44.滅びた都市トアレグへ~前哨戦
風のトンネルは不思議な色合いの魔力で作られておりました。転移ゲートとはだいぶ造りが違うようなので分析してみたいところですが、次の機会になりそうです。……次があることを願います。
そうこうするうちに、気が付いたら風が止んでました。前方にはアスリーの資料室で幻夢に見た尖塔が遠くに見えます。恐らくあれがトアレグの教会でしょう。
グラニさんの背からハーヴが飛び立ち、姿を消しました。
ポチが訴えるようにガウッっと鳴きます。何かを感知したらしい。
そう思った時、カハッとキア様が喉をつまらせました。
「なんだこれはっ!?……呼吸がっ」
過呼吸時のような、空気を体に取り入れられないような感じの症状です。私はキア様にすぐ解毒の魔法をかけ、その場に加護付き札で物理防御結界を作って対応するも、まるで効果がありません。浄化の魔法も駄目。再度、今度は魔防結界を作るも変化が無くて焦ります。
「アスラン!」
私たちの様子を見てベルナーク様が戻って来ました。彼も息が弾んでいて少し顔色が悪いです。
「ベルナーク様は大丈夫ですか?」
「呼吸がし辛い。これが竜が動けなくなった理由か?」
竜の力があれど主が人だからか、多少普段よりは息つきは荒いがベルナーク様は問題ないようです。
キア様はくたりとして意識が朦朧となりつつありました。
「アスランよ、お主は『聖なる風の結界』が組めるか?」
グラニさんがキア様に鼻を近づけて匂いを嗅いで言いました。
『聖なる風の結界』は古代神聖語の結界で、7点で作り上げる完全なる浄化を目的とした術だ。理屈と構成は確かに知っているが、果たして発動するだろうか……。
いや、全部加護札でいけばきっとできるはず。かなり大盤振る舞いだが半端にやって発動しないよりは良い。私はサイドバッグから青の加護札を7枚出し、額に掲げ詞を詠唱しながら均等に札を投げて6角を作り、最後に高く1枚放りあげる。そうして印を組んだ。
各札が光で繋がり、キイィィー……ンという高い澄んだ音がして、キラキラ輝く浄化の風が結界内を走り抜けてゆく。
光が巡るほどにベルナーク様とキア様の呼吸は落ち着いていきました。
逆に、浄化の進みに比例する形で私の魔力がガンガン削れます。
元々私だけでは発動しなかった術ですから高度なものだと分かってはいたのですが……それにしても発動じゃなくて維持なのに魔力の消耗が激しいっ。
直前に師匠が魔力節約魔具をくれなかったら、作り上げて直ぐで完全に魔力が枯渇しましたね。師匠は相変わらず先見の明に優れてます。流石師匠っ!
「トアレグの竜種は完全に押さえ込まれたんだな。ここまでとは思わなかった」
厳しい表情で前方を見据えながらベルナーク様が呟きました。
「次期殿よ、これが腐蝕の毒。ギ族が造り出したものだ。古代竜以外の竜族はこれに屈した」
「なんでこんなのが俺らの歴史には残ってないんだ?」
「お前らにとっては遥か昔の話だ。ズメウすら存在しない時代だからな」
………折角だからこのまま話を聞いていようかと思ったんですが、どうやら私の魔力はもう保ちません。
仕方がないので手をあげて二人の話を遮りました。
「ああん?どした?」
ベルナーク様が不機嫌に尋ねてきます。結界の継続には詞を紡ぎ続けないといけないので、ギブアップのポーズを一瞬だけとる。グラニさんが翻訳してくれました。
「魔力切れが近いぞ。そのジラントをどこかに避難させる必要がある」
「すまぬアスラン、我はウーヴェ殿の元へ飛ぶ。自分で行けるから気にするな。皆も無理するなよ」
責任を感じたのだろう、復調したキア様は自主的に転移の術を唱え、飛んでくれました。
高魔力の残滓が隣から消えるのを待って、私は結界を解きへたりこみました。必死だったせいか荒くなった呼吸と汗がなかなか落ち着きません。
「これは、キツい、ですね。」
「当たり前だ。これはシ族でも高位の者が6人で発動していた術だ。これだけの時間とはいえよくできたな」
6人ですとっ!?
グラニさんはこともなげに言いましたが、トンでもない事ですよね。加護札と魔力節約魔具様々です。
っていうか、そんなのを軽~く「組めるか?」なんて、聞かないで欲しかったデス……。
とりあえず、急いで魔力回復剤を煽りました。
どうにか落ち着いたので周りを観察します。
ハーヴの姿は渡した魔具のせいで気配すら感じられません。
毒が蔓延しているらしいこの空間は、人間の私には特に変わっているようには感じない。
「……あれは何だ?」
同じく周りを観察していたベルナーク様が街の方を見て呟きました。私の目にはまだ何も見えないのですが、恐らく敵なのでしょう。空気が一気に緊張しました。
「……お出ましだ」
「協力しよう」
グラニさんは一声嘶くと自身に騎乗するベルナーク様の右手近くに魔法陣を出現させました。
一振りの長刀を残して、フィン!と不思議な音を立てて陣は消える。
「我が主が我に乗る際良く使用しているサーベルだ。切れ味は保証する。使うがいい」
「助かる。アスラン、俺達が無事に戻るための呪いだ。持っていてくれ」
サーベルを受け取ったベルナーク様は、鞘を私に放りました。
私はそれをベルトに挟んで固定し、風の補助魔法と加護札を使って身体強化の術を二人にかけました。
そうこうするうちに、前方と上空から黒い影が勢いよく迫ってきました。グラニさんとポチがバッと左右に駆け出した所に空の影の一つが地響きをたてて降りました。
見た目ムーちゃんサイズの赤目の黒い竜です。
先制はグラニさんの魔法からでした。竜の背後、斜め上に竜と同じサイズの魔法陣が出現。
吠える竜を無視してその背に雷が放たれました。
奴は背中に焦げた穴を作りながらも私に向かって炎を吐きつけてきた。が、その最中にベルナーク様が頭を切り落とし、一瞬でばしゃりと黒い水に戻りました。
彼らが水がかからないよう避けて走った先から、2体の熊もどきが向かってきていました。グラニさんはその真ん中を走り抜け、ベルナーク様は左右をほぼ同時に斬り伏せ水に還す。更にその先にいた犬型と熊もどきは、グラニさんの疾風が走り、細切れに刻みました。
私の方には三つ首の犬が来ていて、さっきから炎、水、風で順に攻撃を仕掛けてきます。避けた先に居た熊を風魔法で足元をすくって引き倒し、三つ首を加護札で呪縛しました。固まるその背に上空から槍が刺さり、内部で風魔法が弾けて三つ首は水に還ります。
「ハーヴ!」
「まだ来てる。無理すんなよ」
一瞬だけ見えたハーヴはすぐさま掻き消え、私の周りに居た連中を一掃してまた気配を消しました。
今のところ手の込んだ攻撃を仕掛ける相手も居ないため、押し寄せる数でじりじりと体力だけが削られる状況です。
恐らくあちらも斥候として来たのだと思いますが、油断はなりません。
そうこうする内にまた私の周りは色々集まってきて、避けているうちに包囲網が出来上がってしまいました。そりゃそうですよね、私1体も倒せてませんから……。竜は喚べない、とすると精霊さんに助けを求めるしかない。
クゥとポチが鳴く。意図を読んで私はすぐさまポチから降ります。
ウオォォーーン!とポチが吠える。
軽く地が揺れたと思ったら、周囲をぐるりと囲った魔物の足元から鋭い鉄槍のような鉱石が一瞬で私の身長より高く生えて奴らを串刺しにしました。
彼らが水に還るのに合わせて鉱石がボロボロと崩れおちます。
眺める暇なくポチは私に騎乗を促してきたので、急ぎこの場を離れる。離れた時、上空から巨大な鳥がさっきまで私たちがいた地面を鋭い爪で抉ってまた飛んでいきました。
私たちが走ったそのだいぶ先に、ベルナーク様とグラニさんがいます。
二人はもちろんけがを負うような真似はしていない。奴らの毒は一傷でも命取りになりかねない。
彼らが今対峙しているのは、恐らく指揮官と思われる黒い皮膜の翼を持つ人型だ。
奴の周りを三つ首犬を始めとした足の速い連中が固めていて、上空にさっきの鳥が2羽ほどここを狙っているように見えました。
ポチと私はそんな場に駆け込むフリをして、ある精霊を1体喚び込みました。
ドォン!と人間ほどの大きさがある炎の塊が三つ首達を薙ぎ払う。火炎鳥だ。
突然の乱入者に浮き足立った隙をついて、ベルナーク様は人型に斬りこむ。相手も剣を持っており、巧く受け流しながら他の魔獣をけしかけている。それをグラニさんが雷と風で一掃する。
一見、ベルナーク様たちが相手の数を減らして有利に見えるが、実はそうではない。人型は何かを各所に仕掛けている。ベルナーク様の息が上がって苦しそうにしているところを見ると、毒系統の強化と思われた。
恐らく竜族に有効なアレだ。
なれば、『聖なる風の結界』と同系統だが対個人なら持続性のあるあの術は有効だろう。試す価値は十分にある。
加護札を掲げて詞を紡ぎ、彼に近寄れるタイミングを探る。
ベルナーク様と人型は何合か剣を交えた後、ベルナーク様の薙ぎ払いからの持ち手を変えた上段斬りで、奴はまともに受け止め地に足を付けさせられました。そのままギリギリと鍔迫り合いをしています。
人型が翼に風を纏わせ仕掛けようとしましたが、羽を広げた瞬間ハーヴの槍が上から右の翼を貫き、気が逸れた人型をベルナーク様が袈裟斬りにして膝をつかせた。そうして、崩れ落ちた奴の頭を容赦なく身体から切り離しました。
気がつくと、ハーヴの槍はもう見当たらない。彼は次に行ったようだった。
残りはもう少し……私はポチにベルナーク様の側に走り寄ってもらって手を伸ばす。
アイコンタクトだけでしたが理解いただけたらしく、伸ばした手を…………馬上に引き上げられました。アレ?
後ろに乗せられたので、抱きつく形で術を開放します。
パァッと輝く風がベルナーク様を包み、浄化を完了しました。続けて体力の補助に出来るように魔力を送り込みます。ベルナーク様の荒い息が少し整ったようです。
「助かった。だが次が来る前に一旦引く必要があるだろう。撤収の準備をしておいてくれ」
それだけ言うと、降ろされましたがポチが即拾ってくれました。
そうして直ぐ、隣にハーヴが風を纏って現れました。
羽に返り血だか水だかを食らったらしく、黒い点が散っていてじわじわ焼けています。私はすぐさま浄化の術をかけ、治癒を行いました。
ハーヴは上空を見上げ、少し厳しい顔をしてました。
「後はアイツだけだ」
「多分火炎鳥さんがやりますよ。ほら」
黒い鳥を囲むように炎が舞い踊り、中心にいた鳥を一気に焼き尽くしました。
「…………お前、ホント怖ぇ友人が多いな」
「たまに私もそう思います」
「お前ら、第二波が来る前に一旦王都に戻るぞ。急げ」
ベルナーク様はグラニさんに既にサーベルを返したようで、いつもの腰の剣しか持っておりません。ん?と思って自分のベルトに挟んでいたはずの鞘を確認しているとグラニさんに「もう返してもらったぞ」と言われてビックリしました。いつの間にっ。
ハーヴは大人しくベルナーク様の後ろに跨り、私は火炎鳥さんに合図を送ってそのまま解散してもらいました。それらが済むと、グラニさんが嘶き駆け出します。私はポチに乗って追いかけ、行きと同じ魔力渦巻く旋風のトンネルをくぐりぬけました。
今回の殲滅者はハーウッドさん。
彼の槍術はオルさん仕込み。




