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戻ってきた私たちを待っていたラドカーン様は、お昼休憩後の午後に王宮へ伺えるよう手配を済ませて下さってました。

さすがに、さっき見た守りの要になっていた後宮の辺りへは近寄れないと思うと言われましたが、祀ってある聖なる土壌へは案内して頂けるらしい。王宮へ向かう馬車の中で教えてくださいました。


「ただ宰相はともかくここの王族は皆ルギオス兄さんを支持しています。牽制の意味もかねて何かしらあるかもしれません」

「それって、妖精さん達が言っていた”次期殿”というのに関係するんですか?」


ベルナーク様を睨みながら話していたら、心底不快そうに「俺は望んでないしあっちが勝手に敵視してくるんだよ」とブツブツ文句を言ってきました。

何にせよ、後継者争いがあるって訳ですよね。


皇帝ちちはベルナーク兄さんに継いで欲しいようなのです。ズメウとして纏まった領土がある訳では無いので、いざという時の指導力がある者に任せたいと」

「いつまでもこんな体制を取ってンのがおかしいんだ。人族の国って単位があるんだからそれを混乱させるような事はいい加減止めるべきなんだよ。やる気になればどの国だって野生種ぐらい対応出来るはずなんだ」

「いくら竜医やズメウが各国に散っていても、兄さん程の腕を持つ者を抱える国はケルマン国だけでしたよ」


ああ、だから師匠がよく討伐に駆り出されいたわけですね。そしてどうしようもない時はベルナーク様とペアだったと。何この最終防衛線。どうりで毎回トンデモナイ討伐依頼だった訳だ。


「ではこの国で消えた竜医はどちら派だったんですか?」

「ベルナーク兄さんですね」


では皇位争いのとばっちりで消された可能性もあるのでしょうね。きな臭くて困ります。


「王宮内は帯剣は許されておりません。何事も無いことを願いますが、気を付けてください」


ゆるゆると馬車の待機所へ入り、順に降ります。私の影にはポチが入り込みました。ポチの遁甲の気配が読めたのかベルナーク様が足元に出るなよと声をかけておりました。

灰色の石畳から目を上げると、白亜の宮殿につながっておりました。聖者の森の社のような結界の感覚はありません。


「聖地を見せていただくにあたって宰相殿に手続きを願いました。目通りいたしますのでついて来てください」


宮殿の中に入り、謁見の場を横目に見ながら奥へ奥へと進みます。中庭を過ぎる頃には次第に実務的な空間へと建物が変わってきました。

重厚なオーク材の扉の前で、ラドカーン様が止まります。入り口の衛兵さんを通して言付けし、中へと案内されました。


「ラドカーン・ゴシェナイトです。本日は聖地閲覧の機会を設けてくださりありがとうございます」

「ベルナーク・イレヴゥイシュトと申します。我々の調査に巻き込んで申し訳ない」

「こちらこそ次期殿と顔合わせをする機会を与えて下さりありがとうございます、イレヴゥイシュト様。して、こちらのお嬢さんは?」

「シィ――「新しく私の従者をしているアスランです」………よろしくお願い致します」


どうやら竜医は名乗らせてもらえないらしい。自分を説明できないというのも意外と大変だ。

宰相様も何かあるなと感じているみたいなのだが、ベルナーク様もラドカーン様も涼しい顔でしれっと流している。


「せっかくいらして頂いたのでお茶でもと言いたいですが、聖地の祭壇へ急ぎましょう」

「宜しくお願いします」


念のためと加護札を一枚中空に舞わせ、火を借りて燃やす。この空間をきちんと認識したので、そのまま皆で祭壇へと移動しました。



「思ったより広いんですね」


祭壇は、宮殿の脇にある離宮のような建物でした。5大古都と言われるだけあって荘厳な佇まいのここは、ドーム状の屋根とステンドグラスをはめた窓からの採光で幻想的な光景を作り出しています。

だが、竜や人がいるような気配は全く無い。

人払いされていることを確認して、キーヴァ君を呼び出しました。


”ずいぶん竜臭いところに呼んだな”


ふわりと風をまとって現れた彼に、古代竜フラーウムの痕跡があるかどうかを尋ねる。

祀られた剥き出しの土の上に降りたキーヴァ君だったが”竜の臭いはあるが、お前からする青の気配しか判らん”と投げやりだ。

青の気配、ということはキュアノエイデス様の力をここに引っ張り込むことは出来るということだろう。

でも、それでは駄目なのだ。結界を破って地の気配を活性化させない事にはフラーウムへの道はできないのだろう。

私も剥き出しの土に触れてみたが、何も感じないし魔力も伝わらない。これに関しては調べ直しの出直しだ。


「ベルナーク様、恐らく今回の失踪の件に古代竜フラーウムは全く関わっていないと思いますよ。

私に言っていたフレアブラスと師匠が絡むと思われる古代竜巡りはまた別件と思われるので、一旦切り上げることはできませんか?」

「おまっ……ほんっとオルが絡まねえとやる気ねぇなー。しゃーねーか……そうだな。お前のお陰だ、中央うえを巻き込む覚悟が出来たよ」


諦めにも似た声色で、ベルナーク様はあっさり調査終了を認めてくださいました。思っていたよりも軽いノリに疑問が浮かぶが、余計な事は考えないようにしました。早く帰りたいしね。

まぁ異界転送説を諦めて、本格的に皇位争いに目を向ける気になったようですから、頑張って下さい。


「ところで、こいつはどうするんだ?」

「拾ったモノは持って帰りますよ?」

”物扱いするな”


キーヴァ君は憮然としてしてますが、解放しようにも定期的な魔力補充が必要らしいので私からは離れられないでしょうしね。


”還る方法か補充先があれば離れてやるぞ”


うん、心を読まれるのは嫌なので、早々に古代竜巡りはしましょう。

しかし、和んだ空気はそこまででした。


「しっ!…………何だ?」


ラドカーン様が戸惑った声をあげる。一瞬の間に、建物を覆うように何らかの封印結界が展開されたようでした。

宰相が何か魔法を発動させようしていましたが、出来なかったようだ。ラドカーン様も掌をじっと見つめて言いました。


「魔法結界と………封竜シールもあります。力を表に出せません」

「厄介ですね」

”剣を使えるのが8人、他に5人前後で囲んでいるようだな”


ベルナーク様が「できれば今は誰とも顔を合わせたくないんだがな……」とぼやく。

キーヴァ君は楽しげだ。結界が人族の魔法結界と封竜シールなら恐らく彼の力は全く削がれていないのだろう。まぁあまり魔法が使えなくても只の人間には負けないだろうし。

治癒以外の術式も一般の魔法士とは違う私も、彼と同じだ。ただ、穏便に済ませたいのならと、私はサイドバッグから火薬粉の細い管を取り出してある陣を地に描き出しました。

ベルナーク様は私の意図が分かったのか、宰相様とラドカーン様を陣に近寄らないように誘導してくれる。


「アスラン様?」

「その場解散みたいで申し訳ないんですけど、宰相様とラドカーン様は執務室戻りでも大丈夫ですか?」

「え?ええ、我々だけなら何とでも誤魔化せます」


書いた陣から離れて、サイドバッグから両手を広げた程の大きさがある魔法陣を描いた紙を取り出して広げた。


「ではこちらの陣に乗って頂けますか?」

「ラド、後で連絡を入れる。アスラン、頼む」


二人が陣にはみ出ないように乗ったのを確認して、加護付きの札に呪を乗せて陣に貼る。

コウッ!と陣が蒼く輝き、驚く二人の姿が掻き消える。

流石加護付き、私の力だけでは決して出来なかった術が軽く発動しました。でも、消える瞬間、ラドカーン様が笑っていた様なのが少し気になったが、考えている時間はない。

紙を回収したら後は私達だ。


「キーヴァ君は遁甲してください。もし迷ったらポチに導いてもらってくださいね」

”自分で行ける”

「ベルナーク様、こちらへ」


火薬で描いた陣に二人で慎重に乗る。加護付きの札に血文字を乗せて呪を紡ぐが、距離があるためどうしても文言が多くなる。加護があっても2回目ともなると力を絞り出している為冷や汗というより脂汗が頬を伝う。視界が狭く感じるようになったという事は、限界が近い。


”入り口の連中が動き出したぞ”


キーヴァ君はそれだけ言うと、ふいと消えました。


「転!」


私が呪を紡ぎ終え、札を地に叩きつけると同時にバンと入り口の両開きのドアが開かれる。

コウッ!と陣が輝き、描くのに使った火薬が激しく燃えあがる。意図したとおり、光で向こうから我々の姿が見えないはずだ。



結構な光量があったため自分の目も眩んでしまっていた。白かった視界が徐々に戻ってくる。

さっきまでの神殿は跡形もない、見えるのは茶色い屋根の家とその隣にある何だか分からない広葉樹。ケルマン国のシィアンにある、師匠と私の家だった。

家のリビングに張り付けてある護符を目安に飛んだハズでしたが、まぁこれくらいなら誤差の範囲内ですよね。


「ふはっ」


気が抜けて、片膝立ちだった姿勢からぺたんと尻餅をついて、傍らのベルナーク様を見上げました。

彼もどれだけの距離を飛んだのかに気づいて呆然としております。


「こんな長距離の転移は初めてだ。すげぇな」


ですよねぇ………私もそう思います。安心したらそこで記憶が飛びました。



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