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46.追われて、逃げて


クシュ国の北にある氷原地帯とを分ける剣のような鋭い山々は、その昔堕ちた神を貫いて殺したという伝説がある。遠目に見る分にはそこまでの厳しさを感じなかったのですが、恐ろしいほどの静謐せいひつな気配を漂わせていました。


私たちは3匹の竜と先行するハーヴで編隊を組んでそこに向かっています。

先頭をハーヴ、向かって右にウーヴェ様とキア様とワイバーン、左に私とムーちゃん、後ろをベルナーク様とルフだ。

飛竜で構成した訳は、斥候の眼である鳥対策だ。今回はどうしても機動力を優先する必要がありました。

場合によってはバラで行動する事になりかねない為、お互いを補える種の選択になったのです。ベルナーク様は本当はフェル君が良かったんでしょうけど、無理してアーテルの機嫌を損ねても困るから仕方がありませんが我慢してもらいました。


トアレグを大きく迂回する形で進路をとっていたのですが、やはり奴らに遭遇してしまいました。

前方に3羽の鳥らしきモノがいる、と先頭のハーヴから揃いのイヤリング型魔具で報告を受けたが、私の視界に入った時には2羽になっていました。先頭を行っていたハーヴがいち早く1羽を落としたらしい。


「右のをやる」


短く一言だけ残して、ベルナーク様はロールして離れていく。鳥が馬鹿にしたようにその場で羽ばたいた隙に、加護札で増幅された風魔法を開放したルフは一瞬でその距離を詰めました。

それに慌てて身体を捻って躱そうとした鳥を、ベルナーク様は一刀のもとに斬りすてました。


ハーヴと対峙していた最後の鳥は、逃げ道をウーヴェ様に阻まれ仲間を切り捨てた後のベルナーク様に下から迫られ、気が散ったところをハーヴの槍が止めを刺しました。


「急ぐぞ」


手筈通り、留まることなく急いでその場を離れる。

そういった鳥を3度ほど撃退し、目的地である峻厳な山々が目の前に迫ってきた頃、ベルナーク様が大軍に追われていることに気が付きました。相手にはこちらの姿がもう見えていたのでしょう、真っ直ぐ飛んでくる姿に躊躇いが見られません。我々は飛び続けながらも決断を迫られました。


「どれくらいいるのでしょうか?」

「さぁな、飛行部隊だけな事を願うが。始めに話した通り、なるたけ俺が引きつける予定だが、残りはお前らで均等に分けて各個撃破しろ。合流は魔具で知らせる」

「………ご武運を」


ベルナーク様は、らしくねぇ事はいうな、と苦笑して離れました。そうして反転、彼は群れて飛ぶ連中のど真ん中に飛び込んでいきました。

相手がベルナーク様を迎え撃つ直前、上方から烈風が吹き先頭の連中の頭が軒並み切れ落ちました。ハーヴの仕業です。

もうそこに混乱を引き出したハーヴの姿は無く、ベルナーク様の特攻で飛行部隊の連中はちりじりになりました。

散った中の大きめの纏まりに、ムーちゃんが氷焉魔法陣を最大サイズで展開して凍らせ、砕く。

ウーヴェ様も上方から槍で攻撃を繰り出し、相手が水に還っても大丈夫なように避けながら危なげなく個々を刈っています。

初期の接触では飛竜たちも含めて誰も怪我無くいけたので、ある程度追っ手の数を減らしてから私たちは4方向へ散りました。



私は麓の森を抜けて岩場を目指しています。追ってくるのは鳥と黒い皮膜の翼を持つ人型の2体です。

ムーちゃんの魔法は少しばかり発動に時間がかかる為、その場に留まった時にしか使えませんし動きの速い相手には向いていません。意外とピンチです。

風魔法を纏って切り立つ岩場を右に左に飛び抜けておりますが、それでも相手の方が飛翔能力が高いようでじりじりと追い付いてきました。後方を鳥に、上方を人型にとられ、仕方なく目の前に迫る岩場を使って反転を試みる。ぶつかる程の勢いで岩に向かい、その岩壁を掴んで一気にかかる重力に耐えます。壁を蹴ってターンをする要領で再度飛び立つ。その瞬間に合わせて、私が加護札で風魔法を使い爆発的な追い風を作りだす。そうして鳥を真正面に捕らえることに成功した。

ムーちゃんの爪が慌てる鳥の身体を捉えて傷つけ、動きの鈍ったところを魔法で凍らせて砕きました。残りは人型です。


人型は上空からの追跡を諦め、後ろを追ってきました。私たちはより山奥へと逃げ込みます。

いつの間にかだいぶ高地へ来てしまったらしく、背の高い木が無くなり低木が目立つようになってきました。

木に隠れることも出来なくなったため、ようやく留まって戦う決心をつけました。


手数を増やすため、私はムーちゃんから飛び降りポチを喚ぶ。

私がポチの上に落ちたタイミングで、ムーちゃんは奴の両側に氷魔法陣を時間差で出現させました。

氷の槍が陣から出る前に、人型はムーちゃんの正面に飛び、持っていた槍で突きにくる。

ムーちゃんは身体を捻ってそれをかわし、カウンターで噛みつきにいきましたが避けられて柄で首を強打されてしまった。

バランスを崩して落ちてくるムーちゃんを私は風魔法で保護し、その風に乗せて捕縛の呪札を人型へ向けて飛ばす。

札は躱されましたが、それで奴の気が逸れ、体勢を立て直したムーちゃんの魔法を背面に食らって翼が凍った為に落下。

奴は背から地面に落ちて、翼は氷ごと粉々になりました。奴はすぐに跳ね起きると、痛みを感じる素振りも無く今度は私に向かってきました。が、私のところに槍が届く前に上空から直滑降してきたムーちゃんの爪が奴の背を深く切り裂き、水に還すことに成功しました。


私は戦闘の余韻から身体が落ち着くまでしばらく待ってから、魔具を使って皆に無事を知らせました。

ウーヴェ様とハーヴにはすぐ連絡がつき、お互いに合流地点へ向かおうと伝えることが出来ました。

………ベルナーク様はどうしたのでしょう?一番安心してみていた人だっただけに、不安がおりのように残ります。それでも、まずは合流が先だと考えを切り替え、再び空へ飛び立ったのでした。


合流した私たち三人は、森の中で結界を張って気配を隠しながら今後の捜索範囲を話し合いました。

先ほどの襲撃では、私だけでなく二人にも黒い皮膜の翼を持つ人型がついて来ていたようです。連中の規模がだいぶ大きい。


「……良くない傾向ですね」

「恐らく奴らもこの地を探ってるんだろうな。鉢合わせになりかねない中で単独で動くのは危険すぎる」

「空は目につきやすいですしね。アスラン様、ハーヴ殿がお持ちの隠形の魔具のような術はどれ位保ちますか?」

「ええと、アレは音は隠せない上に居ると思われるだけで術が解除されちゃうんです。魔具で消音の物と視覚阻害を共にお渡ししますね」


隠形は、性質上人が多いとあまり意味が無いのでどうしようもありません。

そうして私たちは魔具を揃えて個別に行動することになりました。

皆がそれぞれに去った後、私はムーちゃんに言いました。ベルナーク様を見つけだして全力で暴れてみましょうか、と。



高く高く、いつも飛行する空域を遥かに超えた上空から地上を見ています。

初めて見る高さの空は何処までも美しく澄みきっている。それにしても、私たちには複数の風魔法、保温と気圧保持などの魔法を掛けているにも関わらず、感じる空気はあり得ない位に冷えていて薄い。空は容赦がありません。美しくも冷たい、生物が居てはいけない空間のようでした。

アーテルの棲む山の山並みは勿論ムーちゃんたちの住む氷原地帯の終わりまでもが余裕で見わたせる高さには、私たち以外何物も存在しない。補助魔法の重ね掛けと能力の高い竜無しにはここまで上がれないであろう聖域なのだ。

こんな上空に私たちが来た理由はただ一つ、広域に使用する事で効果が高まる魔法を発動させるためでした。


「ムーちゃん、力を……貸してください」


5枚の加護札をかかげ、術を唱えて5方向へ均等に配置。私の魔力を受けて、札は間隔を保って空に浮いている。この均等が崩れると即術が破れるので、慎重にバランスを取ります。続いてムーちゃんの魔力補助を介して詞を紡ぎながら更に3枚、4枚、3枚………アーテルの山とトアレグを囲む陣を作る。途中で貴重品の魔力回復剤を煽り、再び印を組み呪を詠唱する。そうして空中に待機していた札を各目的地へ飛ばしました。

一瞬でも気をやってしまったり均等を崩したらそこで陣が解除されてしまうので、魔力の残量を慎重に図りつつ少しずつ自分たちも高度を下げていきます。やがてトアレグが地平線から見えなくなった辺りで離れたところに大きな黒い塊を見つけました。目指す魔物の集団です。


目当てのものが見つかったので、配置した札の力の照準をそこに定めつつそちらに向かいます。合せて呪を唱えて体制を整えます。

そこで戦っていたのは、やはりベルナーク様でした。ルフはもう見当たりません。彼は地上と空中からの容赦のない全方向からの波状攻撃をかろうじていなしておりますが、やはり疲労の色が濃く所どころ血を流しています。広域魔法を使われていないのだけが救いの状態です。魔物の返り血による毒の飛沫も受けており、徐々に追いつめられている感じでした。


「ベルナーク様っ!!」


彼は、声の限りに叫んだ私の姿を確認することなく両側から炎を吐く3つ頭の犬の頭を落とし、その上から襲ってきた熊を二つに切り分けました。そうして背後から来た鳥を避けて槍を突きだした足元の人型を蹴り飛ばします。

一気にその場に追い付いたムーちゃんは、蹴りを放ったベルナーク様の足を掴んで上昇して離脱した。集団を完全に抜けだしてから、上空で彼を背に誘導しました。

後方は、私の加護をかけた風魔法に乗せてムーちゃんに氷魔法をありったけ放ってもらった。そうしてしばらく逃げをうちながら、私は荒い息をつく彼に出来うる限り体の負担が少ない治癒術を施し始めました。

体力だけは、補助程度はできても一気に回復できる物ではないため応急処置にしかなりませんが無いよりマシです。だけど、この集団をどうにかしない限り完全な治癒は施せないでしょう。


「何故、来た」

「こんな場でまで強がらないでください。もうすぐここら一帯に盛大に竜族向けの増幅の魔法陣を仕掛ける予定なんで、回復したのなら思いっきり暴れてみてもらえますか?」

「は?」

「多分ベルナーク様なら始祖の火竜が泣いて喜ぶような力が出せると思いますから。っていうか竜化したら面白いんで頑張って下さい」

「………竜化?」

「ちょっとしがらみから解放されそうだなーと思ったらその感覚に従ってみて下さい」


意味が解らんとぶちぶち言ってますが、私はそれを無視して術の最終形成に意識を向けました。

連中が追い付いてくる前に術にケリを付けなければ、折角の陣も完成しません。実はあと少し、あと一押しなのですが、何かが足りなくて完成できずに焦っていたのです。

何を足せばと悩んでいたら、どう思ったのかベルナーク様が自分の左の掌をザックリ斬りました。そうして辺りに血を振り撒きだしたのです。血の臭いに興奮した魔物が一層勢いをつけて寄りだしました。


…………何があったのでしょうか。血を見たからかベルナーク様の金に輝く眼と目が合ったからか分かりませんが、私の中で何故か術が組み上がってきた感覚がありました。知っているような知らない誰かが私を後押ししてくれたのです。


ベルナーク様の血、火竜、水の加護、黒のアーテル……アーテルっ!!


その気配達と青と白が持つ木と金の加護を加えてので組み立てた呪が発動した時、地が震えた気がしました。

気が付いたら、ベルナーク様が見当たらずムーちゃんの倍以上ある緋色の竜が魔物の群れに金色に輝く炎を浴びせていました。金の炎を浴びせられた魔物は、その触れた部分からさらさらと砂のように姿を消してゆく。

その砂も、地に落ちる前に虚空に消えてしまいました。


”シ族の力が使える竜だとっ!?何故だ!”


動揺する思念が聞こえたのでその方向を確認すると、キーヴァ君のような黒髪ですが長髪赤目の青年がいました。

私を後押しする見えない誰かがバルストロードと呼びました。

どうやら何か因縁のある相手でもあるようです。


「トアレグは返してもらいます。貴方の上司の方にそうお伝えください」

”お前はっ………”


言葉に詰まった彼は、私でない誰かを見ているようでした。それは実際短い時間だったと思いますが、冷や汗をかく程の恐怖がありました。それを断ち切ったのは竜化したベルナーク様です。

ゴゥっと斜めに炎を吐きつけ、それを避けた青年を大きく開けた口が襲う。

バグンッ!と物凄い音を立てて口が閉じるが、青年はそこから大きく飛んで避けました。

避けたその先に、間髪入れず空中で回転したベルナーク様の尻尾が容赦なく襲い、彼を地面へ打ち付けました。

しかし、彼は地面へ叩きつけられる直前にこの場から消えました。一言だけ残して。

標的が消えたのを見たベルナーク様は、留まることなく残りの連中を炎で焼き尽くしに飛んでいってしまいました。


私は、彼が嗤いながらこちらを見て言った言葉に身動きが取れませんでした。


”まだ純粋なシ族がいたとはな”……と。

消える直前に、彼は確かにそう言いました。浄化の力、これがシ族の力だったのでしょうか………?だとすると、竜化したベルナーク様と純粋なシ族とは別なのでしょうか?私は人間だし浄化の力を発揮したのは彼なのに、なぜこっちを見ていたのか。

………アーテルに、聞けば何か分かるだろうか。古代竜は、残りあと3体―――。




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