その頃のししょー。その3
アスランがここに来てから2年の月日が経った。言葉や文字にも慣れ、表情もだいぶ明るくなってオルフェーシュが知っているふてぶてしい面もみられるようになってきていた。
アスランは彼をオルさんと呼んで彼になついていた。
老婆はオルフェーシュに改めて運命の話を持ち出した。
後1年で自分はこの世界から居なくなる。彼女は日本の父方の伯母に引き取られていく事になる、と言う。
なれば自分がついて行きますと言ったオルフェーシュに、老婆はスコットランドという国にいる自分の血筋への連絡を依頼した。
「運命に定められた次元の扉が開くのは、半年後の我が一族の当主の城と6年後のアスランの家の2回のみだ。お前さんの運命は半年後にある」
運命はこの一時交錯したが、また暫く離れるらしい。
この2年で聞いた老婆の外の世界に対する予言は、外れたことがない。
信じないという選択肢は無かった。
老婆の指示のままに、オルフェーシュは旅立つことになった。
アスランは彼に泣いてすがったが、老婆に言われて諦めたようだった。
「また逢いましょう」という彼の台詞に、眼を真っ赤にして「絶対ですよ?」と約束をした。
あの子のこの地で生活した記憶はわしが死ぬ時にほとんど消すのだと、老婆は言っていた。
未来で記憶が戻るかどうかは決して回答をくれなかったが、オルフェーシュには己次第でそれは変えてやるさと老婆に言われた気がした。
老婆から少なくない路銀を受け取り、慣れないまでも一通りこの世界の交通機関の利用方法を学んでいたオルフェーシュは、危なげもなくスコットランドという国にある老婆の一族の長が住む古城にたどり着いた。
精霊がそこここに舞う城の中を執事に案内され、当主のいる居室へ招かれる。
老婆の手紙を渡し自身の説明を終えると、当主は深いため息を洩らした。
「叔母上が言うのなら間違いないでしょう。従者を付けますので、半月の短い間ですがどうぞこの世界を視察なさってください」
古城には古い書物が山のようにあった。
国からも保護を依頼される程の蔵書を、オルフェーシュは片っ端から読み漁った。
端々に紛れ込む自分のいた世界の記録、それが何を意味するのか、彼には解らなかったがとても気になっていた。
気晴らしに外を歩かせて貰った。古城は森に囲まれた静かなところだ。
森の入り口で、暗緑色の犬が数匹団子になっていた。良く見れば、一匹の毛色の変わった銀の犬が他の連中によってたかって噛みつかれていたのだ。身体は普通の中型犬ほどあるが、彼らはまだほんの子犬であった。
銀の子は所々血で赤黒く濡れており、なぶられて長いのか動きが鈍い。
オルフェーシュは銀の子に見覚えがあった。
「クー・シーか?」
彼の声を聞きつけ、暗緑色の子らは慌てて森へ帰っていった。
動けない銀の子は、殺される覚悟を決めた眼をしていた。
「ポウ、ですよね?治しますから大人しくしてくださいね」
オルフェーシュは彼の真名を言ったことで、噛まれることもなく静止をかけることが出来た。
精神体にも有効な古代神聖語による治癒魔法によって、銀の子は命をとりとめたのだった。
何があったかは解らないが、もう森へ帰れなくなったらしいポウを連れ、オルフェーシュは城へと戻った。
当主へ許可を貰いに行ったところ、それは二つ返事で受け入れられたのだった。




