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29.酒は飲んでも呑まれるな


昨日の約束をきちんと守ってくれたらしく、今日は見世物小屋は開いていません。

入り口に近寄った時「アスラン様ですね?」と聞かれ、従業員さんに奥に案内されました。今日はベルナーク様も一緒でしたが、何の問いかけも無かったのでそのまま連れて入りました。

昨日の部屋の前で何故かちょっと煤けた樽主人と会い、まずは現状を教えていただこうとそのまま彼の部屋へ案内してもらいました。


「ありがとうございます、お待ちしておりました。アレの体調は戻っていませんが、何故か治癒師の術が攻撃の術になって弾き返されました」


その煤けてるのはあの子が術返しをしたからですか。派手にやられましたね。

まぁ悪質な業者で無くてホッとしました。が、ギ族疑いの彼が術を悪意を持って返す能力がある事に気を引き締め直します。


「この部屋です。宜しくお願いします」


樽主人は部屋へは入らず、私とベルナーク様を押し込むとドアを閉めてしまいました。

何故?という疑問は、この息苦しい空気だとすぐ判りました。


「こんにちは。殺気では無いんでしょうけどコレ何ですか?」

”……瘴気だ”


ベッドに寝転んでいた彼が代わりに答えました。

ベルナーク様はその声なき声を聴いて即剣を抜いて構えており、口を挟む隙もありません。


「何しにこの世界に来た?」

”俺も聞きたい。誰が俺をこの世界に喚んだ?”


ふらりと赤目の男の子がベッドを下りて立ち上がりますが、回復していないのでしょう、あまり足取りは良くありません。


「はい!二人ともストップです!」


話が進まないからと急いで真ん中に入ったら、二人の殺気に一瞬身動きが取れなくなりました。

気がつくとポチの背中にうつ伏せになってました。助かりましたがポチはいつの間に沸いて出たのでしょう……。まぁお陰で二人の気も逸れたみたいなんで良かったです。


「すいませんね、貴方も体調良くないのに歯向かわないで下さい」

"悪い。竜の気を感じたからつい…"

「そりゃ俺の先祖が竜だからだ」


ばつが悪そうにベッドに座り直した彼に、同じく椅子に行儀悪く座ったベルナーク様が何の事でも無いようにさらりと答えました。


"何ッ!?"

「むしろ此所ではお前が異端だ。自覚あンだろ?」


少年は私に手を取られて大人しく診察されていましたが、ベルナーク様の言葉に動揺を隠せなかったらしく手が震えてました。

彼らがこんな調子では診察より部屋の防音やらをするのが先だと思い立ち、私は立ち上がって扉の封と防音を施します。

そうしてまた魔力診断をしてたんですが、昨日とまた違って伝導率が良くなっている感じがしました。


「……なんかありました?」

"アンタの血を取り込んだからだ"

「へぇ〜……」


ん?なんか今聞き逃してはいけない言葉を聞いた気がするぞ?

ベルナーク様を見ると、呆れ顔だ。


「それって血の契約とかになんじゃねぇの?」

"良く分かったな。お前は俺がこの地に消されないための繋ぎだ"

「……はっ!?」


硬直する私をよそに、ベルナーク様はため息をつきました。


「決まりだな。お前も還りたいんだろ?俺らに付き合え。古代竜巡りだ」

"古代竜!?あいつらはまだ生きていたのか!"


いちいち茶化したり突っかかる彼らにイラッとした私は、バンっとテーブルを両手で叩いた。

沈黙した彼らに「とりあえず自己紹介から順にお願いします」と凄んだ。


「ベルナーク、竜人(ズメウ)

「アスラン、竜医ですが人族です」

"名は言えぬ。人族は俺達を妖魔とも悪魔とも言っていたな"

「……ではヴァイラスと呼びますよ」

"ッ!?なぜあの方の名を知っている!"


勘というより師匠の本にあった名なんですけど、何となくこの子の居た世界と時代が分かった気がしました。


「地下へ追いやられた後のギ族の世界、ホントにあったんですね。ベルナーク様、勘は当たってしまったようですよ?」

「……出る準備をしろ。俺は主人と話してくる」


宜しくお願いします、と見送ると彼に向き直り再度名を尋ねる。


"……キーヴァだ"

「真名ではないですよね?」

"違う"


なら良いんです、と言いながら彼の具合を確かめ、寝具を片し、準備を進めました。

キーヴァ君は不思議そうに私を見ています。


"俺をここから出す事でお前たちは何か良いことでもあるか?"

「さぁ?でも私の探す人を見つける手掛かりになると思っています」

"逃げるとは思わんのか?"

「今の貴方は弾くだけで魔法も使えないから私以下みたいですし、もし実行するなら他の魔力補給手段が見つかってからじゃないですか?」


図星だったせいか"ちっ"と苛立たしげにそっぽをむかれてしまいました。

部屋の護符を綺麗に剥がしてこちらの準備は完了です。


タイミング良くドアが開き、ベルナーク様と顔色の悪い樽主人が入ってきました。何であんなに青白いんでしょう……素で話しちゃったんですかね?


「ええ、ええ。この者は貴殿方にお任せいたしますよ。大丈夫です、今後とも一切関わりませんから大丈夫です」


……大丈夫って2回言った。相当ダメなんだね。


「ハイ、では失礼しますね」


笑顔でキーヴァ君の手を引きベルナーク様に背後を任せて部屋を、建物を離れました。



外に出て、まずはキーヴァ君の角と翼を視覚阻害するよう加護付き札を貼りました。効力を保つのには彼の内蔵魔力を使うようにしたので、破れない限りは永続的に効果があると思われます。魔法だとかけ直しが面倒ですからね。

彼の服装を調え、それからベルナーク様は宿に向かいました。どうやらまだラドカーン様を巻き込む気は無いようです。


「さぁて、キーヴァ、俺にも説明してもらおうか」


ドカッと机に濃ゆいお酒の瓶を何本か机に置いてベルナーク様がキーヴァ君に説明を求めたのは、ガヤガヤした一階の食堂内ででした。


「言っとくが、俺から逃げたら俺の竜が狩りに行くから覚悟しとけよ」


彼はここに来る前にキーヴァ君の首に下げさせた魔具の紫水晶をパチッと指で弾いて、手酌で酒を飲みます。この水晶でフェル君に目標物を知らせることが出来るのです。彼が本気で逃げたら、空間を渡れる者同士なのでかなり広範囲に被害が広がる事でしょうね。

とりあえず、この場の空気は私だけが緩衝剤です。気合を入れねば。


「わー。耽美ーな光景ですねー」

「……お前の脳味噌は俺の殺気を何だと思ってんだ」

「面倒見の良い兄貴分の空気ですね」


アホ、と頭をこづかれ痛みに呻いてしまいました。


"俺はたかが竜ごときに遅れはとらん"

「ほーぉ……」


折角緩めた空気をまたしても緊迫させる二人にため息しか出ません。


「とりあえず、ベルナーク様は色々穏便に状況を把握、沈静化したいんですよね?」


はっ、と苛立たしげに顔を背けられました。合ってるようです。


「そしてキーヴァ君は何らかの原因でこの世界で魔力を回復できません。還るか普通に力が使えるようにならないと何も出来ない、そうですよね?」

"…………違う"


否定が遅れたので肯定なんでしょうね。何だこの天の邪鬼は。


目の前にあったコップを傾けつつ、どうしたものやらと考え込む。

結局のところ、師匠の居所は誰も解らない。とどのつまり今回のコレ、私にとっては無駄足だったということだよね。ベルナーク様の嘘つきめ。

空っぽになったコップにそこらの瓶を傾けてめいいっぱい継ぎ足す。

フレアブラスは古代竜だと古代竜(キュアノエイデス)が言った。キュアノエイデスは明らかに何かを知っていた。では今回の失踪というか渡りは古代竜絡み?古代竜がギ族をも巻き込んだということか?


では古代竜こそが今回の元凶となる訳か?

何を持ち込み何を排除したいのか、師匠やズメウを消して得するのは誰?

考えるほどに糸が絡まっていく気がする。

気が付くと手持ちのコップが軽いので、とりあえず一番近い瓶から継ぎ足して飲みました。


にしても……


「キーヴァ君、きみぁいぐっなんらい?」

"は?"


唐突に聞いたからか、奴は目を丸くしています。ベルナーク様はあちゃーという顔をしていました。


"お、オイ"

「だーらぁ、なんらい?」


あら大変。意識はしっかりしているのに我ながら呂律が回っていません。


「……コイツ、師弟揃って酒癖悪かったのか」

「ししょーろいっろいしらいれくらはい!」

"…一緒にするなとよ"

「オルより悪いナ」


ベルナーク様は私のコップを取り上げました。中を見ているが、残念でした、もう飲みきったのだ。


「今日はもう話し合いにならん。こいつを部屋に押し込んどけ」

"はっ、俺を使い魔にでもした気か。断る"


キーヴァ君は鼻で笑ってふいっと消えました。

霞が消える間際に"お前が呼んだら現れよう"と私に言っていたので、一時的に姿を消しただけらしい。


「しぇーれーたんといっひょらんでふねぇ」


感慨深く呟いたらベルナーク様に水を渡されました。早く寝ろ、だそうです。



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