33.残された記憶の欠片
こんにちは!今日は平和なアスランです。
今週はケルマン国王都のアスリーで王族の竜達の定期健診でした。そのついでにといっては何ですが、健診が済んだら王宮の資料室を見せてもらえるようお願いして、現在資料を漁っています。まだ何も見つかってないけどだいたい順調です。だいたいですが……。
「この辺りも見ますよね」
ドサリと、国を跨いで竜種が起こした事件事故の資料を持ってきてくれたランド様です。
そう、何故か、ナゼかこのタイミングで王宮にいらしていたらしく偶然会って世間話をしていたはずがいつの間にかお手伝いを買ってでてくれたのです。
私としてはあんまり借りを作りたくなかったので断っていたのですが、どうにも聞いてもらえませんでした。困った。
「ランド様、ベルナーク様に何か言われたんですか?」
「いいえ、あの後は会ってませんよ。何かあったのですか?」
小首を傾げて聞かれましたが、言える範囲が分からないので笑って誤魔化すしかありません。
「そういえば、キアストライト様が先日オルフェーシュ殿の気配がどうとか言ってましたよ」
「気配、ですか?」
「そうです。一瞬とんでもない力が放出されたとか何とか」
もしかしてそれ、この前の私ですかね?呪術も古代神聖語も師匠仕込みですし、加護付きなら同じくらいに感じるかもしれない。うぬぼれだけど、日にちの確認をしておきましょう。
「お暇な時にでもいらして下さい。いつでも歓迎いたしますよ」
「そ、そうですね、ありがとうございます」
色々世間話を挟みつつも順調に確認済み資料が増えていく。
この500年近くでは、5体いるといわれている古代竜のうち黒のアーテル及び黄のフラーウムは一度も姿を現していないらしい。現せない何かがあるのか、その辺りの資料はまだ見つからない。
「……古代竜ですか。」
難しい顔で資料を見ていたランド様は、暫く席を外しますねと資料室を出て何処かへ行ってしまいました。
一人残った私も、ちょっと集中力が切れたのでソファで休憩を取らせてもらいました。
「やっぱり師匠の本を探すのが一番手っ取り早いですかねぇ……」
”あそこは無理だ。空間魔法を構築した本人でないと帰ってこられない”
ふぃと風が動き、私の前のソファにキーヴァ君が現れました。彼はケルマンに戻ってきて以来、ちょこちょこ現れては魔力を補充してまた消えるを繰り返しております。最近はしょぼい生活魔法のようなものは使えるようになったみたいです。こちらの世界に慣れたんですかね?
「ところで、いつも何処に行ってるんですか?」
”色々だな。この前の怖ぇ姐さんもあれから会ったぞ”
「なんか言ってました?」
”ああ、魔法罠がえげつなさ過ぎるから死にたくないなら絶対入るなと言ってた”
メル姐さんが一度我が家に来たかのように話すキーヴァ君にコイツ番犬になんねぇなとか思いつつ、いつ来たのか聞いてみたら、なんと薬草を置きに行った翌日でした。何この馬鹿な人たちは。
”馬鹿言うな。お前の事も心配していたぞ”
「う……あー、ありがとうございます?」
”あと、困ったら呼べだとよ。ほら”
そう言うとキーヴァ君は私に親指大の古い牙に革紐を巻き付けたネックレスを渡してきた。
竜の牙は鱗以上に貴重だ。魔具の為の狩りは禁止されているし、歯は2度ほど生え変わるがその機会以外は死ぬ前に合意の上で譲り受けた場合のみになる。魔法の操れる竜は体の部位に力を残さないようにする事もできるのだ。もちろん遺体も同様、空に、地に還るのだ。
これは姐さん自身の牙なんだろう。しかも魔力をだいぶ込めてある。意外だったけど、ちょっと、いやだいぶ嬉しかった。
”あ。も一個あった。あんたの師匠見つかったら絶対自分を嫁か弟子に推薦しろだとさ。できたら嫁だとよ”
…………私の感動を返せ。
そうこうお喋りしている間に入り口のドアが開き、ランド様が戻られました。手には何か魔力を感じる細長い箱を持っています。
「お待たせしました。王に許可は貰ってます。この場限りですが借りてきました」
ドアの開閉と共にキーヴァ君は姿を消し、再びランド様と二人なのですが、ドア付近に護衛の方が付いたのが分かりました。どうやら国宝級という事でしょうか、緊張が走ります。
「開けても良いですか?」
どうぞと渡されたので、そっと蓋を外し隣に置きました。保存の魔法がかかったその箱の中には、私の小指分位の毛の束が入っていました。
「…………髪の毛、でしょうか?」
プラチナというには金が混じったような、アッシュブロンドの美しい髪だった。束をまとめる金細工には、エメラルドのような綺麗な石とついさっき見たような竜の牙が付いている。
「現皇帝陛下の始祖が火竜という話はご存知ですか?」
私は髪から目線を外さないままこくりと頷く。
「その火竜は古代竜赤のエリュトロンに繋がる者と言われているんです。
そしてこちらは、その火竜の奥方にあたる方の遺髪と伝えられています」
「…………触っても?」
何とはなしに言ってしまったけど、どうぞと言って頂けたのでそっと手を伸ばす。
さらりと手を滑る絹糸のような髪は、どこか悲しみに満ちていた。
金具を外して手に受けた途端、ふわりと意識が飛ぶ。
――尖塔のある街を見下ろせる小高い丘に、座る少女とその傍らに立つ黒髪の青年が見えた。
少女はこの髪の持ち主なのだろう、腰まである白みを帯びた金色がさらさらと風に靡いていた。
彼女は澄んだ秋の空のような綺麗な青い瞳で彼を見上げる。恋人と思われるその彼は深い緑色の目をいとおしげに細め、彼女の手を取り立たせてあげた。
またふわっと場面が変わる。
――真っ黒な、それでいて神々しい竜が両手を広げた彼女に顔を寄せる。傍らには酷くくすんで疲れきった暗緑色の竜がいた。
彼女は泣いていた。黒い竜は、その輝く金の瞳を閉じて力を解放する。
ぶありと霞のように竜の身体が霧散し、緑の竜に同化するかのごとく襲いかかる。
緑の竜の苦しげな呻きが……聞こえた気がした。
また場面が変わる。
――全身ずたぼろの緑の竜が黄金の竜の首に噛みつき必死で押さえつけている。彼らの身体の下で、巨大な魔法陣が発動している。その傍らには魔法を放った彼女がいて、目の前で2匹の身体が陣の中にゆっくりと沈んでいく。一心に詞を唱える彼女の目と、緑の竜の新緑色の目が合った。お互いに、愛していると……言っていたように、見えた。
「始祖様の時代は本当に資料が少ないのですが、竜は一部地域にのみ生息していて人族も数が少なかったと…………アスラン様?」
ランド様が戸惑った訳はすぐ分かった。ぽたり、ぽたりと雫が私の手に落ちてきたからだ。
何故かは分からないし私が悲しい訳でもない、でも無性に涙が止まらなかった。
「これは、借りることは難しいですよね?」
「そうですね」
借りられないのは分かっていたので落ち込むことは無い。さっきの幻夢で旦那さんと教えてもらってた火竜は出てきてないし具体的に何かが分かった訳ではないけれど、先程見た彼女は古代竜と繋がりがあるんだと思えた。直感だが、それは世界の理とも繋がっている気もする。
簡単ではないだろうけど、どうしても彼女たちについて知りたいと思ってしまった。自分でも驚くほどに冷静じゃないなと思ったけど、本当にそう思ってしまったのだ。
これが解ければ師匠も戻ってきたりするのだろうか?分からないことだらけだけど。
髪を箱に戻した時、外した金細工に付いていた牙がありませんでした。
焦って探したもののどこにも無い。ランド様にご迷惑をかけてはと思ったのですが、私が髪を取り上げる際に彼も確認していたので間違いない。さっきの私の状態を見て何か思う所があるのだろう、ランド様はこの件は気にしなくて大丈夫ですと言ってくださいました。
「ランド様すみません、ありがとうございました」
「いえ、お役にたてなのなら何よりです。竜の導きのままに」
ランド様は不思議な事を言ってにっこり微笑まれ、そのまま箱を戻しに行ってしまいました。
その後もめぼしい資料が見つかった訳では無かったし貴重品の一部が消えるという事件も起こしてしまったというか起きてしまったけれど、今日はここに来て良かったと心から思いました。
ズメウの始まりを知る奥様の髪にあった記憶の欠片に触発されたのは間違いありません。長旅になっても、時間がかかっても見つけてあげようと、思った。




