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その頃のししょー。その4


ポウは精霊だからかオルフェーシュが城内を連れて歩いても、誰にも何も言われなかった。

ポウと共に書庫へ入った時、この犬は部屋の奥の扉を気にした。オルフェーシュにパッと飛びつき顔をなめた後、袖をくわえて引く。離したと思ったら少し扉の方へ走っていき、振り返りながら銀の尾を振って彼を誘う。

その様子は本当に若い犬らしく、普段あまり笑わない彼に微笑を与えた。


「分かりました。見に行きましょうか」


理解を得たポウは、意気揚々と早く開けろと言わんばかりに扉の前にお座りをする。

オルフェーシュはそっと扉のノブを回す。

驚いたことに、開いたその先には懐かしい自分の私室が広がっていた。


異界の扉が開くのはまだもう少し先だったはず……とは思ったものの、思わず踏み込んでしまったオルフェーシュである。勿論、待ちきれないポウは開けている最中にするりと中に入りこんでしまったが。


拡張魔法によって広々した室内に、雑然と積まれた魔具や資料へ薄く埃が積もっている。

アスランが来る前の状態にも思えたが、それなりに分類別になっていたので自分がこちらに来た後の部屋なのだと分かった。


ポウがなにかを嗅ぎ付けて走り出していった。

懐かしくも慣れた魔法を使い、オルフェーシュも自宅へ続くはずのドアへ向かう。しかし、こちらのドアは開かなかった。ドアの形をした壁のように、何をしても開かなかったのだ。


諦めて、自分たちが入ってきた入り口に戻ろうと踵を返した。

途中、何気無く本棚の列に目がいった。適当に集めて山にして雪崩れた本に、アスランが大爆発して分類番号というモノを記載して分け入れた本棚だ。

彼女の手書きの文字が目につく。今彼女はどうしてるだろうか。

こちらで最後に見た心細そうな顔と、向こうで最後に見た泣き顔が浮かんだ。


「……アスラン」


「っ!?……師匠?」


オルフェーシュは思うがままに呟いただけのつもりだった。

まさか応える声があるとは思いもしなかった。辺りを見渡すと、本棚の端に分厚い本を抱えてこちらを凝視する人物を見つけた。


「おる、ふぇーす、ししょー?」


最後に見た時よりも少しやつれたアスランは、大きく見開いた明るい茶の眼をみるみる潤ませてふらりと立ち上がる。どさりと本が足元に落ちて、無意識に歩いた彼女は足を引っ掛けて「しぷぎゃっ」と謎の悲鳴を上げて転んだ。丁度そこに駆け付けたポウが止まりきれずに突っ込んでしまった。

オルフェーシュは、ポウにもみくちゃに踏まれて「ぎゃえー」と断末魔のような声を上げる弟子の姿を懐かしく思いながら眺めた。


小さなアスランは、基本的に表情が無かった。

こちらに来た初めのころのアスランは、向こうで別れた頃の明るさがあった。

今のアスランは、何だろうか。ポウに遊ばれゴロゴロ転がされてバンバン地面を叩いて「ギブです!もう無理だからーっ」などと騒ぐ彼女をひたすら見物する。

ひとしきり遊んで気が済んだポウが離れた。ようやく落ち着いたらしい。感動も何も吹っ飛んで冷静になった彼女はポウをわしわし撫でながらも「ポチがちっちゃくなってませんか?」などとのたまっていた。


「だいぶお久しぶりな気がしますが、こちらは一体いつの貴女でしょう?」

「???師匠がアイナー渓谷で行方不明になってから大体半年とちょっと経ちましたよね?」


半年の間に弟子はかなり力をつけたようだった。内包する魔力がまるで違う。


「何が、ありました?」

「実は………」


そうして語られた内容は、想定を超えたものだった。古代竜、消された歴史、ギ族と思われる者の襲来。

それらについて書かれている稀少本きしょうぼんを集めてはいたが、矛盾が多かったために彼とて実際の事とは思いもしなかったのだ。しかもこれからアスラン達は陥落したトアレグの街を見に行くのだという。ベルナークの眼を逸らすことももう出来ないだろう。

一段落して、オルフェーシュは自分の事情を説明した。小さいアスランたちについては彼女の混乱を避けるため触れられなかった。向こうは半月で離れる予定であるが、戻るのがどの時期になるのかはまるで分からない。


「それでも、私は何があってもここに戻ってこようと思えましたんで、大丈夫です」


不安を隠して、アスランは気丈にも笑う。


「戦場では逃げることも必要です。できるだけ、無理をしないでください」


直接的な戦う力が無いのにも関わらず今までも数々の追い込まれた状況をどうにかこなしていた弟子ではある。そんな彼女の助けになるようにと、部屋の中に散乱していた魔具の中から小箱を見つけ出して引き抜いた。

中を開けると、細いチェーンに緑の石が付いたブレスレットが入っていた。エメラルドに6条の筋が走ってる珍しい魔石だった。


「これって……」

「本当は、貴女に単独での討伐依頼が入った際にでも渡そうと思って用意していた物です。額に当てて呪を練れば、効果はそのままで使用魔力を抑えることができます」


オルフェーシュらが使う呪術や古代神聖語の魔法は、この世界で使われている魔法と根本的なところから違う。相性の良い魔具もまた違うため、見つけるのも難しい。

彼女の細腕に、どうか無事でと祈りを込めて留めた。


アスランは彼の出られなかった家側のドアから出て行った。開いたままの向こう側は、彼には暗闇にしか見えない。ポウにも同じように見えたようで、向こうには決して近づかなかった。

彼らもまた、自分たちが出てきたドアに戻る。こちらはちゃんと先に書庫が見えた。


自分の術の構成上亜空間として存在させていたあの部屋は、互いに行き来は出来ないものの束の間の邂逅かいこうをもたらしてくれた。

早く戻らねばと心が焦る一方で、この世界に呼ばれた本当の理由を探る必要があるのではと理性が訴える。

時間は待ってはくれない。

半月をめい一杯調べ事に費やす覚悟を決め、彼と銀の子犬は書庫へと戻っていった。


彼は彼女を助けるため、彼女はそんな彼の帰還に向けて、お互いに動き出したのであった。


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