その頃のししょー。その1
乳白色の霧深いアイナー渓谷で、一瞬の間に出現した高魔力の転送ゲートに巻き込まれたオルフェーシュは迷っていた。
ここは何処だろう、どこへ飛んでしまったのだろうか。
霧は相変わらずあったがさっきまであった殺気と魔力の気配が何故か無い。そして足元は鬱蒼と草が生い茂っている。アイナー渓谷は高地の為殆ど草のない岩場だったはずだ。
「アスラン、いるんですか?」
ふいに彼は見知った弟子の魔力を感知した。いや、弟子よりも魔力量は少ないが洗練されている感じから、やはり別人だろうか?
それは躊躇いなくこちらに向かって歩いてきた。オルフェーシュは知らず腰の剣に手を伸ばす。槍の方が得意だが、剣とてそこいらの者に負けるほど弱くはないと自負している。
「ふふっ。警戒しなくても大丈夫だよ。わしは貴方の味方だ」
向かってきていた気配は近くまで来て立ち止まり、しゃがれた声をあげた。老婆のようだった。
さっきまで濃くあった霧は少し晴れ、厚手のローブを着た老婆が見えた。老婆は驚くようなことを語ってきた。
「貴方がアスランと呼ぶわしの曾孫は、まだ幼いからこの世界に居るよ」
「……ひ、孫?」
「暁という名だ。もうすぐわしが引き取る事になる」
もうすぐ5才の暁はこれから親を亡くすらしい。予言のようにすらすら語る老婆に、何故そこまで分かっているのにそれを止めないのだと、つい口にしてしまった。
少し悲しげに、老婆は笑う。
「運命というものは捻じ曲げるほどに歪みが酷くなるものなのさ。わしの孫娘とその夫が亡くなるんだ。悲しいが、自然に任せる方が害が少ないでな」
「貴女がここに来たという事は、俺がこの世界に来ることも運命だったというのですか?」
「そうだね。一番はあの子の心を救うために送られたんだろうね」
親を亡くした、将来弟子になる子の心を救う為とはどのような神の悪戯なんだろうか。分からないが、老婆についてくるように言われ、素直にそうしたのは本当に自分の意思だったのかは分からない。
――全ては運命であると、老婆は言った。




