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43.クシュ国へ


翌日の朝早く、寝不足の私を尻目にベルナーク様だけでなく、ハーウッドまで旅装を整えた状態でウチにやってきました。ランド様は領主としての仕事がある為代わりにウーヴェ様がキア様を連れてきました。

……どうやら準備が整っていないのは私だけのようです。


「おはようございます」

「アスラン、昨日もお主の家の辺りでオルの気配があったが、心当たりはあるか?」


キア様は朝の挨拶もそこそこに切り込んできました。

昨日の気配については心当たりありまくりなんですが……ってコトはやっぱり前に言ってたのも本当に師匠の事だったんですね。正直疑ってたのでビックリですごめんなさい。


「キアストライト様、実は昨晩師匠の部屋で師匠にお会いしましたよ。半月後に還れるはずと言ってました」

「「「何っ!!?」」」


ベルナーク様、ハーヴ、キア様の驚きの声が被りました。


「なっ、アイツ生きてたか!」

「……失礼な」

「お前あの中入っちまったのかよ…」

「ウッカリです」

「何故半月後なのだ?部屋に居たのであろう?」

「それは分かりません。師匠が言うには異空間同士は繋がってないんだそうです」

「…………異空間……」


それきり皆さん静かになりました。私自身回答できるものが少ないと思ってたので良いんですけどね。そんな中でウーヴェ様だけが柔らかく微笑まれて「アスラン様、良かったですね」と言ってくれてほっこりしました。皆さん、それを先に言ってください。


皆の興奮が一段落したところで、本題のトアレグ行きの話になりました。

王都タタールへはフェル君が行ったことがあるそうなので、そこまでは竜で移動し、そこからは馬でという事になりました。


「馬………」

「お前はお前専用がいるだろうが」


そうです、私は普通の馬には乗れないのでポチしか手段がありません。長距離はキツイけど仕方がないです。

ハーヴは基本斥候として我々の少し前に行っててもらう事になるそうです。

では移動する前に渡しときましょうと、ハーヴに隠形と視覚阻害と風魔法と身体防御と……最終的にじゃらじゃらと両腕に鈴なりになるほど魔具を掛けてあげました。全返ししようとしてきたので、頑張って押し返します。


「や、重いからコレ」

「勿論重量軽減もあります。コレですけど」

「じゃらじゃら音煩いし」

「消音もあります」

「邪魔」

「それは貴方の気持ち次第です」


ぶちぶち文句を言いながら3つなら持つと妥協案がきたので、先に述べた隠形、視覚阻害、風の3つを、それぞれペンダント型とストラップ型と槍に巻き付けるタイプで渡しました。ベルナーク様は呆れております。


「隠形と視覚阻害って同じことじゃね?」

「認識されたら解けるのと見えても効果が保たれるのとで、違いますよ」

「……アスラン、お前どんだけ魔具もってんだよ」

「人族用、ズメウ用、竜用とそれぞれに各種形状でありますよ。でも師匠の壁コレクションは攻撃補助系もあるからもっと凄いです」

「あー、あれかー」


ハーヴは師匠の部屋に入ったことがあるので、思い出したのか遠い眼をしてました。

アレ、空間拡張してもらうまではゴミ山状態でしたし、場所を作ってもらってからも分類別に並べるのが大変だったんですよ。


「さー、とりあえず行くぞー」


ベルナーク様が面倒くさそうに音頭をとって、ようやく出発となりました。



クシュ国の王都タタールは、湖に囲まれた美しい都市でした。

古代竜黒のアーテルはある時から姿を現さなくなったそうなのですが、慈悲深い彼女の護りは健在だそうで、水害なども無く平和そのものと言われています。

ただ、今の王都は魔法都市トアレグの陥落の報告を受けて浮き足立っているようでした。

湖にあるため出入りが制限されている王都の城門は、混乱してごった返しております。

 私たちは大人しく入場するため列へ並んでおりましたが、進まない現状にため息しか出ません。

私はキア様を抱っこしてしゃがみこみ、ハーヴ達は通路に寄りかかって休めの体勢です。

キア様は犬のフリをしているのでずっとだんまりです。


「入場制限してるんでしょうかね。なんか一向に進んでない感じがしませんか?」

「ああ、まずいな。一応王宮へも連絡を入れておこうと思ったんだが、手紙だけにするか」

「相手は竜種じゃありませんが、今回もズメウとしての対応で偵察と討伐になるんですよね?流石に手紙じゃ不味くないですか?」

「早期対応が必要なんだし、前回のティフォンの例みたいに後付けでもいーんじゃねぇか?」

「……ベルナーク様、差し支えなければ私めに国王への対応を任せてくださいませんか?済み次第、皇帝陛下へ連絡を入れてトアレグに向かいますので」


心配になったウーヴェ様が別案を出してくださいました。私やハーヴではそういう事は出来ないので、どうしても顔を出しておく必要がある場合はそれしか方法が無さそうです。

ベルナーク様は考え込んでいましたが、諦めたのか顔を上げて苦笑してました。


「それじゃウーヴェ、悪いが連絡を頼む。ただ、取次ぎが終わってもここに待機していて欲しい。恐らく竜無しの単独で立ち向かえる相手じゃねェ。悪いが場合によっちゃランドにも動いてもらって国軍を誘導してもらいたいんだ」

「それではベルナーク様が……」

「親父にも言われてんだろ?共倒れする訳にゃいかねぇ。それも含めての、任務だ」


都市一つを落とした戦力だ。個別で叩くにしても、時間をかければ囲まれてしまう可能性も高いのだと思いました。

ベルナーク様はもちろん、私にとってはハーヴも大事な隣人だ。護符も魔具も山ほど持ったし、何があっても絶対どうにか無事に皆で帰ってきましょう。

私はウエストバッグから帰還の目印にしている魔法陣を描いた紙をウーヴェ様に見せて渡しました。


「ウーヴェ様、念のためこちらを安全なところに置いておいてください。いざという時はこれを目安に転移して戻って参りますので」

「分かりました。…………ご武運を」

「待て、我にも陣を確認させろ。印を確認しておけば我も補助できるだろう」


キア様は単独なら転移が使えますしね。彼はじっと陣を確認してこくりと頷きました。大丈夫みたいです。

私たちはウーヴェ様に場を託して、王都を背に歩き出しました。



しばらく歩いて周りに人気ひとけが無くなった頃、私の提案で少し休憩にしてもらいました。

地図を確認するまでもなく、トアレグはここから普通の馬だと5日ほどもかかるような事が分かっていたからです。しかも今は王宮に寄れなかった為徒歩なのです。着くわけがありません。


「精霊さんに頼むと今回は1日協力を願うことになりそうなので貢物が必要になりますが、喚んでも宜しいですか?」

「何が必要なんだ?」

「新鮮な肉なんですが……」


そこまで言ったらハーヴに「精霊が肉って……」と呆然とされ、キア様に「危ないから却下」と言いきられました。えー、歩くより良いと思うんですけど。


「分かった。今日の野営前に何か狩ってやるから来てもらえ」


ベルナーク様の英断で、喚べることになりました。

地面に棒でガリガリ魔法陣を描きます。本人から教えてもらってから初めて描きます。

落書きみたいだなとハーヴにからかわれながらひたすら描きました。

仕上げに媒介にする私の血をちょっとだけ垂らして呪を唱えます。


「グラニさんっ!!お願いしますっ!」


長い詠唱を終えて締めの私の叫びと同時に、ぐわっと灰色の塊が輝く陣から飛び出してきました。灰色は前と同じですが、今回は普通に馬の姿をとって来たようでした。


「なんだ、思ったより普通だな」

「普通だ」


ベルナーク様とハーヴが失礼なことを言ってます。

キア様が信じられないという顔をして呆れてます。私も同感です。


「お主ら……あやつの魔力を感じてそれが言えるとは、なんて命知らずな……。確かにあやつならトアレグなど一瞬だろう」

「ですよね。私もそう思ってお願いしました。グラニさん、とりあえず今日一日お願いしますね」


ブフーと馬のようにため息をついた後、グラニさんは言いました。


「ここからだいぶ離れているが、あちらの方角で血と魔の臭いがするぞ。……懐かしいな」

「グラニさん、恐らくそこがトアレグという都市です。竜のような人族の魔法に耐性がある魔物が出たそうです。あと竜達が動けなくなる何かかあったらしいのです」

「ほう。そればかりは我とて見てみねば分からぬであろうな」

「とりあえず街の近くまで移動をお願いします」


承知した……と言って、彼はベルナーク様たちの方へ頭を向けました。

普通だなどと言っていた彼らは次に「喋った」などどこそこそ言いあってます。そしてグラニさんの紅玉のような眼に見つめられて固まりました。


「……俺は精霊の基準が分からなくなったぞ」

「次期よ……味方したか敵対したかだけで、我らの基準は元からあって無いようなものだ。アスランよ、今回の対価は存分に暴れるだけでも構わぬとしよう。さっさと行くぞ、乗れ」


グラニさんは尊大に言い放ちました。

彼に断りを入れて、ベルナーク様の後ろにハーヴも乗せてもらいました。私とキア様はポチに乗ります。


そうして、ついて来いと言って走り出したグラニさんを追い、魔力溢れる旋風の中を走り抜けました。




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