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38.白のアルブルス、現る


…………オルフェーシュ師匠……。


無意識に、胸元に手がゆく。ここにはいつも師匠から貰ったペンダントがあったから。

……ああ、そういえばキアストライト様に預けてしまったんだっけ。

そう思い至りましたが衝動のままに胸元を握ったら、何もないと思っていた手に固いものが当たる違和感がありました。それは、牙のペンダントヘッドでした。


ふいに、持ち主のなまめかしい金色の眼差しが、あでやかな立ち姿が思い浮かびます。


「……メル姐さん……」

「何やってンのよ」


灰色の頭2つが噛みに来ていたこの瞬間にでた呟きに、紫がかった長い黒髪を鬱陶しげにざっとかきあげて応えた人がいました。

細い魔具の腕輪をいくつもはめた華奢な右手からは、いつ作ったのかも分からない防御の魔方陣がくるくると回り、噛みにきた灰色の2つの頭を押さえ込んでいます。どういう理屈なのか、灰色は頭も引くことが出来ずに縫いとめられていました。


「この程度ザコが捌けないのにオル様の弟子を名乗ンないでちょうだい」


姐さんは金の目を妖しく光らせてすいっと軽く手を振る。灰色と黄色の真上と左右にヴンッ!という音と共に一瞬で巨大な魔方陣を出現させました。

ティフォンの身体全体を覆えるほどの大きさがあるのにも関わらず細部を目で確認出来ないくらい緻密で繊細な魔方陣は、姐さんのパチンという指鳴らしを合図に牙を剥く。

灰色にはどこまでも黒い暗い炎を、黄色には白銀色に輝く雷の、3方向…いや、地面からも出てるから4方向からの攻撃です。

一瞬で組み立てられたとは思えないくらい精密で圧倒的な魔力を込められたこの魔法で、彼等は声を上げる間も無く、骨をも残さず消されました。


姐さんはふぅっと詰めていた息を吐き出し、こちらをくるりと振り向いて言いました。


「コレ、貸しね。オル様戻ったら1回デートさせなさいよ。出来なかったらアンタ呪うからね」

「…………はぁ」


ちょっと頬を染めてそう宣言する彼女にガックリきましたが、この人にとってはその程度の貸しだったんですね。すごいです、流石伝説の黒竜(ヴィエント)さまです。


「ところで。アレはベルナークとあいつの飼ってる駄蛇かしら?」


見れば、あちらもどうにか決着がついたようです。ベルナーク様は全身血だらけの切り傷だらけ、フェル君は火傷と噛み傷っぽいものがそこかしこに出来ていました。

慌てて駆け寄り、魔力を練り上げ癒術を施します。魔力の足りない分は札と本人の体力で補いました。

彼らが討伐でへたばる姿はほとんど見たことがありません。それ程の、激戦でした。


「メリュジーヌ嬢、久し振りだな。冗談抜きで助かった、ありがとう」

「……アンタ、それより私に言う事あんでしょうに」


ベルナーク様の挨拶に、メル姐さんは彼を睨みつけて真っ直ぐ噛みつきました。


「オル様をなんで巻き込んだのよ」

「アイツ以上に適任が居なかった。オルは探している。……次元の扉の鍵になっているフレアブラスの件が片付けば絶対に戻ってくる」


扉?フレアブラスですって?と姐さんが呟く。


「……アンタ達、もしかしてこれから白の古代竜(アルブルス)に会いに行く気なの?馬鹿な事は止めなさいよ」


無理ムリ止めなさい、と頭を振るメル姐さんは私達を馬鹿にしているのかと思ったが、その顔はとても真剣で青ざめていました。


「アンタ達はあの子と違うの。白は合理主義よ、消されるわ。黄みたいに精神こころを病んだわけじゃないけど、アンタに加護を寄こした青とは違うの、危ないわ」


姐さんをもってして危ないという相手なのだという、相当な事が伺えた。


「巡らなければならないんだ。会わねば解決しない」

「ベルナーク、アンタが余計なのよ。白は赤の力を嫌ってるから」


白の古代竜が司るのは金の気である。なるほど、ズメウのご先祖様は赤の古代竜(エリュトロン)の火の血を引いている為らしい。


「ところでメル姐さん、私、お札のストックがもう無いんですけどどうして青の古代竜キュアノエイデスの加護があるって分かるんですか?」

「……アンタホント何も分かってないのね」


メル姐は呆れ顔だ。加護というものは基本的に人に対して行うものらしく、物に付けるのはめったにしない例外らしい。まぁ人にも滅多に寄こさないらしいけど。

私の場合は消耗品にお願いした為、なおさら人に与えたのだろうと教えてくれました。


「でも人に加護を与えて札にのみ力を示すって、それはそれで大変じゃないですか?」


そう言ったら、姐さんは深い深いため息をつきました。……幸せが逃げますよ、それ。


「呪符が使えたり精霊と契約したり出来るくせに、アンタも大概なバカよね。後は自分で考えなさい」


……投げられました。仕方がありません、そのうちまた調べる機会があると思って保留に致します。


「いい加減話を戻すが、白のアルブルスには会いに行く。これは決定だ」


ぴくりと何かに耳を澄ませていましたが、あっそ、と呟いてメル姐さんは諦めた様子でした。

厳しい眼で辺りを確認しながらも、私たちが立て直すまで待って彼女は空間を渡って帰っていきました。

「もう呼ばないでねー」と言ったのは、聞かなかった事にしますね。


「……あいつは出られるんだな」


見送って暫くして、ベルナーク様はぼそっと呟きました。あ、確かに。

私の目にも、未だにあの雷網の魔力は消えているようには見えません。

当然、フェル君の渡りは防がれているようでした。


「……単純に、あいつの魔力が桁外れだからか?」

「いいや違うよ。彼女エルには帰ってもらったんだ。関係ないからね」


ベルナーク様の問いに、我々の背後から10才くらいの子供の声が応えました。

バッと音が付きそうな程の早さで振り向くと、5歩くらい離れたそこには白い髪に薄い赤の混じる金の目をした男の子が立っていたのです。


「は、初めまして。竜医をしておりますアスランと言います。こちらは――」

「知ってるよ。イーリアスウェイルの匂いを感じる。隔世かな、随分と我々に近しいね」

「お陰で苦労してるよ。白の古代竜(アルブルス)殿、大層な歓迎をありがとよっ!」


ベルナーク様は言うなり金の眼になって力を解放し、宝剣を抜いて上段から思いきり少年に切りつけました。


「やっぱり君もアイツに似て野蛮だね。話し合いに来たんじゃなかったのかい?」


左手一本でベルナーク様の燃え盛る斬撃を押さえ込み「炎はあまり好きじゃないんだ」と、困ったように私に笑いかけました。でも目は一切笑っておりません。怖いと思うのに、この場から逃げたくてたまらないのに、私は目も離せず身体も全く動かせません。


「青も物好きだよね。君達はあの子らと全然違うのに加護を与えるなんて」


言いながら、手に持った剣をクッと捻り、バランスを崩したベルナーク様の胸に右手を当てトンと軽く押しました。そのように見えただけで、彼の手は剣から離れてかなりな勢いで吹き飛ばされて転がりました。

くたりとして動かなくなったベルナーク様の近くにフェル君とムーちゃんもいるのですが、彼らもまた古代竜の気に押されて動けないでいました。我々よりも、もっと本能的に畏怖しているようでした。

白い少年は何の感傷も無く、剣を足元に放り捨てた。


「……あっ」

「ああ、大丈夫。彼は気絶しただけだよ。それで?あの子らは共生を願ったが、君たちは何を望むんだい?」


あくまで静かに問いかけてくる。

あの子らって誰だろう。そんなに大層なことを全く考えていなかった私は、素直に話してよいものか戸惑う。


「私は……私を救ってくれたオルフェーシュ師匠に会いたいのです。この世界にいないのなら、他を探そうとして……」

「その過程でこの世界の約定を壊しても良いと?」


ひたと、私の眼を捉える冷たい怒りの滲む眼差しに怯む。


「我らが動けばあの子らが命を賭して封じたこの地の呪いも、解ける。竜は滅び、魔が蠢く。それでも加護が必要なのかな?」

「……あの……」


加護とは何だろう。単に呪の補助ではないことだけは解ったが、本当に意味が分からない。

では異界へ繋がる道はなぜ…と聞こうとした時、私の肩に誰かが手を置きました。硬直していた身体に自由が戻る。


"我もこちらに喚ばれたのだ。必要だろう?アルブルスよ"

「……お前っ!!」


白い少年は眼を見開いて動揺を露にしました。


"久しいな。何事にも永遠は無いと、皆が申していたろうに"

「だがっ……何故今っ!?」


後ろにいたのは赤目のキーヴァ君……の姿をした何者だろうか。雰囲気が、目の色が明らかに違う。今の彼はルビーの様な透明な赤だった。


"今、だからこそだ。どいつがやったか判らないが、俺はこちらの人間と変換されて召喚されたんだ。それでも平和に繋がっていたのはあの意思の弱い馬鹿共の願いのせいだ。まったく、我をも巻き込みおってからに……"


ぶつぶつと文句を垂れ流すキーヴァ君モドキだが、消沈した白の少年は諦めたように私に向き直りました。


「地の術…………ならば、お前に加護を授けよう。後悔をせぬことだ」

「あり、がとうございます?」

「だがお前は我らを巡る過程でこれを悔いるであろうな。……フラーウムを頼む」


少年は私のおでこに小さな掌をかざす。ふっと何かが体の中に流れ込んできた。


”いずれは破綻する約定ではあったのだ。自然な状態に戻ったと思えばよかろう”

「思えばあれの狂気を忘れて我らは長くぬるま湯に浸かりすぎたということか。ズメウの次期に伝えるがいい。これより先、扉は恐らく地のみに開かれ魔が現れる機会が増えるだろう、とな」

”これはこれは。相容れぬ考えを持っていたとはいえ、先住の民に対して酷い言いようだな”


くくっとキーヴァ君が唸るように笑う。少年は胡乱げに彼を見あげた。


”あれからどれ程の時が経っていると思っている?同じ轍は踏ませぬよ。ラスも俺も許さん”


そうか、と白い少年は呟き、またなと片手をあげて消えてしまいました。

まぁ何となく、これから先の異界の扉は向こうからの一方通行のみで繋がる先は師匠が行ったトコかどうかは不明、と解釈できましたよ。

還るも何も、あちらでアクション起こしてもらわないと駄目って事なのね?ナンテコッタ。ししょー、還りたいと思って早く行動してくださーい!


「なんか、ほっとんど理解できませんでしたけど……でも、ありがとうございましたっ!」


一応礼は言わないとと、何処とも知れない方向に声をかけ、頭を下げました。

キーヴァ君はそんな私を楽しそうに見ていました。馬鹿共にも後継がいたとはな、と。




姐さんは結構な年増さん。

「そこの馬鹿作者!さっさと訂正なさいッ!!」

えー。ごめんなさーい。

「…………呪ってやる」

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