5.続・偏りすぎもいけないと思います
ユー君の、ひょこひょことしたびっこな歩みにため息が出ます。
動き始めはガタが出やすいとはいえ、相当痛めている感じだ。人間でいうところの、重い片方掛け鞄で筋肉以下骨まで慢性的に痛めたパターンに近い。背骨歪むからね、アレ。
日常的な歪みって、根が深いよね。私も気をつけよう……。
「お嬢様、そのまま前持っててくださいね~」
運動場に出るなり私はユー君の右側に付き、首から順に身体を撫でていく。
彼は、時折痛むのか「グググ……」と呻くように鳴いて目を細めているが、私やお嬢を信頼して我慢してくれています。頭の良いイイ子だ。
肩から腰にかけて念入りに撫で、左側も同じように触る。
最後に翼を広げて、筋肉の部分を撫でて伸ばしました。
「ホント貴女は何をなさっているんですの?」
「簡単に言うとマッサージですね」
魔力を流しての、というのは竜医の公然の秘密だ。今回のは筋肉に刺激を与える系の魔法なのだが、アレンジしているとはいえ元が人の拷問用に開発された術なのでちょっと言いにくいというのが本音だったりします。
「なぜ?」
お嬢は心底不思議そうです。
「偏っているからですよ」
そう、横乗りは通常の乗り方に比べて非っ常~に重心が偏るのです。たとえ乗り手が子供でもね。
あ、馬だって同じですよ、もちろん。
「翼も足も肩も、偏りを庇った為に痛めたみたいですよ。魔具の補助も無いですしね」
仕上げに、正面から抱きつきます。
首回りに魔石の付いた細いチェーンを巻く。これは大体のユランが使える程度の自然回復力補助の魔法が付いております。
軽い身体の不調なら、お昼寝時間程度で取り除けるでしょう。
「炎症などの疾患はこれで取り除けましたので、お嬢様にお手間かけて申し訳ないんですが、ちょっと歩いてみてくださいますか?」
「よろしくてよ」
お嬢は嬉しそうにユー君に跨がる。
そして、翼を広げた状態で運動場を歩いてもらったが……。
……………ヨレるねぇ。
たまに左羽の鉤爪や尻尾で地を突いてバランスとってるし。
お嬢は確かに筋が良い方なんじゃないかと思います。
騎兵を志す者は、基本的に両手を開けられなければいけないから、指示は騎座で行います。
騎座で行う彼女の指示は、ちょっと弱いがちゃんとユー君に伝わっている。長年連れ添ってるから意思も通りやすいのもあるけど、ちゃんとしてるのが分かりました。
しかし……慣れとは恐ろしいものですね。彼女の重心は後ろから見る分にはそれなりに真ん中なのに、前後のバランスが何かおかしい。弓を持つのかもしれないけど、一番は彼女が横乗り一辺倒だからだろうか。
横乗りだったから彼女自身も歪んじゃったのかもしれないですね。まぁたしなみ程度ならこのままほっといても良いけど、騎士や将軍等を目指すなら直す必要はある、と思います。
「マラクさん、込み入った話なんで答えられなかったらそれでも良いんですが……お嬢様はここの騎士たちの長になるおつもりで?」
「ええ、大丈夫ですよ。伯爵の嫡子は彼女だけです。エーデルワイス様は我々竜騎軍の長としても立たれるおつもりで日々鍛錬なさっておいでです」
ほほぅ、ではちょっとくらい刺激を与えても大丈夫ってことですね。
竜種を多く束ねる国では特に、将軍格に一定の技量が求められています。竜に関する知識と騎乗技術と剣術、剣術が駄目ならそれに匹敵する魔術ですね。
人の上に立つのも大変な努力が必要なのに、竜に関してもだから本当にやる気がないと出来ないことです。
まぁそんな彼女の将来の為に、私に出来る範囲で一肌脱ぎますかね。
「はーい、戻ってきてくださーい」
軽く羽ばたく程度のウォーミングアップが済んだ頃、私は手を振ってお嬢を呼びました。ひらりとユー君から降りて手綱を私に渡したお嬢はご機嫌だ。
「まだ左に寄りますけど、痛みが無いようで動きが軽くなりましたわ。さすが竜医さま」
どうやら彼女は私の事を認めてくれたようだ。うむ、では本番といきましょう。
「はいはい良かったですね。ではお嬢様、少しだけユー君に乗らせてくださいね」
言うなりスルリと跨り、竜首を巡らせる。
出来るところ見せたくて鐙を使わずスイング乗りしたのは気のせいじゃありません。
ちょっぴり見栄を張りました、ハイ。
「ちょっと、何を!?」
お嬢様が唖然としているが、騎乗スキルの低い私に構う余裕はありません。
さっさと広い所にテクテク歩かせて歩行のバランスを確認した後は、グッとユー君の胴体を挟んで飛翔を促しました。さっきまでのヨレや不調も何のその、ユー君はバッサバッサと力強く羽ばたいて飛びだしました。
我が家のムーちゃんと違って純粋に力で飛ぶから、重力が凄いスゴい。そして意識しないととことん左に傾ぎます。
左脚を魔力を込めてしっかり押し込んで壁を作り、真っ直ぐを意識させる。
彼自身も賢いから修正しようと試みているようだが、これは………厳しい。着地まで私の魔力と体力もつかしら。
◇
その頃運動場では、口をぽかんと開けっぱなしの令嬢と感心している護衛騎士が上を向きすぎて首が痛くなってきていました。
ワイバーンは旋回運動やら宙返りやら急降下からの上昇や鋭角な動きなど、今まで見たことが無いくらい自由気ままに飛んでいる。
風圧で彼女のこげ茶の髪やローブがはためいているが自身の騎軸にブレは全く無い。
「昨日まであんなにガタガタで、飛ぶことすら出来なかったのに……」
「凄いですね。竜医と聞いていたんですが、やはりライダーでもあるんですね」
アスランの師だったオルフェーシュは、伝説の野生種のヴィエントすら扱い乗りこなすと言われていた、フリーの凄腕ドラゴンライダーでもあった。
彼はこの数年の大きな話題に名が出てこなかったのだが、どうやら後継を育てて表舞台に出てこなかったのだろうとマラクが思う程アスランの医療、騎乗技術は際立ってみえた。
一通りの動きに問題が無かったのだろう、滑らかに滑空して地に降り立ったワイバーンの首もとを撫で大袈裟に褒めながら、竜医の少女は戻ってきた。
「動きをみるに、炎症を起こしていた患部は治療できたと思います。歪みは引き続き運動で修正していってください。それにしてもユー君は素晴らしいワイバーンですね。さすがアララール産です。私の知っているこの種の中でも一番小柄だったのに、瞬間的に発揮した力は一番強かったです」
「ユークレースはわたくしのものですのに。わたくしの時にはあんなに気持ちよさそうには飛んでくれなかったわ。何でなの」
「魔力のないワイバーンの三次元の動きを制御するには、自分のバランス自体が真ん中にないと厳しいですよ。それにもともと横乗りは安定した力強い竜に向いているのです。ユー君は華奢ですしね」
素直に拗ねるエーデルワイス嬢にアスランは苦笑するしかない。
ユークレースを引き取ったマラクも困り顔だ。
「エーデルワイス様、差し出がましいようですが、ユークレースを想うのならやはり横乗りは止めましょう。歪みが無くなれば貴女の腕も更に上がります」
「こちらの魔具をお渡しします。一月位は運動時左側の手羽元に嵌めてお使いください」
アスランはイヤーカフのような形の金属の輪をエーデルワイス嬢に手渡した。
「魔具はあくまで補助です。炎症などは確かに取り除きましたが、左への偏りはそう簡単に直りませんので常に意識して乗ってください」
アスランはそれだけ言うと「またこちらに戻りますので、暫く試してみてください。私は他の子たちに不調が無いかどうか一応確認いたしますね」と竜舎に行ってしまった。