこういうトコロは。
「アーテルは……完全に消滅したらしい。エル・アマルナに黒の能力を継がせると言っていた。あいつを表舞台に引っ張り出す必要がある」
「それは何者なんですか?」
聞いたことの無い名に皆が頭を捻る。
「……アスラン、お前が喚べ。今のお前になら強制で喚べるだろう」
ベルナーク様はいやに自信ありげに言いますが、私はその方を知りませんよ?
首を捻っているとベルナーク様は目の前にやって来て、おもむろに私の首元の釦を外し始めました。
イキナリな行動にパニックです。顔を真っ赤にして固まっていたら、首にかけた革紐を引っ張られて胸元から牙のペンダントヘッドが飛び出ました。
彼は牙に触らないようにしてみんなにそれを見せます。
「コイツだ」
「セクハラ反対ーーッ!!」
「おわっ!?」
「「ベルナーク様っ!!」」
風魔法を最大まで掌に貯めて力一杯どついた私は決して悪くないと思う。
「名前を一言言えば済んだ話じゃないですか」
「悪かったって。言いたくなかったんだよ、色々あって」
「お主は……あやつには二つ名も別名もあるではないか」
「だから言葉にするとバレるから言えねぇんだよ。ホントに」
「ベルナーク様、それでも未婚の女性に無体を働く理由にはならないですよ?」
「だー、もぅ。俺が全面的に悪かった。もうしない」
「古代神聖語の『誓約』をかけますから誓ってください。それから――」
「アスラン」
ベルナーク様をひたすら問い詰めていた私の頭を、ハーヴが後ろからポンポンして宥めてきました。
くるりと振り返り、ハーヴを見上げます。
「大丈夫だから。あの人を喚んでくれるか?」
「はい」
私は素直に返事をして皆から少し離れ、牙を手に取り召喚術を口ずさみました。
術を紡ぎ終える前に、ふわりと柔らかい光の玉に囲まれる。最後の一文を言葉にすると、光は弾けて消えました。
「ベルナーク、全部聞こえてたわよ」
「……地獄耳め」
「ヘタレの血を引くアンタに言われたくないわ」
「メル姐さん、本名がエル・アマルナさんだったんですか?」
「色々あンのよ。説明できるところはしてあげるから、今まで通りメリュジーヌ様と呼びなさい」
そう言うと姐さんはここを大きく結界で覆い、机と人数分の椅子を出して我々を座らせました。
こういう無駄な召喚に魔力を使う姐さんはホント凄いと思います。
姐さんの知る、竜族がこの地に住めるようになった理由とは、アーテルの所に居た緑の竜とトアレグで拾われた双子の片割れが古代竜の力を繋いで浄化の術を巡らせた事によるらしい。分析しようにも古代竜達は別格すぎて理解できなかったし巡りの術式は消されて解らなかったのだと、悔しそうにしてました。
ズメウの先祖である火竜や自分は、ギ族が出てきてからそれらに本格的に巻き込まれたのだと言ってました。
「つまり………お前も古代竜並みに生きてるんだな」
そう要らぬ事を茶々入れたベルナーク様は、途中退場で強制タタール送りにされましたよ。当然ですね。
「それで?トアレグを取り戻したとして、どうすンの。あいつらはまた拠点を作るためにどっか攻めるわよ?」
姐さんは色々説明をしてくれた後、面倒臭そうにそう話を締めました。
私たちのボスはベルナーク様なので、困ったことに誰も答えようがありません。
「メリュジーヌ様、申し訳ありませんが意思決定は総領であるベルナーク様ですので、私達では…」
「んじゃアスラン、加護を貰ってんのはアンタなのよ。アンタが決めちゃいなさい」
「えー。決めろって言いながら誘導してるじゃないですか。先に赤の古代竜に会ってこいって事ですよね?」
「そうよ。あの方は面白いことに目がないから、国境を越えたらすぐにでも現れるわ。ベルナークを連れてったら確実ね」
私はぱちくりとゆっくり一回瞬きしました。
「ズメウ始祖の火竜の親御さんでしたっけ、エリュトロンって」
「そ。しかもベルナークはイーリィにホントそっくりだし……」
イーリィさんとやらは恐らくイーリアスウェイル様の事でしょうね。そういえば似てるって他の古代竜方も言ってましたっけ。
その時私は自分の世界に入っていたため、その後の「だって逢っても無いのにアンタ達を補助してたでしょ」という呟きは聞こえませんでした。
「でも、トアレグを放置してても大丈夫なんですか?」
「大丈夫よ。アンタ達が2回に渡って削ったから、あっちも暫く補充に忙しいんじゃないかしら」
ああ、1回目はともかく、2回目は上空から見渡す限りに居ましたしねぇ。
改めて……よくご無事でしたね、ベルナーク様。
「気になるならこっちは私が引き受けるわ。どうせもうすぐクシュ国に縛られるしね」
「……国に縛られる?」
ハーヴが不思議そうに呟いたのを見て、メル姐さんは呆れるわね、と嘆きました。
「アンタ達本っ当に勉強不足よ。五大古国の位置位は判ってンでしょう?」
大陸中央の土気を中心に正しく四方に配置された国、それが五大古国です。
私達は相剋の巡り順で動いていましたが、祭事はなどは相生の順で行われます。
「安全な『箱庭』を保つには目印になる柱が必要なのよ。私達は長く生きたわ。そろそろ還元する側になってもおかしくないでしょ?」
「メル姐さん……」
「腐蝕の毒はそれだけ私達竜の棲む世界を蝕んだのよ。……私はギ族を許さないわ」
いつもは色っぽいだけと思っていた彼女の目は、いつの間にか深く暗い熱を宿してました。
そうして、おもむろに右手を私に向けてきました。
その掌には小さな魔方陣。
プラズマが走っているところを見るに稲妻の陣らしいですが、桁違いの魔力と緻密な構成型から作られる魔法の威力は押して知るべしです。
「……私がギ族ですか?」
「何アホ言ってンのよ。……キーヴァ!キーヴァルレイン!!いい加減出てきなさいよっ」
怒鳴る姐さんに呼応して、雷がその触手を伸ばします。
私達は慌てて彼女から遠ざかりました。っていうか、皆も私から逃げました。犠牲者は私だけにするつもりだな!皆酷いっ。
「出てこない気なら、アンタの媒介焼き殺すわよ」
"相変わらず短気な女だな。小娘が刈られても他にも控えがあるから構わん。好きにしろ"
背筋が凍りつくようなゾロリとした瘴気を放ちながら、私の後ろからキーヴァルレインが現れました。
メル姐さんはチッ、っと舌打ちしながらぐしゃりと陣を握り潰した。
「あいつらの次の狙いを教えなさい」
"黄のフラーウムを覚醒させる事以外は知らぬ"
「なら何でアーテルを完全に消したの!」
”あれも封じの一角だ。動けぬ古代竜なら狩れると踏んだからだろう。”
「……アタシを表に引っ張り出したコトを後悔させてやるわ」
「あ。そういえば……バルストロードとかいう人に、まだシ族がいたんだなとか言われましたよ」
白熱する二人を眺めていようかと思ったのですが、気になる事を思い出してしまったので口を挟んでしまいました。
「……はッ!?バルストロード!?」
”シ族だと!?”
二人してバッとこちらを振り返ります。口にした内容は別ですが、どちらにしても口論を止めるほどに相当衝撃的な話題だったようです。
「バルがここに居るの!?どこまでの奴らがこの世界に居るのよ」
”裏切り者どもの全てだと思え。あいつが居るなら無駄な動きはすまい。次はクルージュだろう”
「じゃあやっぱりクルージュの封じ潰しを止めるのが先ね。アスラン、ベルナークに伝えなさいよ」
”我は召喚の陣の流れをつきとめよう”
よく分からない間に方向性が決まりました。相変わらず流されまくりですが、指導者が飛ばされて居ないのですから仕方ないですよね。
「わかりました……とりあえず私達はカーボベルデ国にエリュトロンの加護を貰いに行きますから、お二人とも後はよろしくお願いしますね。ってか、タタールまで送ってくださいお願いします」
まだまだ夫婦漫才よろしく揉めたそうな二人に付き合う気にはなれず、私はその場から逃げ出す算段をしたのでした。




