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47.黒のアーテル 泡沫の願い


 辺りを黒で染め上げるほどいた魔物の群れを殲滅させた緋色の竜は、私の側に降り立ってすぐに力尽きたように地に頭を落としました。ズンと音を立てて落ちた頭に走り寄ったのですが、その姿はふいと消えて気絶したベルナーク様が俯せになっていました。全裸で。

………俯せで良かったです、仰向けだったら見捨ててたと思いますホントに。

仕方がないので私の外套を掛けておきましたが、サイズが違うため全身は隠しきれませんでしたね。まぁ後は彼が起きたら考えましょうか。


 改めて周りを確認しましたが、だいぶ山から離れた平原で目立つようにしていたようです。本気で囮になるつもりだったんでしょうね。援軍も予定していないのにコレですから、ズメウの未来は大変そうです。

 休憩するにしてもここではあまりにも無防備なので、この辺りに村が無いか地図を確認して移動することにしました。

気絶しているベルナーク様は、ムーちゃんに外套で包んでもらって両手で掴んで運んでもらうことにします。流石に私には背中まで引っ張りあげられませんでしたしね、必然です。



 少し離れた国境沿いにある小さな村に落ち着いた私たちは、ようやくハーヴ達に連絡を付けることが出来ました。この村に竜種はいなかったので、感謝を込めて人や家畜の医療は面倒見ますねとお伝えしたところ、手の空いた順に診てもらいにきますと言われました。ちなみに、今のところどなたもいらっしゃいません。皆さん健康で何よりです。

 村長さんにお話ししてお借りした部屋のベッドで昏々と眠るベルナーク様を看ながら、先ほど村人と窓辺でやり取りを致しました。村の人たちにとってリントヴルムは馴染みのある野生種だったのですが、私が竜医を名乗ったので「専門家が扱うと使役種と同じようになりえるのかも」と受け入れてくださり、今彼女は牛馬のいる厩舎に一緒に入れて貰って大人しく休んでおります。


 そうそう、戦闘が済んでもしばらく発動し続けていた加護付き札による竜の力を開放する陣ですが、この村を見つけて安心してしまったのか私の意識がちょっと飛んでしまいあっけなく解除されてしまいました。あれだけ札を大盤振る舞いしただけに、あの程度の時間だったのは結構ショックでしたね。

とりあえず、次はもうちょっと頑張ります。ハイ。


 それから私もゆっくりさせて貰ってちょっとだけ仮眠をとらせて頂きました。そろそろ夕食の時間になると思われる頃になって、ベルナーク様はようやく目を覚ましました。

ぼーっと天井を眺めた後、隣に座る私を見つけて身体を起こされました。起きる際に痛がる様子も無いので、身体に問題はなさそうです。


「…………ここは?」

「ご無事で何よりです。身体は大丈夫ですか?ここはクシュの国境沿いにある村です」

「竜化したのは覚えてる。連中を追い払えたんだな……」

「ええ。1人空間を渡って逃げられましたが、それ以外はベルナーク様が殲滅なさいましたよ?金色の炎を吐いて」

「………全然覚えてねェ」


頭痛がするのか頭をガシガシ掻いて唸っておりますが、診ても怪我も無いのでどうにもなりません。


「頭痛、具体的に説明下さればどうにか痛みくらいは取れるようにしますけど……」

「違ぇ。気にすンな。……ところで服は?」

「破れちゃったんでしょうね。着てませんでしたよ」

「………………。」


ベルナーク様は物言いたげにこちらを見つめてきましたが、私に詳細を聞かれても困ります。

とりあえず外套を貸したことと、村についてからは村長の息子さんに服を借りて着せてもらったのだけは伝えました。淡々と説明したのが気に入らなかったのでしょうか?むくれております。


「お前ってさ、本当に年頃の娘なのか?」

「一応ギリギリ10代ですよ?人間年齢で」

「おかしいだろ」

「おかしいですか。そうですか」

「普通何かあるだろ」

「んー。広背筋凄いですよね。強いて言えば上腕三頭筋は師匠より弱そうでした。返しを強化するのと怪我しにくくするためにも鍛えた方が良いですよ?」

「あー……ソウデスカ」


はぁー……と深いため息をつかれても困ります。照れれば良かったんでしょうか?面倒なので、聞かなかったことにして今後の説明をしました。ルフはやはり魔物にやられてしまったとの事なので、明日は隠形おんぎょうをかける事とムーちゃんに二人乗りで行く事は確定しました。そうして気になる事を思い出しました。


「ベルナーク様、シ族の力とは何でしょうか?」

「今回の俺に当てはまるとしたら、魔毒とそれからできた魔物を完全に消し去る浄化の力だ。ただ気になったのは、あの場には古代竜の青や白みたいな気配だけじゃない何かが居たことだ。……あそこにはお前らしか居なかったよな?」


確かに、私に組み方を教えてくれた誰かは古代竜の気配に近かった気がします。でもそれだけじゃなくて、その誰かは、青と白の力のコントロールも教えてくれましたし、それらの力の混ぜ方も知っていました。それはその人が過去に同じことを体験したからスムーズに出来たのだと、そう思うのです。


「だけど、何であの時あのギ族は私の方を見てシ族とか言ってきたんでしょう?」

「さぁな。つーか、竜化して思ったんだが………古代竜は竜族じゃあないのかもな。いや、竜の始祖だから一緒に見てはいけないんだが、彼らとシ族は……同種だったりするのかもしれないぞ」


ぼそりとベルナーク様は呟きました。

古代竜とシ族と聞いて、何故か思い浮かんだのは緑の竜と彼女。

彼女たちこそ、そうだったのではないだろうか。

……アーテルから彼女たちの事を聞くことは出来るだろうか。

この晩、私は期待と不安であまり眠れませんでした。



 翌日は曇り空の天気でした。完全な曇りではない、所どころ下が見え、空を飛びながらも隠れて行動するのに適した天気です。

朝イチ何人かの村人とその家畜の診察を行いましたが、恩を返しきれてないと思えたので幾ばくか手持ちの魔具を贈りました。

村の人に改めて感謝しながら、私たちは飛び立ちました。


雲の上、あまり高く飛ばずスレスレの所を巧みに操るベルナーク様は、やはりとても腕の良いライダーです。

いつ乗せてもらっても、彼の指示の微妙な匙加減や対応の速さには驚くばかりです。


「ベルナーク様はどうやってこの加減を学んだんですか?」

「ん?実践あるのみだろ?」

「……天才肌って嫌味ですね」

「待てよ。お前と俺では体格から何から違うんだ。同じにやってできる訳ねぇだろーが」

「それはそうですけど……」

「お前はそこいらのライダーなんか目じゃねェ程腕が良いんだ、それは保証してやる。でも一番はムエザがお前を信頼してる事だ。こいつのやり易いように動ける方が大事だろ?」

「……そう、ですね。すいません。」


考えながら謝ったら「気にすンな、がんばれ」と頭をがしがし撫でられました。痛い!

頭が鳥の巣になってしまったので髪紐を解いて縛り直しました。

今更ながらこの半年で6、7センチは伸びたので、願掛けのためとはいえ鬱陶しいです。サッパリしたいので、師匠早く帰ってきてくださーい。


そうこうする内に、昨日見た山の麓まで無事にたどり着きました。

昨日の攻防が効いたのか、今のところ何事もなく静かです。


「さて、ちょっと操作代わってくれ。探ってみる」

「了解です。適当に飛びますね」


手綱を受け取りムーちゃんへ指示を与えます。彼女は指揮が私に代わったことを感じ取ってくれ、短く鳴いて了承を伝えてくれました。

ベルナーク様は腕をだらりとリラックスさせた状態で、半眼になって集中しだした。

彼は外というより内に意識が行った感じでしたので、私はなるべく傾けないように山肌に沿って静かに滑空することにしました。

どれくらい経ったでしょうか、後ろから手が伸びて手綱を取られました。


「おかえりなさい?」

「こっちだ」


 すいと先ほど通った渓谷へ入り込み、そこからさらに奥に進みます。いつしか崖と崖の細い通路のような所に入り込み、そこを抜けたところで何かの結界に侵入した気配を感じました。

アルブルスの社で感じたような竜の気配がありますが、あれよりもだいぶ柔らかくて暖かいので昨日感じた気配のひとりに近い。


「アーテルの聖域だな」

「あの辺りでしょうか?」

「ああ。降りるぞ」


 なだらかな丘陵きゅうりょうのその先に、剥き出しの岩で造られた洞窟がありました。

ここにきて、ようやく私にもはっきり水の気配が感じられました。今になってはっきり判りましたが、これは私の感じた昨日の誰かでは無いようです。どうなっているのでしょうか。

ムーちゃんは、洞窟の前にふんわりと降り立ちました。彼女を自由にして、ベルナーク様と二人で洞窟へと向かいます。


 広い入口から光が届かなくなる程深く長いここは、竜の気配があるのに何もありません。両側の壁が照明も無いのにぼんやりと輝いている為明りの必要は無いのですが、師匠の部屋のように色々な感覚がおかしくなるような感じがして少し怖くなりました。


「失礼してますー。古代竜、黒のアーテル様いらっしゃいますかー?」


思わず声をかけてみましたが、私たちの足音と同じく反響するだけで何の変化もみられません。しばらくはお互い無言で歩きましたが、気が付いたらベルナーク様は立ち止まっていました。


「空間がねじれているぞ」

「は?」

「加護札使ってこの空間を解呪してみろ。俺の言っていることが分かるから」


やれと言われたらやるしかありません。使い慣れた青の加護札に空間解除の呪を乗せて地に放ちます。すると、なんの抵抗もなくぐにゃりと景色が歪み、行き止まりの小部屋に変化しました。

 奥には青く輝く透明な水が湛えられ、その中に台座のような大きな岩がありますがやはり何の気配もありません。

私はベルナーク様を振り向いて声をかけました。


「………ベルナーク様、やっぱり――」

”還ってきたのですね、運命の渡りよ”

「…………アーテル……」


ベルナーク様の声に急いで前に視線を巡らしますが、台座の岩の上には何も見えません。いえ、正確には静謐せいひつな水のがする黒い霞がありました。


「貴女は………もしかして、もう実体が無いのですね」


ベルナーク様が呆然と呟きます。


「昨日俺の先祖の、竜の声を聴きました。フラーウムを止めるために、フレアブラスを助けるために貴女を犠牲にした、と」

"いいえ、それは私が自ら望んだこと。フィルは全てを話してくれました。私たちは運命を享受しただけなのです"


 フィルバートという名の彼女は、未来が見える巫女だったらしい。

彼女は運命を変えようと抗ったが、変えられなかったのだとアーテルは教えてくれました。

未来とは、太い一本の綱であって木のように分岐しているものではないらしい。彼女の葛藤もまた必然だったのだと語る声は、感情を感じられない凪いだものだった。

その上で、アーテルは私に問いかけてきました。

私の中にも彼女と同じ未来を見る力があることと、今ここで覚醒出来るものだということを。


”貴女が望むなら、能力を解放することが出来ます。この機会を逃したら、恐らく覚醒することはないでしょう”


向こうが透けるほどの揺らぎをみせる霞となったアーテルですが、それでも我々人間よりは遥かに能力が高いのだろう。憂いを帯びた金の瞳だけが静穏な水面みなものようだった。

………この眼を、私は見たことがある。そんな気がする。

――ふと。私の記憶の奥底で、懐かしい誰かの、未来視に対する嘆きが聞こえた気がしました。

目をつぶり、一つ深呼吸をする。そうして決意を新たに目を開けて宣言しました。


「私は、知らない事で動ける可能性を無くしたくありません。このままで大丈夫です」

”ふふっ。貴女ならそういうと思ってましたよ。私の思念はこれで消えますが、私の能力はエル・アマルナへと継がれます。加護とトアレグの浄化は彼女を頼りなさい。しかし、本来私たちはズメウや人族に干渉することは良くないので、今回の件は例外と捉えてください”

「アーテル……エリュトロンへ伝言は?」


ベルナーク様が少し困ったように声をかけてきました。

古代竜 赤のエリュトロンが何故この場に関係するのでしょう?分かりませんが、ベルナーク様がとても大事そうに言っているので黙って聞くことにしました。


”愛しています、ありがとう。そう伝えてください”

「……置いていくんだな」

”フィルの未来視を聞いた時から決まっていた事です。あのひとも、ね”

「伝えておく」


アーテルは顔を上げ、再び私を見ました。時が近いのか、彼女は先ほどよりも薄く儚くなっていました。


”ベルナーク、アスラン。貴女方の未来に清浄たる加護を。気を付けてお行きなさい”


そう言い終えると、アーテルはこの洞窟ごと、幻の様に消え去りました。

我に返った私たちの目の前には、だいぶ昔に崩れたと思われる洞窟の入り口と、一枚の黒く輝く鱗があるのみだったのです。


「幻、だったんでしょうか」

「いいや。アーテルはここで俺らを待ってたんだ」


言いながら、黒い鱗を手に取ったベルナーク様はそれをじっと眺め見てため息を零されました。

どうやら彼には次回訪問する予定の赤のエリュトロンへの伝言が重くのしかかっているみたいです。


「……未来視、欲しかったですか?」


彼のあまりのへこみ具合に思わず言ってしまいました。


「いンねぇよ。見てもどうしようもならないんなら、見えねぇ方が幸せだろ?」

「ですよねぇ」

「いらねぇ心配をすんな。大丈夫だ」


そういうと、なぜか頭を撫でられました。幼い子供に戻った気分になって、ちょっと恥ずかしくなったので、ベルナーク様の手を掴んで力いっぱい外しました。


「ところでベルナーク様はエル・アマルナさんをご存じで?」

「ああ………」


照れ隠しについつい話題を振ってしまったら、ベルナーク様は言葉に詰まって苦い顔をしてしまいました。


「……お前も知ってる奴だ。トアレグ攻略で嫌でも会うから今は聞くな」


話はもうお仕舞だ、と、彼はムーちゃんを探しに行ってしまいました。

そこまでこの人が嫌うエルさんとは、一体誰なんでしょうね?

私も、疑問に思いながらもベルナーク様を追ってムーちゃんを探しに行きました。




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