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36.アルブルスの拠点


スーサの街並みは王都手前であるせいもあり、門前町のような賑わいでした。

砂礫とオアシスと内海でなりたっているこの国ですが、しかしながら様々な交易品があり各国に名を馳せています。ここは王都よりも物価が安いらしくてお店も簡易なテント型が多く、夜でも外に出してあるテーブルセットに安酒で盛り上がる旅人達が多くみられます。

美味しそうな匂いに釣られつつも宿を定めて荷物を置いてから、食事を取りに酒場へと繰り出しました。勿論ベルナーク様の奢りです!


「うー。食べ過ぎましたー眠い―」

「馬鹿野郎、自分で歩け」

「だいたい夕方から旅に出るなんて馬鹿な状態にするからですよー。休み寄こせー」

「煩い。やっぱ面倒だから寝てろ」


大いに飲み食いして宿へ戻る帰り道、ぐだぐだ歩く私たちの道を照らしていた街灯がふいと消えました。

空気がすっと冷えたので何か仕掛けて来るなと思った瞬間、支えてくれていたベルナーク様にぺっと離されすっ転がる。起き上がろうとした目の前に、キィンと鋭い音と共に金属がぶつかり合う火花が私の目の前に咲きました。


「ポチ!」


声を掛けて直ぐ、銀の大きな毛玉が私に短剣を突きたてようとした黒ずくめを弾き飛ばしてくれて助かりました。


「お前ら邪魔だ。先帰ってろ」


起き上がった時、ニヤリと楽しそうな顔でベルナーク様が3人を相手に立ち回っている。

周りをよくみると、10人以上いるみたいです。


「………抜け出せそうにないんですけど」

「とりあえず籠っとけ」


無理難題をいうベルナーク様は頼りになりません。ポチも黒ずくめを相手にしていてこちらを見る余裕が無いようです。どうしてこの人との旅はこんなに奥の手が必要になるんでしょう。

懐からこの前作った血赤珊瑚のチャームを取り出します。ぶちりと一粒千切り取って空に放りました。


「メアちゃん!いらしてください!!」


ヒィィーーン! と甲高い馬の嘶きがしたと思ったら、珊瑚を核にして赤目の立派な黒馬が現れました。

彼女が後ろ足で立ち上がり、いななくとバチィ!という痛そうな音がして目の前の黒服が黒焦げになる。

容赦のない雷はその後も何人も巻き込み、気が付けば残りはベルナーク様が対峙している一人だけになりました。


「さぁて、誰の差し金か。きっちり吐かねぇと命は無いぜ」


まるきり悪党のような台詞を吐くベルナーク様に、最後の一人は無言のまま彼に向かっていき2合ほど剣を合わせたところで彼の鋭い蹴りの犠牲になりました。

吹っ飛ばされて壁にひびを作って気絶した黒ずくめを引きずりながら、ベルナーク様は面倒臭そうに歩き出しました。


「面倒だがとりあえずこいつは詰所に持ってく。アスラン行くぞ」

「分かりました。ポチもメアちゃんもありがとうございました。またお願いすることもあると思いますのでよろしくお願いしますね」


メアちゃんの鼻づらを撫でて労をねぎらった後、彼女は闇に溶けるように消えていきました。

ポチも漂う光の残骸を残して遁甲です。


「ところで。さっきの黒馬はなんだ?」

「闇を司る精霊さんでナイトメアちゃんといいます。雷使いで凄いんですよー」


あぁ確かに、とベルナーク様は黒焦げの残骸を見て遠い眼をしておりました。


「お前自身は攻撃手段が無いはずなのに、なんていうかホント危ない奴だよな……」

「おお、滅多にない最上級の褒め言葉ですね。ありがとうございます」


夜遅くに自衛団の詰所へ気絶していた黒ずくめ一人を引き渡して翌日見に行ったのですが、黒ずくめは自害しておりました。もやもやしますがどうしようもありません。

結局何者が裏に居るのかもわからないまま、私たちは王都ゴレスターンヘ向かったのでした。



「そこのお姉さん、この金細工はどうだい?」

「いやいや、こっちの方が兄ちゃんとお揃いにできてオススメさ!」

「君の髪にはこの細工が映えるよ」


などなど。実りを司る白のアルブルスの拠点は、何故か今金属の細工物が流行っているようです。

はぐれるからとベルナーク様に襟首を捕まれた状態で市場を通り抜けていたのですが、それでも私のようなチビッコは弾かれるため仕方無しに彼の腕の下に避難しました。断じて肘置きなどではありません。無いったら無い!


「つかぬことをお伺い致しますが、店員さんは古代竜アルブルスの聖域をご存じですか?」

「あぁ、ティフォンの巣の事かい?危なくて今は誰も近寄らない場所だぞ?」


ムーちゃんへのお土産にブラックオパールのペンダントヘッドを買ったお店で聞くと、不穏な話が出るわ出るわ、私は早くも今回の同行を後悔し始めましたよ。


「そのティフォンは聖域を越えて危害を加えるとかは無いんだな?」

「無いみたいだねェ。でも四、五匹纏まっているみたいで王様も手を出してくれないんだよ」

「そうなんだよー。あの辺貴重な薬草が一杯自生してるのにさ、全然取りに行けないんだ」


野生種の実情をある程度知っている私から言わせてもらうと、いやいや野生種がそんだけ纏まっていたら普通国軍じゃ手なんか出せないに決まってるじゃないですか!なんて思ってるけど、口には決して出しません。

ふーん、とやる気の無い相槌を打ちながらも何か手はないかと必死で考える。このまま行くと……確実に同数対決させられる。ベルナーク様は絶対やる。私にはこの人が引くとは思えないのです。


「どの辺によく出没するんだ?」


簡易地図を目の前に、ベルナーク様は目を輝かせております。この辺でよく聞くよねぇと店員さん達が指さしで言うと、ありがとうと言ってお店を出てしまいました。私も慌てて追いかけます。


「……まさかですけど、今から行く気ですか?」


外に出て、鳥をどこかに飛ばしていたベルナーク様に声を掛けると、彼は当然と言わんばかりにこちらを見てきました。


「今を逃していつ行くんだ?」

「えええ!?囲まれたらどうするんですか!相手は数×最低3頭なんですよっ!?」

「頭だけだろ?」


そうなんです。多頭竜(ティフォン)は、その名の通り頭の数が最低でも3つあります。多い子だと8つあったりするらしいですよ。

鱗の色によって使えるブレスや魔法なども違うらしいのですが、炎、水、氷、雷、風などが報告されています。今のところ複数扱える個体は居ないようです。魔力はあまり多くありません。

また、頭数の割に体はそう大きくなく、翼も飾り程度で小さい為あまり行動範囲は広くないようです。

上位野生種の黒龍(ニドヘグ)の毒や黒竜(ヴィエント)の呪いのような後々まで残るえげつない物は持ってませんが、多頭竜(ティフォン)の頭は普通に切り落としてもまたすぐ生えるので意味がありません。っていうか、脳みそはどうなってるんでしょうね、気にはなります。そんな事はどうでもいいんですが、体には再生能力は無いと言われています。………甦ったら学会に殴りこんでやろっと。

それにしても、焼くか溶かすったって結構大変……って、あら?ベルナーク様達には向いてましたね。


「囲まれたら私確実に護符が尽きます。自分の嫁候補にあげられたからってそんなに私を抹殺したいんですか?」

「そだな。まぁこの程度で逝くくらいならオルを追うのは止めるんだな。役不足だ」


くそぅ、やっぱ抹殺したいんかい。でも師匠の事を持ち出されたら退けないじゃないかっ!……女は度胸だ、いざとなったら見殺しにしてでも行ってやる。


「補助魔法は最低限しか掛けられませんからね。知りませんよ?」

「ああ、頑張れ」


ベルナーク様は凄みのあるとてつもなく物騒な顔で笑ったのでした。



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