28.嫌な予感というものは当たるんですね
「……ほぅ。それは立派に深入りして来たナ」
「いやぁ、褒めてもエールすら出ませんよ」
「逆だ。むしろ奢れ」
ちょっと遅くまでやっている酒場兼宿屋を見つけ出してご飯を食べつつ相談という事になったのですが、赤目の少年を保護する件は予想以上に渋られてしまいました。
ベルナーク様としてもあの人物は予想外だったらしく、犬猫拾うんと違うんだぞとひたすらぐちぐち言ってきました。そんな事言われても、あの状態であの謎の人を放置するのも問題だと思うんですよね。
「で。俺に金銭でカタを付けろと?」
「たぶん師匠なら、笑いながら違法だからそいつをよこせと脅すと思いますけど」
「あいつと一緒にするな」
まぁ私も一緒に見られたくは無いので気持ちは同意します。
ふぅ、とため息を一つついてご飯の美味しい話題に切り替えようと思っていたら、触れて欲しくない話題に変えられてしまいました。
「最終的にあいつは何なんだと思う?」
「………師匠の『古代竜と天地神話』に、金の眼は竜族、赤い眼はギ族、と。……ありえますかね?」
「金は間違っていないが……できたら単なる突然変異を信じたいな」
「でーすーよーねー。っていうか探るどころじゃなくなった気がするんですが、まだやるんですか?」
「一月以内に帰らんとバレるが、それまでは探るぞ」
「えー……非道だー。営業妨害―」
「手当は出す。帰ったらな」
早く帰る方法、早く帰るには……単純な私には一つしか方法が思い浮かびません。
「いっそ私が竜医として派手に活動して良いですか?」
「引っかかってくるのはこの前のバシリスクなんかじゃねぇんだ。オルに言い訳出来ねぇから駄目だ」
「……最終手段でメル姐さんを巻き込みませんか?」
「ここは5大古都なんだ。古代竜の守護地だぞ?何国の恨みを買う気だ」
「師匠出てこないし地道ーな探り作業しか残らないー帰りたいですー」
この後も、結局行動指針は決まらずグダグダになったのは気のせいではありません。
「おはよう」
「おはようございますー」
「例の彼のところへ午後向かう事は大丈夫ですよね。午前中ですが、神殿か王宮の詰所に行きませんか?」
食堂で朝食を得て頭も回ってきたところで、再度確認です。
詰所?とベルナーク様は首をかしげます。
「影はともかく、竜医の失踪に何らかの痕跡がないというと、王室かそれに匹敵する権力者の疑いがありますよね」
「……馬鹿正直に真正面から行く気か」
ベルナーク様は渋面です。そんなにお茶苦いですかね?
「それか聖地へ行って古代竜にお伺いをたてる」
「彼らは悠久の時を生きているんだ。お前みたいな異端児に興味はあっても俗世には興味ないさ。それに居場所が分からんだろう」
「……異端児って何かすごく心外なんですが、ではこっちは無しですね」
んじゃやはり詰所へと言ったらやっぱり却下され、午前中はベルナーク様の協力者の所へ行くことになりました。
街へ出て、商業地を通りすぎ中流階級の屋敷も通り抜け、上級貴族の邸が立ち並ぶ区域まで歩きます。
こちらまで来ると、歩く人は全く見当たらず皆馬車や馬や竜種などに騎乗しています。
スティンガー君を返してしまったので、歩きの私たちはだいぶ場違いっぽい感じがしました。
「悪目立ちしてません?」
「もう少しだから黙って歩け」
相変わらず苦情は受け付けてくれません。苦情受付センターどこー?
ぶちぶち言う私を無視して彼は歩き続け、やがて一件の邸宅にたどり着きました。
ひときわ豪華な邸門をくぐったところで、左右から騎士のような堅苦しい格好の人がどこからともなく現れました。
「ベルナークがラドカーンに会いに来たと伝えてくれ」
彼が素っ気なく一言だけ伝えると、すぐに執事さんと思われるおじ様がやってきてベルナーク様に恭しく挨拶しました。
そうして連れられた応接室は普通に迎賓館のような素敵な空間でした。
「なんだ、やけに静かだな。何考えてるんだ?」
「やー、ベルナーク様の知人さまは貴族様でも上級貴族様なんだなーと思っただけですよ」
ベルナーク様はふん、と面白くなさそうに鼻をならして爆弾を投げてきました。
「ラドカーンは俺の弟だ。腹違いのな」
「えー……実は黒幕なんですーとか言いません?」
「さぁ?」
「うーん、問題のない方なら、竜舎見せてもらえませんかねー?」
「……安定の仕事バカだな」
趣味も兼ねてて仕事熱心だねと言ってください、と文句を言ったら、薄く空いていた扉の影からクスクス笑う声がして「お待たせしました」と茶にも見える赤髪の華奢な男性が入ってきました。
顔立ちはベルナーク様に似ていますが、体格や立ち振舞いが優雅で全く違いますね。あ、口調もか。
思ったことが顔に出てたのか、ベルナーク様は眉間に皺を寄せて凄く嫌そうな顔をしていました。
「兄さんお久し振りです。初めまして、ラドカーン・ゴシェナイトと申します」
「初めまして、アスランです。ベルナーク様には……お世話になっております」
大概迷惑事に巻き込まれてますとは言えなかったですが、同情の目で見られたので何となく判って貰えたようです。
「兄さんが来たってことは中央も把握してしまったんだね」
「まだだ。止めていられる今のうちにどうにかしたかった」
二人だけで何やら通じあっているようですが、さてどうしたもんでしょう?
「あの、差し支えなければ私は竜舎を――「駄目だ、聞け」?……イタイイタイイタイ……」
私の頭にアイアンクローをかまして、そのままラドカーン氏に向き直させられました。
「切り札になり得るかどうかは微妙だが、コイツがあのオルフェーシュの弟子だ」
「オルフェーシュ様の……女性の方でしたか」
「ベルナーク様、本当は今回の竜医失踪事件の理由はご存じなんですよね?どうせ私を駒にするつもりでしたら詳細を教えて下さい」
ちょっと私の扱いがぞんざいなのは許しますが、理由も分からず巻き込まれるのはだいぶ気分が悪いので思わず言ってしまいました。ベルナーク様とラドカーン様は顔を見合わせ、仕方が無いかと話しだしました。
「まずオルフェーシュの件だが、ここ1年ほどで頻回している異界の扉とフレアブラスの関係を調べてもらっていたんだ。ある日何らかの理由で出現したとんでもない魔力が込められたゲートで、突然人が消えたり現れたりする……お前もそうだったんだろう?アスラン」
何とも言えずベルナーク様を見る。知っていても黙っていてくれたというのか、触れる必要が無いと思われていたのか分からないが、前に”渡り人”と聞いていたのに疑問に思われなかった訳が分かりました。
「そうですね。魔力は分かりませんでしたが、家に帰ったつもりで扉を開けたら師匠の家でした。扉を閉じたら戻れなくなって、私はそのまま師匠に受け入れて貰いましたが………こんな感じじゃない人も居たって事ですね?」
「そうだな。お前は運よくあいつが拾って便宜を図ってくれたが、言葉も通じない奴や化け物みたいなのが現れた事もあったらしい」
「……結構頻回なんですか?」
「どうだろう、俺たちの情報網では確実な目撃者があるのは20件にも満たない。失踪も数は同じくらいでこちらは人族のみだった。ただし、ゲートは魔力探知の報告では100近くあったらしい」
ラドカーン様が手元に置いていた資料を手に取る。
「短期間に、この国の関係者で3件起きています。兄上派の竜医と影が」
「だがそんなのはこの国だけで、他は場所にも人種にも法則が見つからない。五大古都を中心にして散ってはいるんだがな。……そういや時期がどうこうとか言ってたから実は古代竜も絡んでいたりするのか?」
古代竜については基本的にズメウは不干渉でなければいけないし、それぞれの国に散る自分達ズメウの情報網でも引っかからない。この国の禁書でも似たような事例すら無いので本当に分からないのです、とラドカーン様が引き継ぎました。
「極論ですけど、師匠はこの世界に居ない可能性があるのですか?」
「……考えたくねぇが……キュアノエイデス様が『世の理を解け』って言ったろ?アイツほどの奴があの方々に行きついてないなら、この世界に居ないって考える方が自然だと思わないか?」
「師匠が関係ないなら私は帰りたいですー。古代竜ツアー頑張って下さいー……」
オイ、とベルナーク様は殺気を込めてきましたが、いくら関係者でも伝説探しなんかしたら私みたいなへっぽこは絶対死んでしまいます。巨竜種で懲りましたので是非とも他の力もあって勇気もある皆様にお願いしたいんですけど。
「こうなるとやっぱお前の言ってたあの子供のギ族説も洒落にならんな」
「ギ族?」
ラドカーン様が不思議そうな顔をいたしました。
師匠の本のちょっと眉唾な神話なのですがと前置きして、私は説明しました。
神代の昔、地上でギ族とシ族という一族の争いがあったそうなのです。地上を他の生物が住めない毒で穢そうとしたギ族と、他の生物との共存を唱えて戦うシ族を支える形で竜族や妖精、人族などが戦いに参加したとありました。熾烈を極めた争いは最終的に『腐蝕の10日間』という最後を迎えたといいます。
この結果ギ族は地下へ封じられ、シ族は滅び妖精は姿をくらませ、腐蝕された地上の毒で生きられなくなった竜族は散り散りに、毒に害されなかった少しの人族だけが残ったと。
「コレの疑問なんですが、竜族は地上に居られなくなったとしたら現状と矛盾してますし、ズメウの始まりも触れられてませんし、どんなもんなんでしょうね?どこまで古代竜は知ってるのでしょう」
本は師匠が戻るまで読めそうにないので、古代竜のどなたかに今度会うことがあって話す機会があったら聞いてみてくださいねと言ったら、ズメウは基本不干渉でなければならないから、自分で聞けと言われてしまいました。……酷い。
「ラド、悪いが午後から見に行く赤目の子供だが、場合によってはお前も巻き込むことになる」
「構いませんよ、僕は元からルギオス兄さんよりも貴方を支持していましたから」
目を伏せて柔らかにラドカーン様は言いましたが、少し言い辛そうでした。ルギオスさんもラドカーン様も、基本的にこの国を中心に活動なさっているようですからね。ベルナーク様は「悪い」と呟くように言って顔を背けた後、立ち上がって部屋を出てしまいました。
私も慌てて挨拶して部屋を出て、屋敷を離れたベルナーク様を追いかけました。
「……何があるか詳しくは聞きませんけど、私を巻き込まないでくださいね?」
「はっ。そういう時は信じてますとか支えますからとか言ってくれんじゃねぇのか?」
「それは師匠に対してだけですよ。だけど担当の方ですからね、協力くらいはします。出来る範囲で」
「イイ性格してるよ」
「ありがとうございます、追加金期待してますよ」
重苦しい先行きを払いたい一心で軽い会話をしながら、見世物小屋のあった所に向かいました。




