37.ティフォンの罠
王都でティフォンの巣と言われていた白の古代竜の棲み処は、ユナニス国の中でも西の端の砂礫地帯にありました。ここから先は不毛の大地、死の砂漠と言われており、生物の存在は確認されていないと言われております。
師匠の神話本にはギ族の毒の影響が残っている為とありましたけどね。
巣にほど近いこの辺りは、以前行ったクヴァール地方よりも岩山が多く視界が良くありません。なので、ムーちゃんとフェル君に様々な補助魔具を装着させた上で、なるべく渓谷の上空を飛んでもらっていました。
「さて、どの辺だろうなぁ?」
「アルブルスですか?ティフォンですか?」
「どっちでも」
清々しく笑っておりますが、私には今回彼が持ち出した剣がメル姐対策時に出してた燃える伝説級の長剣と判っています。討伐依頼も無いのにこんな物騒な物持ってって良いんでしょうかね?
丁度その時、我々の後ろから鳶のような鳥が矢のような速さで飛んできました。
すいっと一周した後、フェル君に乗るベルナーク様の腕に留まります。
足環から何か手紙を受け取り、鳥を放ちました。
手紙を読んだ彼は物凄く嬉しそうにムーちゃんに乗る私の方を向いて声をあげました。
「アスラン喜べ。討伐許可がおりたぞ」
「えええ!?じゃあ逃げちゃダメって事じゃないですか!」
何してくれたんだこの人は!
毎度のことながら穏便とはほど遠い人生を歩みたいんですね……。
私は何事もない事を切に祈りました。
そうして我々はティフォンの巣へと踏み込んだのでした。
渓谷が一度開けたあと、また次の深い谷の始まりが見えたところで、突如空気がピィンと張りつめたものに切り替わりました。
「ベルナーク様っ!」
すぐさま切り返して戻ろうとしましたが、先程の違和感が出た地点の手前でムーちゃんは進行を拒否し、その場で待機する飛び方に切り替えました。
彼女の本能が拒否した理由は、どうやらもう普通にはここから出られないということです。
試しに手持ちの銅貨を力いっぱい投げつけてみたら、発光と共にバリバリバリィッ!という凄まじい音を立ててそれは消滅致しました。
……かなり本気ですね。一気に緊張が増します。
「歓迎されてんなァ」
「ですねぇ。でも多分私に対してじゃないですよ?」
「いいや、お前もさ。……いたぞ」
振り返ると、渓谷の入口付近に5つの長い首を伸ばした黄土色の鱗をした竜が見えます。
5つって、いきなり上物ではないですか!何だこの運の無さは!!
手筈通りムーちゃんに地上付近を飛んでもらって、私は急いで彼女の勒を外し鞍のベルトを緩めて一緒に下に落ちました。すぐさまポチを呼び、荷物を任せて戦闘に向けて道具を用意します。
ベルナーク様は手綱を切り引っ掛からないようにだけしてギリギリまで騎乗していく予定です。
「フェル、ムエザと協力して奴を殺れ」
フェル君はクォンと軽く鳴き、2匹と1人は向かっていきました。
ティフォンはキシャー!と一斉に威嚇の声を上げて口から炎をちらつかせて迎え撃つ気です。
左右から向かう2匹に頭数3対2に分けて迎撃体制をとっておりました。
私も見学している場合ではありません。
ポチが荷物を地中に隠した後、騎乗して彼らを追いかけます。
そうして前を向いたとき、目の前には信じられない光景が広がっていました。
ムーちゃんは黄土色のティフォンの炎に焼かれて吹っ飛ばされ、フェル君はいつの間に現れたのかもう一体の紺色ティフォンに噛まれて足止めされていたのです。
フェル君はがっぷり噛み合っているようですが、相手は頭が4つあります。一つ押さえた所で3ヶ所噛まれたら身動きがとれません。
そうこうするうちに黄土色がフェル君に向かっています。
回りを見てもベルナーク様は見当たりません。
「フェル君っ!!」
ポチに急いで向かってもらってますが、もどかしい位離れています。早く降りすぎたと後悔してももう遅い。
フェル君は一つの頭を噛みついた首元から溶かして落とし、自分に噛みついている次の首を溶かしにかかっています。
その後ろに、紺色ティフォンを巻き込む形で黄土色が5つの頭から炎を吐き出そうと口を開ける。
次の瞬間、ゴアァァアァ!!と黄土色は全部の頭を自分の足下に向け、炎を吐きつけました。
その足下にはベルナーク様がいて、ティフォンの胸を抉って足元に血溜まりを作っていたのです。
彼は向かってくる業火をも切り分けたのですが爆発を伴った炎だった為にかなりな距離を吹っ飛ばされてしまいました。
どうにか受け身は取っていたようなのですが私のそばまで転がされてきたので、急いで駆け寄って治癒を開始しました。
彼は意識がなく、全身火傷と擦過傷がすごい。その他に最初の奇襲で受けたらしい酷い裂傷が背中にありました。
傷を全て治した後、ウエストバッグから気付けに水を取り出して含ませた所で彼は目を覚ましました。
「わりぃ。不覚をとった」
言うなり駆け出していったので、私もポチと共に追いかけました。
私がベルナーク様に携わっている間に、戦況は更に悪化して面倒な事になっていました。
フェル君は紺色の頭を3つ溶かしきりましたが全身噛み裂かれた傷だらけで血が止まっていません。腕に嵌めておいた身体防御強化の魔具も物理防御の魔具も見当たりません。肩の辺りは明らかに深い傷です。
黄土色は胸元を血に染めて足下に血溜まりを作りながらもまだまだ元気で頭は4つ無傷、一つはムーちゃんの氷焉魔方陣によって氷に閉じ込められて地面に縫いとめられています。
ムーちゃんは火の耐性を上げる魔具を付けていたにも関わらず所どころ火傷を負っておりますが、それより途中で更に現れた4つ頭の緑色ティフォンに噛み裂かれたらしい脇腹が痛々しい。
圧倒的不利な状況に、冷や汗が止まりません。
フェル君は黄土色の上空四方に魔方陣を出した後、緑色に毒を吐きつけました。
彼は陣を配置する際に黄土色の炎に上体を焼かれて火傷を負いましたが、無視して攻撃です。
緑色は毒を風の防御陣を築いて地面に撒き落とし、鎌鼬のような半円の風を作って満身創痍のフェル君に反撃する。
それをムーちゃんが氷の壁を作って弾き、更にフェル君の魔方陣から放たれた水の槍を凍らせて黄土色の身体を貫かせ、地面ごと凍らせる事で足止めに成功しました。
紺色は動き出す前にベルナーク様が最後の頭を焼き落とし、心臓付近に剣を刺して中をも焼き尽くしました。ようやく1体、です。
「フェル君!!」
ようやく追い付いた私が呼ぶと、彼はザッとすぐ傍に飛んできたので勢いをつけて飛び乗りました。私には状態異常遅行化の呪はかけていますが、フェル君の上に長時間は危ないので急ぎます。乗る前に癒術の為の魔力を練り込みながら来たので、加護付き札を起点に一気にそれをフェル君の中へ解放しました。詠唱も長く燃費もかなり悪くて術者に負担が大きい術ですが、短時間でできて効果も抜群です。
パパパパ……と傷口が私に近い順に光を放ち、煌めきが収まった所は元通りの黒く輝く鱗に戻りました。
フェル君は少しだけダルそうに身動ぎした後、私の指示通りムーちゃんの真上を通ってくれました。タイミングを見てムーちゃんへ飛び降り落ちない程度に身体を傾け彼女の脇腹に手を突っ込んで、内から順に治しにかかりました。
バランスが悪かったせいもあって集中力が足りなかったのか、後少し、という所でベルナーク様の「逃げろッ!」という切羽詰まった声に対応が遅れました。急ぎ振り向くと、なんとまた新たに2匹ティフォンが現れたじゃありませんか!
雷を放電する3つ頭の黄色と炎を吐きだした6つ頭の灰色をみて、咄嗟に術を切りあげサイドバッグから出した最後の加護付き札で防御結界を組めたのは、奇跡としか言いようがありません。
炎と雷は防ぎ切ったものの、爆発した勢いで陣ごとムーちゃんと一緒に吹っ飛ばされて地面に転がり、気がついた時には私達は黄色と灰色に挟まれていました。ムーちゃんは私を庇って地面に叩きつけられたせいか、脳震盪を起こして身体を起こせません。
ベルナーク様とフェル君は、それぞれ緑色と黄土色に対峙しており身動きがとれないようでした。
あ、これ、終わったかも……。そう思った私の思考は普通だと思う。
師匠……助けて……。
脳裏に師匠の後ろ姿がよぎりました。




