30.街を使って施された封印
明くる朝、私は凄い頭痛で目が覚めました。
動きの鈍い頭で鞄を漁り、二日酔いに効くハーブをそのまま噛みます。出来たらお茶にしたかったのですがそこまで自分に余裕がありません。
苦い葉っぱをひたすらカミカミしていたら、少しだけ頭がマシになったので出られる準備をしました。
階下の食堂に降りると既にベルナーク様は朝食を終えて何やら書類を読んでおります。この世界は紙が貴重品なのに、凄い束を持ってますよこの人。
「おはようございます〜」
「おはよう」
彼は目線を外さず挨拶を交わし、そのまま書類に没頭しました。
私も気にせず自分の事をやるのみです。軽くしてもらった朝食をとり、貰ったお湯にハーブを入れて飲みました。
一段落ついたところで「さて」と彼から声をかけられました。
「古代竜、会ってくるか」
「……ですねぇ。ところで何処にいらっしゃるのでしょう?」
この国にバーラッド国のような竜を奉る聖地は無い。いや、無い訳ないんだろうけど解らないのだ、竜が居られそうな広さがある聖地が。
「神殿と王城、好きな方を選べ」
昨日あれだけ行くのを嫌がっていただけに、私に選ばせる気らしい。なんて非道な。
「……神殿、ですかねぇ。確か祭神を奉る所に土があったかと」
「それは王宮だな。ラドに頼んでおこう」
「では暫く暇なのですね。この街を外から見ることは出来ますか?」
ベルナーク様は何故だ?と不思議そうに見てきました。
「少し気になることがありまして。できれば上空からが良いんですが」
「それもラドに頼む。なら行くぞ」
言うが早いか、食後のお茶をまったり飲んでいた私を置いて彼は荷物をまとめて出る準備を完了して外に出てしまいました。
昨日と同じく街並みを見ながら歩きますが、今回は何か視線を感じます。
中流から上級貴族の区域に差し掛かった時、音もなく降りてきた視線の主に道を塞がれました。
"よべと言ったのに何故喚ばない?"
キーヴァ君だった。自分が喚んで欲しいくせに人のせいにするなんて、なんて面倒な人でしょう!
っていうか喚び方聞いてないんですけど、どうやれてんでしょうねぇ。
"ただ呼べば良い。この世界は空間を隔てると魔力の補充が出来んのだ。俺の方が面倒だ!"
どうやらお食事が欲しかったんですね。
とりあえず近くに居れば多少はどうにかなるらしいので、到着したら治癒術に魔力をのせてあげましょうか。
「他にも契約できそうな人居たらお願いしてみてはどうですか?」
"人族の魔力は受け付けぬ"
私も人族なんですけどね……どうやらグイベル並みに偏食とみました。
"……なんかお前ら俺に対して失礼なこと考えてるだろう"
ベルナーク様を見ると、肩をすくめられました。念話は使い手より受け手にとってとてもストレスになるものかもしれないですね。
改めてキーヴァ君の護符の調子を確認してからラドカーン様のお屋敷に参りました。
昨日と違い、今日は竜舎へ案内を受けました。
「う、わぁ~……」
クルージュ国自体は地竜の生産が盛んなため多い方なのですが、竜舎はある程度空もこなせるドレイク、ドラゴン、ウィルムが主でした。なんと、珍しい水陸空対応可能なクエレベレも居たりします。
ふらふらとクエレベレの竜房に近寄りエヘエへ笑う私を気味悪がって、キーヴァ君はベルナーク様の影に隠れました。
「どうぞ、お気に召したのなら触れて頂いて結構ですよ」
やってきたラドカーン様が嬉しそうに房の扉を開いてくださいました。
クエレベレは一見普通のドラゴンと同じようにしっかりした手足と翼を持っています。パッと見の違いというと翼の畳み方と多少尻尾が太めなところと一角ですかね。鱗は魚に近いのかとても密で湿気っています。水魔法が得意なため、常に自分で保湿しているらしいのですが、師匠が言うには皮膚呼吸しているらしいからだそうです。あ、水掻きはっけ~ん。
こっそり切り傷の治療をしたり筋疲労を取り除いたり等楽しくさわさわしていたら、キーヴァ君が何かベルナーク様に訴えたらしく、クエレベレにしがみ付く私をアイアンクローで引き剥がしてきました。さようなら素敵なクエレベレちゃん……。
「ラド、悪いがウィルムを一頭貸してもらうぞ」
「一頭でいいんですか?」
「かまわん。アレは荷物程度だしコレは遁甲できる」
キーヴァ君は精霊扱いです。いや、私なんて物じゃないか。ナンテコッタ。
「アスタナ上空を暫く旋回したいのですが、何か規制はありますか?」
国によっては目的地に向かわない飛行をする飛竜を制限する場合があるため、一応の確認です。
空はやっぱりそれなりに特別な者達しか使えないので、襲撃や偵察と思われる場合も少なくないのです。
「王宮に近寄らなければ問題ないと思います。ウチの竜達も登録してありますから、結界に引っかかっても私の方に問い合わせが来ると思いますから大丈夫ですよ」
言いながら、一頭の灰色のウィルムを引いてきてくれました。身体の大きめな個体で、右角に金の魔具を付けています。あれが登録魔具ですかね。
思わず癖で張り付こうとしたらベルナーク様にアイアンクローで止められました。
それを見てラドカーン様も苦笑いです。
「兄さん、彼女が竜医なのは分かってますから大丈夫ですよ。好きにさせてあげて下さい」
「ラドカーン様ありがとうございます」
「アスラン殿、こちらに来ている時は竜舎は自由に診て頂いて結構ですよ」
まったく甘いよ、などとぶちぶち文句を言いながらベルナーク様がウィルムを引いて運動場へ行ってしまいました。その後を皆でゆっくり歩きながらラドカーン様へお礼を言いましたよ。
素敵な後押しを頂いたので、確認が済んだら早速遊ばせて頂きましょうね。
ルンルン気分で運動場へ向かいます。
ウィルムには2人乗りできる鞍と枝ハミの勒に何やら輸送用の荷物カバンが取り付けられていました。
「ついでに何処かに行くのですか?」
気になって聞いたのですが、ベルナーク様からは「一応の備えだ」としか答えを貰えませんでした。
黙ってついて来ていたキーヴァ君は「魔力をくれ。俺は隠れる」と言っていたので治癒術に魔力を多めにのせて渡したら空間を渡って行ってしまいました。
「昼には戻る」
「分かりました。兄さん、気を付けて、いってらっしゃい」
ラドカーン様の見送りの元、私とベルナーク様はウィルムに乗って空高く飛び立ったのでした。
―――――
灰色のウィルム君は力の強い個体らしいしっかりした飛翔をしますが、時々こちらを伺うように手綱を引いてきたりして探ってきます。若い個体ではないのですが細かい指示の無い乗り手を完全に信頼できるかどうか、彼自身が悩んでいるようです。私は上昇時に人の方にだけ風魔法をかけて、向かい風等を全て制御して会話ができる状態にしました。
ベルナーク様も各種竜の扱いに慣れているので、安定時は基本的な指示以外竜の自由にさせていますが、ウィルム君はあまりこの状態が好きではないようです。
「この国では竜の制御は完全に人の指示によるように調教しているんですね」
「そうだな。俺らは竜の意志に任せている部分も多いがあくまで信頼関係があってのものだしな。多人数で1頭を扱う場合は乗り手が主体の方が安全だろう」
個を出さないようにする、というのは良いようで悪い点もあるが、その逆も然りだ。
だがいざという時、人族の反応よりも竜族のそれは非常に早い。しかも反撃する余裕がある場合もある。討伐などでは、本能が成せるそれらを殺してしまうという事はお互いの生存率を下げる事になる。
相手が野生種のように強大な場合はこの調教の違いが被害の差として顕著になることが多いのだ。
それでなくとも、師匠は空を駆る種の場合は特に1対1の関係を築かないといざという時に助からないから専属が望ましい、と説明していたっけ。空は、魔法をもってしてもやはり人にとって自由に扱えるものではないのだ。
でも……その割には私にムーちゃん扱わせてたよなぁ。
「何悩んでんだ?言っとくが、ムエザはあいつがお前の為に連れてきたようなもんだぞ」
「心を読まないで頂いたきたいんですけど」
「ガンバレ」
同乗してるから以心伝心なんですかね、でも私には分かんないし、なんかちょっと一方的だからムカつきますが今はそれを追及している場合ではありません。
上空のかなり高い位置、王都の全容が見えるほどの高さまで来たのですが、今日は微妙に雲の多い空の為雲を縫って飛んでいます。まぁ指示は全てベルナーク様任せなので考える時間は一杯ありますけどね。
ちなみに今日の雲は積雲という、皆さんが思い浮かべる雲っぽい雲です。綿雲とも言いますそれは、好天と切っても切れない仲です。コレが出てるような時は、しばらく天気が良いですよ。機会があったら空を見上げてみてくださいね。
でもまぁ雲は塊のように見えても中に入ると単なる霧です。しかもたまに冷凍庫状態だし。視界が悪いのと抜ける頃にはびっちょりになったり凍ったりと、あんまり良いことはありません。
上空って空気が薄いし涼しいというより寒いですからね。
「こんな感じで飛んでりゃいいんだな?」
ベルナーク様に一応の確認をとられ、大丈夫ですと答える、が。
「あちゃー………」
よくよく街を見て、途方にくれました。
街の建造物自体を使ってかけられた術というか封印というかがあまりに強大すぎて、綻びを見つけるどころでは無かったのです。
封印を兼ねた守りの陣なのですが、重点的に守っているのは王宮の後ろにある後宮と思われる辺りと思われますが、一番薄いと思われる外側の城壁の内側にも隙はない。
力の流れをみると基本となる四角と三角と円を使った陣だが、規模が大きいうえにあらゆる方向に重ねてあるため封じの方の力も強いのです。
あー……ご丁寧に王都を挟んで南北にレイラインもあるっぽい。
魔力の流れが判ったのは収穫でしたが、どれ一つ崩せそうにないことも解ってしまいましたよ。
国際規模で仕掛けを作っても、術者が揃わなければ役に立たない。私個人では対応しようがないのだ。
「古代竜の棲み処は分かったのか?」
「いえ、恐らく棲み処は綺麗に封をかけてしまって守っている感じですね」
「居ないわけじゃないんだな?」
「それ自体が分からない位人為的にしっかり何もかも隠されてますよ。しかも解こうと思ったら街を破壊して封じだけでなく守りの陣も消さないと駄目だと思います」
お前は破壊神か、と呆れられましたが本当にどうしようもないので黙って街を眺めることにしました。
「ベルナーク様、失踪者の消息を絶った大体の地点って分かりますか?」
ふと、気になって彼に尋ねてみると、王宮の近くらしいが地図を見んと分からんと言われてしまいました。
そりゃそうですよね、地元じゃないですし。
「影の方の持ち物とか、今持ってないですよね?」
「……影は痕跡を残すようじゃ影じゃねぇ」
ごもっともです。
私も消えた竜医の方の相棒の鱗でも爪でも貰っとけば良かったと今更ですが思いましたよ。
良い機会だから今度フェル君に会ったら何か毒の薄い物があったら貰い受けるようにしよう。
それにしても、眼下に広がる巨大な封印には頭が下がります。昔にもすんごい人が居たんですねぇ。
ちりっと、奉られるべき古代竜が何で封じられなければいけないのかが気になりましたが目の前の積雲を避けるベルナーク様の技術に気をとられて気にならなくなりました。
師匠もでしたが、私の周りには見習いたい凄い人が多すぎです。
「なんだかこの封印を見たら、いくら古代竜に繋がる転移の地に触れてもどこにも転移できない気がします。八方塞がりですね」
「なんだ、お前転移が使えたのか」
「できる訳ないじゃないですか」
「…………。」
なにか頭にきたらしく、彼はいきなりガツッと手綱を絞って脚を入れてウィルムを反転させて急降下させました。
ご丁寧に翼を閉じて回転も入れて。
「おあぁぁぁあぁぁーーーーっ!!?」
念のためこっそり自分に落下防止の術をかけていたので私は落下こそしませんでしたが、もみくちゃになった後に上昇に転じた際重力の為にべっちょりウィルムの背に圧し潰されました。
「……ちっ、この程度では落ちないか。つまらん」
安定飛行に戻った後、ベルナーク様は悪役のように呟きました。……落とす気だったんですね、なんて恐ろしい人だ。
私は改めてベルナーク様の心の中の悪名を増やしました。




