4.偏りすぎもいけないと思います
こんにちは。今日も元気なアスランです。
今日はお隣コム国の辺境伯のお屋敷にお邪魔するため急いでます。ムーちゃんが。
え?越境許可ですか?
ムーちゃんに頼んで飛んでっちゃってるんで、事後承諾ですよ。
………嘘です。辺境伯が事前に空路と通過予定時刻を申請して越境許可を取ってくれてます。太っ腹ですね。
さてさて、今日の患者さんはなんでしょう?
連絡した通り、辺境伯のお屋敷脇にある厩舎前の運動場にムーちゃんを誘導する。
運動場には馬を運動していた騎士たちが居ました。ちょっと体の大きい竜位は見慣れているだろうから大丈夫と思って降りたんですが……恐慌状態になったようです。
別に何もしてないんですが、風も起こしてないんですけど蹴散らしてしまいましたね。
……それにしても、こんな事で騎士が落馬とかしちゃ駄目でしょうに。人馬転は別として。
私はそれを見ないフリして往診道具を下し、ムーちゃんを空へ返しました。
見送っている私に遠巻きに人が集まってきましたが、どうして抜き身の剣なんて持ってるんでしょうね、怖いんですけど。
でもまぁこちらから挨拶しないとですよね。
「毎度ありがとうございます~。シィアンの竜医、アスランです。ご依頼ありました辺境伯様まで案内お願いします~」
「っ!?竜医!?」
……驚きポイントが意味不明ですが、とりあえず解ってもらえたようです。
「てっきり敵襲かと……」
「事前にお知らせしたと思うんですけど」
「いや、でも野生種だよね?さっきのって」
……あ。そうでした、リントヴルムはれっきとした野生種でした。
さすが辺境伯の騎士達です、とてもマイナー種なのに良く知ってましたね。
私はアハハと笑って「いやぁ、あの子は師匠が手ずから育てた子なんでほぼ無害ですよ~」とパタパタ手を振った。肉食だし、ブレスは吐かないけど魔力高いし完全に無害ではないので、こういう事は雲に撒くに限ります、と思ったのに。
「あなたっ!アレを操る方法をわたくしに教えなさいッ!!」
可憐な声がかかった後、騎士達の群れが二つに割れました。そしてそのど真ん中に、ザッと肩幅に足を開いて腕を組んだ金髪ツインテールの10歳くらいの女の子が出てきました。ピンクのフリフリワンピースですが、乗り手らしくレギンスっぽいズボンとブーツが見えて好感がもてますが……とっても頭が高い感じです。
「いや、あの、申し訳ないんですがその前に辺境伯のご依頼聞きませんと…」
「わたくしは娘のエーデルワイスよっ!そして依頼内容はわたくしのワイバーンを診ること!」
……なんでそんなに威圧しながら話すんでしょう?まぁ小生意気な子供にしか見えないから全く問題ないですけど。
周りの騎士を見たら、それも間違ってはいないらしい。
さてどうしたものかと悩んでいたら、彼女の側に控えていた騎士が動いてくれました。
「初めまして、私どもはアールスタッド辺境伯が護衛騎士を務めておりますマラクと申します。話は伺っておりますので、このまま竜舎へご案内致します」
「はい。では宜しくお願い致します」
とりあえず、仕事しましょうかね……。
ため息をつきつつ、私は移動の準備をしたのでした。
辺境伯の竜舎は、地竜種が中心の立派なものだった。100頭近くいるらしい。
水場が近くにない地域だからか、水棲種はいない。
ユラン等の癒種もいないから、そんなに難しい症状の竜ではない確率が高い。
でも……。
「お嬢様のワイバーンはどこですか?」
問題のワイバーンは一番奥でした。
この子はさっきエーデルワイス嬢が言っていたように、彼女の為にいるのだろう、他の飛竜種よりも倍の広さの竜房だった。大事にされてますね。
ワイバーンは飛竜種の中ではそれなりに四肢の発達した種である。翼爪による攻撃よりも鋭い前肢の爪の攻撃と尾による打撃が主力だ。魔力を持たない為、体格が強さの決め手になりやすい。炎嚢が無いため炎は吐かない。雑食である。
「グルルルル……」
のそのそと、警戒を露に歩き回るその子は、ワイバーンの標準体格よりは小柄である。
色合いも、珍しい透き通るような紺色だ。
名盤を見ると、最近よく名を聞くアララール地方の生産らしい。…それにしても、名前が不吉な…この世界では言霊って無いのかしら?
「お嬢様、この子はいつからこちらで飼育なさっているんですか?」
「ユークレースは、わたくしの7歳の誕生日プレゼントに伯父さまが贈ってくださったのですわ。
2年マラクに扱いを習って、この2年はわたくしだけが乗っているの」
ほほー11歳でね、と思わず感心した。
騎獣を扱うことイコール騎士職に近いこの世の中で、女の子でライダー自体が珍しい。しかも彼女は貴族のご令嬢なのだ。とってもスバラシイ。
「今年に入ってから飛行中意志が通じない事があったのです。今では跛行も出てきてしまい、どうしたら良いのか……」
跛行というか、跛翔ですね。
「分かりました。ではちょっと失礼しますね~。あ、結界一応張りますが、離れててくださいね~」
荷物をひとしきり漁って、犬笛もどきを口にくわえ、聴診器もどき、体温計もどき、札を一枚に掌大の水晶玉もどきを持って、竜房内へ乗り込みました。
ああ、先ほどからもどきもどきと言ってますが、これらはこの世界では見かけてない為私のオリジナルの道具なのです。魔道具なので本物とは造りが違っていると思いますたぶん。
マラクさんが「あっ」と焦っていた感じでしたが、まぁ大丈夫でしょう。多分ワイバーンにしては凶暴だとか狂暴だとか強暴だとか言いたかったんだと思いますが、一応私もプロだしそれ以上のも扱っているハズなので怯む訳にはいかないのです。
「はいよー。ユーくーん、ちょーっと診せてねー」
遠巻きに竜の頭に近寄ります。
外で「ちょっと!勝手に愛称作らないで!」などとエーデルワイス嬢――面倒だからお嬢でいいよね――が騒いでおりますが、無視です。
ユークレース……こっちももういいね、ユー君はグルルルル……と警戒しつつ動きを止めて身構えておりますが、まだ襲うつもりはないようです。ちゃんと私と目が合います。
犬笛もどきを鳴らしてこちらに敵意が無いことを伝えたら、キョトンとしたのでその隙に額にお札を貼りました。
ユー君の動きがピタリと止まり、外野からおおおッ!と驚きの声が聞こえました。
魔力をもたないワイバーンとはいえ力の強い竜を完全に捕縛できる魔具は少ないのですよ。ふふん。
「アスラン殿っ!後でその札ご教授くださいませ!」
「使用には竜医を管理している竜人の許可が必要なんで無理です」
……ホントは自作だし、普通にある程度魔力が流せる人なら使えますけどね。
話しながらも手早く体温計測、脈拍確認をします。
そして正面から見て全体のバランスを確認。口を開けて歯列を見る。次いで身体に沿って筋肉の付き具合を触診。ついでに魔力を流して内部も診察。
……完全にアレですね。だいぶ偏ってました。
後は確認なので、結界を解いて札を剥がしました。おおっ再利用できそうだ、ラッキー。
ユー君は、魔力を通じて私が害が無い人間と判ったのか大人しくしてくれています。
「はい、では普段の騎乗の様子を見せていただけますか?」
お嬢もマラクさんもなんで?と言わんばかりの表情してますが、問う事無く鞍や手綱を手早く付けてくれました。翼に魔具は着けないようです。
竜では初めて見ましたサイドサドル、淑女御用達の横乗用の鞍です。ある意味スゴイ。
「こんなんで何が分かるんですの?」
あ、お嬢は不審に思われてますね。でも百聞は一見にしかずなので、ニッコリ笑って聞き流します。
「申し訳ないんですが、普通の鞍に替えて運動場まで連れてきてください」
言うだけ言って、私は運動場へと歩き出した。
……成り行きとはいえ仕方がない。私も準備運動をしっかりやっとかないとな……。