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41.トアレグに起きた悲劇


ムーちゃんの故郷から帰ってすぐベルナーク様に手紙を送ったところ、何故か夜には本人とランド様がウチにいらっしゃいました。

……手紙の送りがいが無い人ですね。

呆れながらも慌ててお茶を用意する私に、ランド様は恐縮しておりました。


「アスラン様、夜分にすいません」

「まだ夜じゃないだろ?」

「普通に夜ですよ。明日は明日でやる事あるので要件のみでお願いします」


ベルナーク様が来ると本当に碌な事にならないので、逆さ箒は必須アイテムです。今日は薄いタオルも掛けてみました。今度こそバッチリでしょう!


「じゃあ、まずその箒とタオルは何なんだ?いい加減用途を教えろ」

「おまじないですってば」

「どんな」

「色々です」


笑顔で段々喧嘩腰になる私たちに、ええと…とランド様が慌てて間を取り持ちます。領主さまなのに可哀想ですが、こういう場合要員だったんでしょうかね?


「急で申し訳ありませんでしたが、今回は頂いた手紙にあった魔獣の件でお話があります。貴女の見たのは角のある頭が一つの赤目の黒熊、ですよね?」

「はい。あと直接は見てないのですが、ハーヴの所属する騎士団では三つ首の犬のような黒い生物が襲ってきたそうです。氷、炎などが使えると思われ、相当な負傷者が出ていましたよ」

「……三つ首……報告書は読んだのか?」

「いえ、ハーヴにお願いしてありますがまだです」


ハーヴの休みに合わせて借りる予定だったと説明しましたが、彼が隣家の住人だと知っているベルナーク様がランド様に一応家を見に行くよう指示しました。ランド様が外に出て行ったあと、ベルナーク様は疲れたようにため息をつかれました。いつにない憔悴しょうすいした感じに驚きましたが、それで?と話を促す事にします。


「クシュ国は分かるか?あの国の都市なんだが、トアレグが襲われて落ちたらしい」


クシュ国というと王都はタタールだが、古代竜 黒のアーテルと繋がりがあると言われているのはトアレグだと聞いています。そこはまた魔力信仰で成り立っている宗教都市としても名高い。高魔力の人間も多く各国の研修場所としても名を馳せていた、そこが?


「相手の数などは?」

「黒い群れってのと、かなりいたらしいという大雑把なことしか分かっていない。竜のように魔法などが効きにくかったんだと」

「それでもっ!あの国はウィルム等の強い種を扱う人が多かったはずでは?」

「お前な、ウィルムは万能じゃねぇぞ。でもまぁ竜種は毒か何かにやられて全滅だったらしい」


毒………とっさに腐蝕の毒を思い浮かべたのは私だけだろうか。師匠の神話まゆつば本をちゃんと読んどけば良かったと、何度後悔しても今更どうしようもない。


「この前よりもきっと厳しい戦いになる。だから本当はお前を連れて行きたくないんだが、戦力が確保できない。…………頼む、ついて来てくれるか?」

「大丈夫です。行く、しかないですよね。」


「今回現地で竜種は極力連れないつもりだ。場合によっては、俺らズメウも使いものにならないかもしれないとも思っている」


私と師匠はズメウでは無い。本当に、師匠の不在を痛切に感じました。


そうこうする内に、ランド様が戻ってきました。ハーウッドも一緒だ。


「いよぅアスラン、俺も行くぜ。団長にも許可を貰ってある」

「えええ?」


ハーヴは軽く手を上げ挨拶したと思ったら、イキナリの参戦表明をしてきました。……この男の隣家相手の貧乏くじ体質も健在だったか。

ランド様も苦笑しています。多分細かい話はまだしてないでしょうに、彼に行くと押し切られたんだと思われます。


「はいよ、ベルナーク様」


ハーヴは砦の報告書であろう紙束と、赤い印の付いた近隣の地図をベルナーク様に渡した。

ベルナーク様は地図をテーブルに広げ、紙束を確認しだしました。


「……これはまた多いな。被害はどの位だ?」

「騎士団内は、アスランに治して貰った後は軽傷で2、3人だけ。一番初めの奴で団長が対処法方を広めたからこの数です。それに、あん時以上の奴には会ってないしね」

「魔法を使ってきたのは三つ首犬だけか……」


あらベルナーク様、報告書をめくりながらで会話できるなんてやっぱり凄い人だったんですね。

ハーヴのお茶のついでに皆のも入れ直しながら感心してしまいました。


「たださ、俺、1コ気になる事があるんだ。お前ンとこのキーヴァ、最近ここにいるか?」

「え?」


ハーヴに言われてみれば、確かに最近キーヴァ君を見かけていない気がします。

……いつからだろう、やはり白の古代竜アルブルス以来か?


「アイツっぽい姿を討伐の際に見かけているんだ。1回目はアイツが駆逐してくれてた。2回目はアイツの姿を見た魔獣が少し大人しくなった所を俺らで倒した」

「キーヴァ君……」


間違いない。彼は害する側ではない、こちら側だ。

なれば呼んでみるべし、と思ってさぁ召喚しようと思いましたが、今更ながら喚んだことがないのに気づきました。


「あれー?」

「ちょっと立て」


ん?と思いながらも従います。ベルナーク様は私の後ろに立ったと思ったら、おもむろに背中へ手を突っ込んで影からキーヴァ君を引っ張り出しました。


「おおおぅっ!?」

"何でいつもお前なんだっ!"

「アスランが喚べないんだからしゃーねーだろーが」

"ハーウッドにも応えたろうがっ"


皆の視線を受けて、えっ?俺??と、ハーヴはぎょっとしています。


「……喚べるのか?」

「いえ?」

"森で喚んだだろうが!"


どうやら無意識の所業だったようですね。可哀想に、ハーヴはキーヴァ君のせいでベルナーク様とランド様から無言の圧力をかけられています。


「いつの間に媒介を得たんですか?」

"掃除中に手を引っ掛けて血を流しただろ"

「ああー……」


そういえば彼、ウチで釘に手を引っかけた日がありましたね。


「そんな事はどうでも良い。魔獣とは何だ。どうして害のある黒い水になる?」


未だキーヴァ君の襟首を掴んだままのベルナーク様が強引に話を戻しました。

そうでした、魔獣でしたね。


"あれは我らとは違う。造られた者だ"

「あの黒い水は……腐蝕の毒なのではないですか?」

"命を、造り出せる水だ。元は毒などではない"

「……それは誰にとってですか?」


キーヴァ君は沈黙を回答としました。

それはギ族と言ったのも同然でした。


「あの液体は何処に消えるんだ?」

"還ったと思いたいが、気配を感じるから地に留まっているのかもな。俺は知らない"


不貞腐れたようにそう言ったキーヴァ君は、やはり白の少年と向き合った彼とは別人のようでした。

瞳の色も金の混じったような赤です。どこまでも透き通るような赤ではありません。


「あなたは……どちらが本当のあなたなのですか?」


思わず口にしてしまった私の問いに、キーヴァ君は俺は俺だ、と顔をしかめました。



夜も更けてきたのにこのまま白熱しそうな気配がありましたが、箒タオルの効果があったのか今日はお開きにして下さいました。

明日出直す、と出ていったベルナーク様とランド様を見送った後にハーヴも家に帰りました。

残されたキーヴァ君と共に中に戻り、もう少しだけお喋りに付き合ってもらうことにしました。


「キーヴァ君は古代竜白のアルブルスに会いましたよね?」

"……記憶はない"


ふいと眼を逸らせたので、嘘が丸バレですね。


"う、嘘じゃないっ。あれは……"


そこまで言って、彼は固まってしまった。

そうしてゆっくり一度瞬きをしたら、宝石の目に変化していました。


「ヴァイラス様、で宜しかったでしょうか?」

"いいや、キーヴァだ。キーヴァルレイン。あの方の相談役……ではあったな"


少しばかり苦い笑いを浮かべて、彼は優雅に椅子に座る。

いつの間にか、この狭い空間は瘴気に満ちていた。

呼吸が苦しくなったが、苦しそうにしたら絶対につけ込まれると思ったので、頑張って無表情を心がける。


「率直に聞きましょうか。……トアレグを襲ったのは貴方の仲間ですか?」

"ふざけるな、我らとて一枚岩では無いのだ。奴は同族というのも烏滸おこがましい屑よ。気配は違うがやり口は良く知っている。お前はこれの狙いが分かるか?"


彼は置いてある広域地図に指を置き、ついと滑らせる。

クルージュ国を、アスタナを囲むように黒い靄が点を作り出し、そこから幾筋もの細い線が繋がれた。


「……この線はっ!まるで――…」

"そうだ。土を解放するものだ"


土の古代竜の解放……魔物が何故わざわざ敵対していた古代竜の封じを解くのか。精神の壊れた竜に何ができるというのだろうか。


"それには過去を紐解かねばなるまい。お前達が意図的に消した歴史をな"


キーヴァ君は憂いを含んだ眼差しを伏せ、ふっと地図に息を吹き掛けて霞を霧散させました。


"後手に回れば歴史はひるがえるだろう。…………それも運命さだめか"


全てを語るには、私では役不足だというように、言うだけ言って彼は消えてしまった。



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