27.赤い眼の少年
バーラットを出てから2日が過ぎようとしています。
ようやく目標のクルージュ国のトアレグへ入れそうなベルナーク様と愉快な仲間たち(主戦力は他方にて待機中)です。まぁ、この王都の検問が終わったらですけどねー。はははー。
真っ直ぐ向かったと思うんですけど、師匠といた時並みになかなか色々ありましてこのザマです。
主にベルナーク様が野――「さっさと歩け」ハイハイ、列の間を開けてすいませんですね。
今回の旅券は普通に観光旅行です。一般的ではありませんが、仕事として出す越境許可証のような身分を正確に出すものではありません。
アレ出したら目立ちすぎて探ってる意味が全く無くなっちゃいますしね。
「観光ねェ……」
ガタイの良い冒険者な旅装束が似合うベルナーク様と自他共に認める隣町から来たそこらにいる普通の娘な私の組み合わせにいぶかしげな視線を向ける検問の騎士様ですが、私達だけに時間を取られる訳にはいかないのでしょう、ちょっとでも怪しい素振りがあれば勾留のつもりだったんでしょうがそこまでではなかったようで流されました。そんな感じで無事に王都へ入れて貰えましたよ。
とりあえず、近場の食堂にて食事を取りながら今後の打ち合わせをする事にしました。
「さって、何から探ろうかねぇ……」
「えッ!?まさかソコからだったんですか?」
「道中で何か来るかなーって思ってたんだけどな。何もない場合を考えてなかった」
「えー……」
ベルナーク様はやっぱりノープランでした。そういう私もそうですけどね。
「でも観光で入っちゃったから仕事する訳にもいかないですよねぇ」
「スられたとかで冒険者ギルドとか行っても良いんじゃね?」
「……あえて言わせてもらいますけど。私身分証置いてきてますよ?」
「竜医は目立つからダメだ。冒険者とかで良いじゃねぇか」
「っていうか、街中に留まれる職じゃないと意味無いですよ?」
「あー……」
さすがベルナーク様、本当にノープランだったようです。困った。
食事も終わったのでとりあえず店を出て、ふらふら観光に乗り出しました。
当てもなく街並みを観光していましたが、少しばかり治安の悪そうな辺りに着いた時です。
見世物小屋があったので、私はつい好奇心でふらふらと見に行ってしまいました。
表にある看板には、魔獣とありました。聞き覚えの無い名称です。他には見学料と販売応相談としか書かれておりません。
「ベルナーク様、見たいですけど良いでしょうか?」
「まぁ良いんじゃないか?」
どうでもよさそうに、行ってくれば?と言われたので腕を掴んで強制で連れ込みました。
2人分の見学料を私が支払い中に入ります。
薄暗いテントの中に魔石の結界で固めた大型犬が入るくらいの鉄格子がいくつもありました。
しかしそのほとんどが空っぽで、中身が入っていたのは3つだけ。うち2つはこの辺りでは絶対に見かけることの無い珍しい動物なだけで魔獣というような感じではありません。
ただ、残りの一つは魔封じの首輪っぽいものをした上半身裸の男の子が入れられていました。
体育座りで黒髪の頭を足の間に置いて顔を隠したまま全く動きません。呼吸はしているようなので、生きている事は確認出来ました。
両耳脇から後ろに向けてクリーム色の鋭い角、手足は人間なのに皮膜タイプの小さめな紅い翼を持ち、背中だけにあるっぽい鱗は滑らかな朱の光沢を放っております。尾は無さそうです。皮膜も鱗も鳥人族ではありえません。だから魔獣という記入なんですね。ちょっと納得しました。
彼らの手前には、触れられないように紐の柵が作ってありました。
「……あれは何だ?」
ベルナーク様が囁きます。
その声色で、竜種だとしたら彼でも見たことが無い種類だという事が分かりました。
ドラゴネットで人型を取れる種は限られておりますが、彼らは完全に人族を模すと報告書にはありましたしね。
「触って魔力を流してみないと何とも言えません」
直感で竜ではないと思いましたが、何の生物にしろ触れて初めて分かることがあります。
こそこそとベルナーク様に護衛の気を引けないか聞いてみましたが、断られました。
「では何があっても他人の振りをお願いします。連絡はコレで」
ベルナーク様に魔石を渡し、何気ない感じに自分に身体補助魔法をかけ解呪の札を手にダッシュで檻にぶつかり中に居る彼の背中に触れることが出来ました。意識のない彼は私の勢いに押されてそのままパタリと倒れ伏しました。
意図した通り「なんだお前はっ!」と、警備の方が慌ててやってきました。結界やらテントの一角やら色々ぶち壊したので予定では大人しく摘み出されようと思っていたのですが、私はさっき触れて得た情報が理解できなかった為出来る限り暴れて責任者を引っ張り出すべく引き延ばしを図りました。
「何事だ!?」
「高熱出して意識の無い子をこんなトコに入れて何してるんですかっ!!治療なさい!」
樽のようなお腹のオジサンが出てきたので声を張り上げる。
なんだと?と関係者全員の視線が彼に行き、皆の動きが止まる。
その隙にベルナーク様は気配を消してそっと小屋を離れました。予定通りです。情報を得るだけ得たら連絡を入れるつもりです。
「君も来てもらおうか」
意識の無い彼と共に、建物の奥へ連れていかれました。
◇
思っていたのとちょっと違ったのは、樽主人に「治癒師様でいらっしゃいますか?」と案外丁寧に対応されたことだ。
連れ込まれた感じですが、部屋に入ったら手を離され丁重にソファまで案内されました。
「いえ、ですが多少治癒術の心得はあります。診せていただくことは可能ですか?」
「どうぞこちらへ」
簡易に作られた寝床に、彼は毛布を掛けられうつぶせで寝かされていました。
横を向いていますが、額にそっと触れて魔力を流すとかなりな抵抗を感じました。人族でも竜種でもズメウでも無い謎の反応に戸惑いますが、周りで見ている人たちがいるので無表情を貫きます。
熱の原因は病気ではなさそうです。呪術のようなものかとも思いましたがあの独特の不快感もありません。
そうこうしていたら、彼が薄く目を開きました。瞳には人には無い色、金が少し混じったような赤い虹彩が見受けられました。
その目が一瞬混乱を写したと思ったら、バッと私の手を振り払いました。その際彼の爪で少し腕が切れましたが、気にせず声をかけることにしました。
「こんにちは。何か欲しい物は無いですか?」
囁くように尋ねると、目を見開いて私を見てきました。少し状況が読めたらしいのですが、口は決して開きません。
私も彼の不利になるようなことは言いたくないので構わないと思ったのですが、彼はほかの手段をとってきました。
”あんた誰?”
私に念話の才能は無いので念じて分かるかどうかわかりませんが、アスランです、と伝えようとしたら”アスラン、さっきの魔力はなんだ?”と返ってきました。思っただけで伝わるようなので、"私の魔力で状態確認の為の魔法を付加していました"と念じてみた。
彼は私の腕の傷に気づいたようで、そっと触れて手を引っ込めて上目遣いに見てきた。
"腕、悪かった。あと、さっきの魔力をまた流してもらう事は出来るか?"
"出来ますよ。癒術を付加して送りますね"
今一度彼の額に手をやり、通常の疲労などに流す治癒術と共に魔力を多めに流す。
彼は目を閉じて細く息を吐きました。
”どうでしょうか”
”助かった。すまない”
”不躾な事を聞いてしまいますけど、人でも竜でも無いあなたは何者なんでしょう?”
ちょっと直接的に聞いてしまったら、念話が途切れました。どうやら触れてほしくない話題だったようです。
ちょうど樽主人がこちらを伺ってきたのできりの良い所で魔力流しを終了しました。
「どうだろうか?」
「一時的な治癒なので、継続的に手が必要かと思います」
”俺を連れてここを出てくれないか?”
「ちょっと待ってください」
あ、間違って口にしてしまいました。疑われないよう、ええとですねーと話を繋ぎます。
ごそごそ懐を漁り、以前採掘した未加工のエメラルド石を取り出して手渡しました。魔石にしようと思っていたのでちょっと惜しいですが、今はこれしか無いので泣く泣く諦めます。
「私はアスランと言います。実はこちらの魔獣というものに興味があり、これで暫く小屋を開けられない分を補填いただいて明日以降も私に治癒させてくださいませんか?」
「興味を持ってくださりありがとうございます。ただ、当方としては他の治癒担当にも診てもらいますが、良いでしょうか」
とりあえず明日の取次ぎは上手くいったので、ベルナーク様に報告と相談を致しましょう。
”そのベルナークって人間に頼めるのか?”
「ではまた明日、このくらいの時間に参ります」
……あんまり人の心を読まないで欲しいですが、とりあえず頑張りますので待っててください。連れ出して欲しいなら、明日私の前に来る治癒師さんの術はできたら弾いてくださいお願いします。
それだけを考えて、部屋を辞しました。
見世物小屋が見えなくなるくらいまでは大人しく歩いていましたが、街角に差し掛かった時に隠形術を展開してダッシュで駆けだし追っ手を巻きました。
そのまま物陰に隠れ、そこで魔石を通じてベルナーク様にお迎えを頼みました。
そして、ちょっとした視覚阻害の魔法をかけてから拾ってもらいましたよ。私、頑張った!
行きのごたごた、本当はベルさん関係者が暗殺者寄こしてたんだけど、彼らは野盗だと思い込んでいたオチ。




